
interview 1992
ブライアン・イーノがプロデューサーとして注目を集めたのは、デヴィッド・ボウイのベルリン時代(「ロウ」「ヒーローズ」)に黒幕として登場してからだろう。この2作は、クレジット上はボウイとトニー・ヴィスコンティの共同プロデユースになっているが、実質上はボウイとイーノがコンセプト/サウンドの実権を握っていたのである。このボウイ畢生の傑作を世に送り出した首謀者として認知されたイーノの副業は、それ以後、数は少ないものの、そのアーティストあるいはロック史においてエポックとなるレコードを作り出している。例えば電子と原始の邂逅を成し遂げたエスノ/ファンクの先駆的作品トーキング・ヘッズ「リメイン・イン・ライト」であるとか、世界の文明状況を総てまとめて面到みたテクノ派ディーヴォのデビュー・フルアルバム、またノー・ウェイヴ宣誓作「NoNewYork」、U2のシフト・チェンジ作「焔」とその完成形「ヨシュア・トゥリー」等々、なぜか“歴史の節目にイーノあり”なのである。その原因は、彼の嗅覚の鋭さもあろうが、ちょうど依頼する側が“大胆な変化”を求める時にイーノを思い浮かべる、という巡り合わせにもあるようだ。無論その作業を、作品のコンセプト/方向性の段階から丹念に検討し、適切な助言を与えていく彼の有能さがあってこその話である。果たしてこの先もイーノがそういうエポックな作品の立会人になるのかどうか。さて、ジェイムスのアルバムは?
プロデューサーとしてあなたは、デヴィッド・ボウイ、ディーヴォ、トーキング・ヘッズ、U2、ジョン・ケイル、『NoNewYork』など、アーティストやロック史においてエポックとなる作品を手掛けてきましたが、なぜそうなったのでしようか。
まず第一に言えることは、あらゆる意味で自分のレコードを作るよりも、他人のものをプロデュースする方がずっと楽だということだろうね。外側から第三者として作る過程を見るわけだから、クリアーに見えてくる。第二には、他人の作品だから結果に責任を持つ必要必がないという卑怯な考え方ができるということさ。
僕はよく人に言うんだよ。臆病者が一番お金を稼げる職業はプロデューサーだろうなって。たとえプロデューサーが何をしたって、実際被害をこうむるのも称賛の的になるのも、バンドのメンバ一達なわけだろ?プロデューサーに責任はふりかかってこないんだ。 だから当然プロデュースの仕事をやり過ぎると、不健全なことが起こってくる。だから自分のレコード作りに戻ってみて、評論家達が自分の作品について嫌味を言ってくるような、自らが曝し者になる状況をもうー度思い返してみる必要があるんだ。つまり、他人のレコードをプロデュースするってことは、自分の作品をプロデュースするのに比べて、ケーキをひとつ焼きあげるかのように気楽なものなんだよ。プロデューサーというのが一番ギャラのいい臆病者の仕事だとすると、自分のレコードを作るということは、最もギャラの悪い勇気のいる仕事だということになるね。
ということは、あなたが歴史的名作に数多く関わってきたのは、あなた自身の良い意味での無責任さに依るところが大きいわけですね。ただ、臆病者の仕事とはいえ、それを引き受ける、引き受けないの線引きぐらいはあるでしょう?
そりゃ特定の条件というのはあるさ。まず第一に、その人達の音楽が好きだという思い込みがないとね。この手の音楽は好きではないが、とりあえずやってみよう、というんじゃまずいんだ。最も重要なことは、@僕はこの音楽が実際、好きなんだろうか?Aこの音楽をより良くすることが僕にはできるだろうか?B僕は本当にプロデュースしてみたいのだろうか?、と順番に自問することだね。
例えば、まず『これをより良いものに高めるために、どうしたらよいか判った!』とすると、今度はこう考えてみる----『そうだ!これはこれで充分素晴らしいけど、ちょっと違った方向性を与えてあげたら、もっとファンタスティックになるぞ。もう少し可能性を引き出してあげればいいんだ』とね。だからこそエキサイティングな気分でプロデュースができるわけだよ
では、あなたが現在興味を持っている人、音楽、またほプロデュースしてみたいアーティストといったら誰の名が挙がります?
今のところはジェイムスと一緒にやることになっているプランくらいだな。そもそも僕は自分のことをプロデユーサーだとは考えていないからね。それは僕の本職じゃないんだよ。
インタビュー・森田敏文さん CROSSBEAT 1992
(hataeno)