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interview 1992

 


 

 アンビエントミュージックの創始者として、ロツク・シーンの時代を先取リする鬼才アーティストとして、ビデオ・アーティストとして、そして敏腕プロデューサーとしてあまリにも神格化されているブライアン・イーノ。ロック界、アート界のインテリゲンチャとして20年あまりのキャリアを歩んできた彼にインタビューした。 私は10年ほど前にニューヨークで彼に一度インタビューしたことがあるが、実にフレンドリーで口調の優しい話し好きだったのを覚えている。当時はカルト・アーティスト的な位置にあった彼だが、'84年からU2のアルバムのプロデュースを引き受けておリ、そのせいで経済的になんでも好きなことができるアーティストとしての位置を確固なものにしている。全てのアーティストが羨望の眼差しで見つめそうな人。それが現在のブライアン・イーノだ。'84年までは仕事をバックアップしてくれる人がいるところを転々としていたという彼。ニューヨークからトロントに移り、7年前にイギリスに帰国。20年のエキサイティングな彼の仕事ぶリを1時間あまりで質問するのは不可能というもので、今回は6年ぶりの新作ソロ・アルバムのことを中心に聞いてみた。

  COPY ・ YUKO TAKANO            

 

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 競作やプロデュース、ゲスト参加やビデオのインスタレーション、講演会や著述などあなたの仕事ぶりはとても広範囲におよびますが、その中でソロ・アルバム作りはどういつ意味を持っているのですか?

 

 最も重要なことではない。私のやる仕事のひとつでしかない。他の仕事と同様にアイデアが出てくるまでは作らない。音楽作りはいつもやっているが、ほとんどは実験的なものだ。何かエキサイティングなものができ上がったときにはみんなに知ってもらいたいと思う。そういうときに何かをリリースするんだ。

 

 去年アルバムがリリースされる予定で完成していたものの、それは結局リリースされなかったそうですね。今回のアルバムはそのアルバムからの曲も入っているのですか?

 

 リリースされなかったアルバムはかなり精神分裂の気味があった。というのは完成間近になって新しい仕事の分野が現われ始めたんだ。アルバムは完成して9月にリリースの予定だったが、レコード会社の都合でリリースが延期になった。しかし私としては延期するくらいならまったくリリースしたくなかった。というのは延期されてリリースされたころには自分はレコードとまったく違った仕事をしているだろうし、それについて考えたり話したりしたくなかった。それでリリースをとりやめた。そのアルバムから9曲を取リ出して、それに新しい曲を加えてまったく新しいアルバムを作った。

 

 前作のソロ・アルバムは『サーズデイ・アフタヌーン』になるわけですが、それに比べると『ナーヴ・ネット』は音楽の流行に積極的な関心を示しているアルバムですね。

 

 確かに積極的な姿勢があると思う。ある意味ではかなり楽観的な音楽ということができる。少なくとも前を見、前に進もうとしているアルバムだと思う。間違いを冒すことを気にしていない。またあまリ磨き上げられていないレコードだとも思う。流行についてのレコードではないが、流行を恐れているわけではなく、支持しているわけでもない。それは大きな関心事ではなかった。私がやリたかったことは、自分の聞いた音楽からアイデアを得、それをヘリまで持っていくことだった。

 

 あなたがそのアイデアを得た音楽というのはレイヴ・ミュージックの類ですか?最近テクノロジーの発展によって出現してきた音楽が多いですが

 

 音楽にあるテクノロジカルな面と私はおかしな関係を保ってきた。明らかに私の音楽はテクノロジーに依存している。レコーディング・スタジオ以外のところでは作れない。と同時に私は常にテクノロジーから一定の距離を保ってきた。ところが多くのアーティストというのはテクノロジーを使って最も明らかなことをする。そして聞きなれたようなサウンドを作ることになる。そのサウンドの特徴はまず第一にクリーンで洗練された音に仕上がる。
 それもサウンドの構造が単純で、また第二にキーボード主体の音楽であるからとてもデジタルな形で作用する。第三に時計仕かけの音楽を作リ出す。シークエンサーなどが時計にとらわれた楽器だから。全ての楽器が正確なタイミングで行進しているというのは古いイメージだ。私は70年代レコードの中でドラム・マシーンを初めて使った人間だが、今やそれはまったく退屈なことに思える。17世紀でこういったことは終了しているべきだったと思うね。だから、『ナーヴ・ネット』の中では少なくともこの3点を壊そうとした。たくさんのライブ楽器を使い、キーボードを避けたり、または奇妙な形で使ってみたり。そして汚れていて、込み入っていて、リッチで複雑なサウンドを使おうとした。

 

 アンビエント時代のあなたの音楽にはビートにほとんど重要性が置かれていませんね。それに対し、今回のアルバムではかなりビートを強調した曲が目立っていますが。

 

 アンビエント・アルバムにビートがないというのは故意なんだ。その理由はビートがあると音楽の中に格子が生まれる。そしてこの格子がある種の構造を築いてしまう。私はお互いの関係を表示しない音楽が作リたかった。たとえば『オン・ランド』や『サーズデイ・アフタヌーン』にはまったく格子がない。いろんな要素が浮遊している。リスナーは自分でそれを関係づけなければならない。ビート・ミュージックが抱えている問題はあまりにも多くのことを提供してしまう点にある。
 逆の意味でアフリカン・ミュージックはおもしろい。それはあまりにたくさんのことを提供しないからだ。演奏されていないリズムを自分で創造し、自分の創造と実際に起こっていることとの間にテンションを作リ出すことになる。それが私にとってはダンス・ミュージックなんだ。可能な限りのところにビートを入れるダンス・ミュージックは、ダンス・ミュージックなんかじゃない。
 3本の足のある人間のために書かれたんじゃないかと思うね。

 


( hataeno )