THE MAKING OF 『ACHTUNG BABY・U2 』
CROSSBEAT 1992.3
“クール”−80年代のトレンドとして持て囃されたこの言葉は、U2とは無縁のことがらをすべて要約している。クールがシニカルであることを意味するなら、このバンドは、ポジティブだし、冷めてるという意味なら、彼らは熱いし、ことなかれということなら、彼らは率直だ。考えてみると、確かに、クールというのは、われわれがアイルランド人からすぐに連想するような概念ではない。彼らは、風刺を得意とし、話し込んだり、論争することが好きで短い話を延々と引き延ばすことも珍しくないが、教養で見下ろすような態度−−−イギリス人お得意の意識的な無感動−−−をひけらかすことはほとんどない。アイルランド人は、饒舌で、企画家で、優れたセールスマンで、鋭い直観を持った空想家で、一日のうちに何度となく自分たちの世界を語ることでそれを作り直してしまうのだ。その気質から、彼らは、他人のものの見方、考え方に対して傍観者のままでいることを嫌う。彼らは、実際に飛び込んでみて、自分たちに相応しいものにまとめあげるのだ。現実、というヨーロッパ人の思考の貧弱なネックは、意外に相対的で克服可能な−−場合によっては、現実との接点をまったく失ってしまうとい犠牲を払うことになっても、常に迷うことなく作り直されるべきもののようにも思えてくる。この向こう見ずな熱意こそが、アイルランド人を最終的にクールとは対極の場所に追いやるのだ。クールな人間は、距離をおいた場所に身をおき、クールではない人間の間違いや成功を観察するものだ(そして、こんな、ふうに彼らのことを記事にしたりもするわけだ)。
というわけでわたしは、自分がわずかだが関わりを持ったこのアルバムについて、体験の実感が残っているうちに書いている。U2は、ダン〔ダニエル・ラノア〕とわたしに、彼らと一緒にこのアルバムをプロデュースする話を持ってきたのだが、わたしは、だいぶ先までスケジュールが埋まっていた。そこで、わたしが果たす役割は賛沢なものになった。週に何度か顔を出し、作っている曲を聴き、感想や意見を彼らに伝えたというわけだ。わたしは、ある曲を指摘して、「ここのところがピンと来ないね」と言い、三週間分の仕事を軽々しくわきに押しやっているということも気付かずに、別なやり方でどうすればよくなるのかアイデアを出す。その一方では、顔を出したときに、理由はどうであれ、ボツになってしまった曲に対してもういちどメンバー全員が興味を持つように仕向けたりもした。わたしにできるのは、みんなが認めるものを聞くことよりもっと出来のよくない仕事を見直し、それを実際にやった人間に、どうしてそっちも同じように認めるべきなのかを説明することなのだ。しかし、プ□デュースの作業を中心になって進めたのはダンと(エンジニアの)フラッドである。彼らは、何ヵ月ものあいだ、上手くいったりいかなかったり、頭をかかえて悩む仕事に付き合い、集中カを維持し、ユーモアを忘れなかったのだから。そして、もちろん、バンドのメンバーたち、彼らのがむしゃらな楽天主義、何があってもヘこたれない姿勢が、一緒に仕事をする人々を動かすのだ。
それは同時に、U2のアルバム作りに関わることが、長く過酷な作業であることを意味している。実際には、こんな経過をたどる。二週間のレコーディングで、使えそうな曲がごっそりたまる。黒板にずらりと並んだ曲のリストには、それぞれに(〈これって、滑るべ一スだっけ、それとも、ギターが氷の海原してるやつだっけ?〉のような)誰にも覚えられそうにない奇妙な名前がついている。その曲はすべて、聞き返され、検討され、実際に演奏され、手を加えられ、手直しされ、ヴォーカルを入れ放り出され、どこからともなく引っ張り出され、また聞き返され、最後には、しだいに形になっていくか、放り出されて忘れられるか、どちらかの運命をたどる。黒板のリストはだんだん滅っていくが、しかし、“見放された曲たちのマザー・テレザ”であるボノは、ふっと浮かんだにすぎないようなささやかなアイデアも見捨てず、根気強く議論を重ねていく−「オレたちのアルバムにはこういう曲が絶対必要だよ」、「これをライヴでやったら最高だぜ」、「これがクルマのラジオから流れるのを想像してみろよ」。しかし、月日が流れ、スタジオの窓から見える景色が移り変わるにしたがって、かたちが整ってくる曲と除外されるものがはっきりとしてくる。
そして、言葉が明確になってくる。これは、賞賛と批判の言葉であり、この新しい音楽がいま描き出そうとしている展望に最初に立てられた目印となる旗なのである。このアルバムでやりとりされる言葉は、“けばけばしい”(トラッシュ)、“いかがわしい”(スローアウェイ)、“陰鬱な”(ダーク)、“セクシーな”、“工業的な”(インダストリアル)、(以上が良い)、“真剣な”(アーネスト)、“洗練された”(ポライト)、“心地好い”(スゥイート)、“本物の”(ライタス)、“ロック命”、“真っ直ぐな”(リニアー)、(以上が悪い)ということになる。曲を聞いて、旅に出たような気分になったり、自分のステレオが壊れたのかと思われるようなら“良い”であり、レコーディング・スタジオやU2のことが思い浮かぶようであれば“悪い”になる。スライ・ストーン、T・レックス、スコット・ウォーカー、マイ・ブラディ・ヴァレンタイン、KMFDM、ヤング・コッス、アラン・ヴェガ、アル・グリーン、インセクトなどは、良いの見本だった。そして、ベルリン、初期のレコーディングの大半が行なわれたこの街そのものが(わたしにはとても懐かしいことだったのだが、実は、我々は、ボウイが「ヒーローズ」を作ったその部屋にいたのだ)このアルバムのコンセプトの背景になっていた。頽廃、官能、闇に象徴される30年代のベルリンが、息を吹き返し、楽観的で、混沌とした90年代のベルリンに反響し、岐路にたつ文化の姿を暗示する。それと同様に、このアルバムがどこから見えてくるのかといえば、それは、調和しない立場が結束を許される場所、そして、おそらくは統一性のない(しかし、間違いなくヨー□ツパ的な)状況の出現が許される場所からなのだ。
このアルバムに盛り込まれる感情の枠組みは、構想のもとになったサイケデリック、グラム、R&B、そして、ソウルという範囲のなかですでに明確になっていた。しかしながら、こうした初期のポップ・ミュージックを特徴づけていたのは、完壁さを探究することではなく、異様な思い込み、低予算、無茶なテクニック、安っぽい機材、やりたい放題といったものだった。それと我々が進めている作業の相違点からはたくさんの疑間が浮かんできた。選択の余地があるとするなら、ミスも何もかも含め一回の生演奏をどの程度までアルバムに残し、どのくらい手直しすべきなのか?本当にガレージて録音されるアルバムを作っているのか、それとも、(映画監督が、ドキュメンタリー・タッチの緊迫感を出すためにハンディ・カメラを使うように)人に、ガレージで作られたアルバムのノリを連想させるようなアルバムを作っているのか?このアルバムを聴いた人間が、「これは、意図的にクズみたいなサウンドのアルバムを作っているんだ」と言うよりも「このアルバムは、クズみたいなサウンドだ」と言うことに意味はあるのか?この手の客観的で巧みな皮肉をあやつりながら、同時に、感情的に誠実なのだと感じることは可能なのか?はたまた、“誠実であること”が肝心なのか、それとも、ここで我々は演技者として、間違いなく誠実に見えるような芝居をしているのか?アルバムは、いま自分がいる場所の投影であるのか、それとも、自分がそこにいても不思議はないあらゆる場所の投影であるべきなのか?
ここからまた次々と疑問が浮かんでくる。自分たちの過去の実績から今回も数百万枚売れるはずだと思うなら、その路線を引き継ぐべきか?新たな方向に進むことは人々に対する裏切りなのか?理論家(通常、2千万枚もアルバムを売ったりしない人間だが)なら、こういった疑間に答えるのはたやすいことだ。たいてい、彼/彼女は、よりリスクが大きいと思える選択、最も新奇で極端なアルバムをリリースするよう勧める。しかし、この明らかに冒険的な姿勢は、アーティストは何をするのかということに対するロマンティックな考え方に立脚している。具体的には、彼らが、自分たちの良心に従って、行き場のない大衆をショッキングな新世界へ引きずり込むという考え方だ。その過程では、あるありがたい診断がどこにでも準備されている−−−すなわち、これが気にいらないなら、効き目があるというものだ。ポップ・ミュージックとは、本来そういうものではない。つまり、ポップ・ミュージックを実践する者たちは普通、高尚な芸術のきらきらしたべ一ルの向こう側に隠れて、世界を内側と外側にニ分するようなことはしない。彼らは、たくさんの人々に好かれる(あるいは、少なくとも話題にのぼる)ことを期待する。彼らが望むのは、自分たちを興奮させる世界の一部になることであり、世界を飛び越すことではない。実際、わたしには、自分の知る範囲で、聴衆の反応が気にならないアーティストをひとりも思い浮かべることができない。ただし、これは、聴衆に媚びるのではなく、彼らの信頼を裏切りたくないという気持ちのあらわれなのだ。
さて、そろそろ話が見えてきただろうか。わたしは、ベルリンでのレコーディングという話題から脱線し、“我々は実際に何をやっているのか?”を検討してきた。これは、きわめて自然な成り行きなのだ。一日に4〜5時間、週に2〜3日もそんなことをやれば。U2のレコーディングに長い時間がかかるのは、メンバーがアイデアで煮詰まってしまうからではなく、このような討論を決してやめようとしないからなのだ。
しかしながら、時間をかけて作られるアルバム(ちなみに「アクトン・ベイビー」にはほぼ一年かかっている)というものは、“ハリウッド化”と呼ぶ過程をたどるものだ。この過程には、物事を、均質化合理化し、多方面から細かな検討を加え、注意深くバランスをとり、分かり切ったお決まりの手順で熱心にテストを重ね何度か会議にかけ、ようやく、立派にものになるというような流れがある。これは、文化に対するダンヒル・ライター的なアプローチなのだ。すなわち、洗練という惨めな概念を、概念という意味では貧相な枠組みに押し込むことによって、勇気と情熱と想像カの不足が過剰なけばけばしさや光沢に出会うことになるのだ。ポップ・ミュージックがこの罠に完全にはまってしまうことがない唯一の理由は、昔からレコード製作に乗り出す投資家がほとんどいないことの見返りとして、口出しする人間もほとんどいないということだ。U2のような大物バンドがもたらす利益に比べれば、レコ一ディングにかかる実質的なコストは昔もいまも高が知れている。
そして、映画と比べても、音楽は、技術面で相対的にシンプルだ。つまり、一枚のアルバムは、お互いの深い理解と不断の熱意に支えられた小規模で結束の堅いチーム・ワークの産物なのだ。それゆえに、いまだに“ビッグな”アルバムは登場しているし、そのアルバムは、新鮮な驚きを与える一方、当たり前のものに矯正されていったり、低俗になったり、あるいは、一般受けのために去勢されてしまうことがないのだ。
わたしは、人々がこのアルバムにいかなる非難を浴びせようとも、それは、次のような事柄によるものではないだろうと思う。これは、自信に満ちて踏み出された大いなる一歩なのだ。このアルバムに臨んだU2の心理状態は、「焔」以前のそれに近いものだった。つまり、より大きなものに向かい、自分たちのステレオタイプに反抗するということだ。その結果を自分の耳で確かめてもらえば、その意味がすべてわかるし、筋が通っていると思うはずだ。バンドのメンバーはレコーディングに入る前からやりたいことがはっきりわかっていたと考えてもさしつかえないが、わたしは、それが正しいとは思わない。誰でも実際にやってみるまではわからないものだし、始めればすぐにわかるというものでもない。旅立ちのときには、方位を決めるとても単純な羅針盤があり、わずかな指針と遠回しに表現された言葉を頼りに進み、行く手に音楽のオアシスが待っていることを期待する。しかし、そういったものはヒントに過ぎない。目的地を明らかにしてくれるわけではな<、ただ通過することになりそうな場所を示すに過ぎない。しかしながら、一方で、自分が望まないことははっきりとする。そして、アルバムを作る過程の大半は、いまだに不必要な音が鳴りひびいたり、反響したりしていない啓発的な空間を見出すのに費やされることになる。これは、未知の空間、これまで誰も明らかにしたことがない空間であるか、あるいは、突然、新鮮な響きを取り戻した既知の空間である。ポップ・ミュージックは、再評価と大いに関係があり、歴史のなかに後退するときにものが放射するエネルギーの周期的なサイクルを利用するのだ。時には、啓示、強烈な閃きが向かうべき方向をはっきりと示す忘れがたい瞬間があり、啓示を受けたとき、彼らはまったく新しい作品に精カを傾注するのだ。誰ひとりとして腰を下ろしてそれを待っているような人間はいない(待つ人間には何も訪れない)が、もし注意をそらすようなことがあれば、見逃すこともあり得る。だから、ラフ・ミックスがとても重要なのだ。それがあれば、警戒心をいくらかゆるめることができる。
注意とは、自分がいる場所がわかっていることで自分がいると思っていた場所とはまったく異なる。オーバーダびングやその他の細かな作業に真剣に取り組むのはたやすいが、それだけでは、出発点からあまり前進していないことが多い。より大き<飛躍するためには、望遠から広角へ、細部から全体へと前後に素早く方向を変えられる頭の回転の早いタイプの人間が必要になる。集団で作業をする利点は、この両方をひとりでこなさなくてもすむということだ。U2の場合、部屋にいる全員が同時に同じレンズを使っているということはまずあり得ない。ラリー〔ミューレン・Jr〕とアダム〔クレイトン〕は、作業が全体的な見通しからずれてきたり、視野があまりにも狭くなったときに頼りになる“広角”タイプである。彼らは、音楽の良心を代弁する。ラフ・ミックスの考古学者であるジ・エッジは、発展した曲の古い地層を熱心に掘り下げ、聞き込んだカセットからは違ったヴィジョンを特った曲が見事に浮かび上がってくる。ミキシングの段階で歓迎されるスティーヴ・リリーホワイトは、意気揚々として、歴史はすみに置いやり、ずば抜けた能カを秘めた自分の耳を信頼する。ダンの感性は、曲の骨格を聞きとり、他の誰も目を向けなくなっていることに注意.を引きつける。フラッドは、我々全員が帰宅したあとで、鮮やかなミキシングて眠っている曲を再び覚醒させる。わたしは、自分の直観を信じたり、あやふやになったり熱中したり、英国人らしく、ぶつぶつ小言を言ったり、矛眉したことを言ったりする。内側から見ると、この過程では、しばしば秩序が失われ、ひとつの特徴が別のものに飛躍したり、曲があちこちに引き延ばされたりして、結局はすべてばらばらに壊れ、また断片を拾い集めて、最初からやり直すのだ。
?それは、詞を書く人間が、音楽に焦点をあわせる、それをどこかに向けるという実に重要な作業を引き受けているからだ。言葉は非常に鋭敏なものである。ヴォーカル録りの日に、ボノは、詞を書いた紙をどっさり特って現れ、コントロ一ル・ルームの床に扇形に広げた。ダンはいつものことだが、作業がやりやすいようにその場を整え−−通常、ヘッドフォンはなく、マイクは手持ちで、モニターの音量を上げ、リバープや照明が調整され−−これから起こる技術的な障害を、ミュージシャンではなく、自分の問題とみなす。新たに誕生する曲を歌うボノは、肉体的にも精神的にも激しく躍動し、歌詞のつながりをより大きな模様へと編みあわせていく。ヴォーカルは、意味のわかる言葉と流暢なボノゴレス語のあいだを優雅に舞い−−間に合わせて作った半言語のスキャットが歌詞の空白を埋める。意味は、少しずつ輪郭が整えられ、磨かれ、また広げられ、反転され、放棄され、再生される。細心の注意が払われるのは、ヴォーカルの卜一ンと力の微妙な変化だ。家のない詞は、落ち着く先を求めて歌詞のなかを彷徨う。たったひとつの言葉がうまくはまらないために作業が30分も中断する。フラッドは同情しながら一服する。ダンは注意深くメモをとり続ける。シャノン〔ストロング・アシスタント〕とロピー〔アダムス、アシスタント・エンジニア〕は、おびただしい量のデータの更新に余念がない。このような作業が、何曲かのヴォーカルの録音が終わるまて続<。そして、全体像は、細部がもっとはっきりとしてくる。しかし、いちばんネックになるのは、(おそらく、ほとんどのアルバムに言えることだが)作詞の作業だろう。なぜか
そうしているあいだにも、誰かが古いラフ・ミックスを引っ張り出してきて、ほとんど欠点ばかりだが、それでも何かあることに気づいたという。それは何なのか?そのあとに積み上げてきたものを台無しにすることなく、その何かを取り戻すことができるのか?双方の最良の部分をまとめることができないか?失敗すれば、作品は、色あせ、半端で、均質化されたものとなる。成功して、ハイブリッドな作品になれば、誰も予想もしなかったフィーリングやニュアンスの相乗効果が生まれる。実現すれば、これは驚きだ。このアルバムには、そういった驚きがたくさんある。“ソー・クルエル”は、叙事詩的壮大さがありながら内面的、情熱的にして冷やか、“ズー・ステーション”は、明るい狂気が胸を張って闊歩し、“ウルトラ・ヴァイオレッド”には、ヘリコプターを連想させる憂いがあり、“ミステリアス・ウェイズ”は、尻が重く、頭が軽い。それぞれの曲を一言て形容するのは困難だ。これは、矛盾語法(注:反対の意味の言葉を組み合わせる表現)の音楽版、共存すべきではない感性同士がなぜか説得力を持って同居してしまうアルバムなのだ。
そして、こういうことがあるからこそ、わたしはずっとポップ・ミュージックというものを愛好してきたのだ。ポップ・ミュージックには、狂おしい感情的な世界を創造し、人を招きよせて、そのなかで踊らせてしまうようなカがあるのだ。
Brian Eno