ホームトップ> エッセイ> 料理人の裏側
つい先日、日本のイタリアンではトップシェフの一人であるK氏の実演講習会が浜松市内の調理師学校で開かれました。そこには一般参加のワクが少しあるようでしたから、早速申し込みをしました。東京で店を構え、支店も数店あり、大阪梅田の百貨店のダイニングステージにも小さなお店が出ていました。パスタの味が一番で、贔屓にしていましたし、K氏のサイン入りの本も数冊を買った店です。 当日の大きなホール内は、20人に満たない数の一般参加者の他は、多くの調理学生達でいっぱいでした。開演前に主任とおぼしきシェフ服の男性がみんなに注意をしました。 「K先生はお忙しい中を浜松までお越し願ったのですから、失礼のないように願います!(1)居眠りは決してしないこと!(2)おしゃべりはしないこと!しっかりと聞いてください!」 そんなこと、言われなくても、誰も居眠りやおしゃべりなんかしないでしょうに、こんなチャンスは滅多にないことなんだから、、 K氏はTVで良く見る顔ですが、今日はあの和やかなお顔ではありません、言葉少なく、もくもくとメニュをこなしていきます。傍についている助手は気の毒なほどの気の使いようで、見ているほうが疲れます。家庭の奥様方を対象にした番組では「表の顔」なんだなぁと思いながら、真剣な仕事振りを凝視していました。 パスタの仕上げには思いのほか時間をたっぷりとかけて皿を仕上げました。こんなに時間がかかったら大勢のお客さんだったら待たされるのだろうなと内心思いながら、手元を見続けていました。 パスタにダシを絡める時にオリーブオイルを入れながら弱い火で乳化させていかないと美味しく出来上がらないことは知ってはいましたが、それでも時間がかかることに驚きました。シェフはほとんどしゃべりません。 メインは真空調理法で作るロースとビーフ、時間と温度設定だけを間違えなければ美味しく出来るのだと納得しましたが、プロの使う大掛かりな器具を持たない家庭料理では、温度計を使い、真空袋をつくるのにひと苦労がいりそうでした。 デザートは「サンドケーキにティラミスを添えたもの」でした。ボソボソのサンドケーキには、チーズを使ったティラミスのこってりとした濃厚な食感がマッチするだろうから、いいデザートの選択だと思いました。 工程の途中で泡立てがあり、助手がそれをしているのを見て、びっくりしました。お菓子を作った経験に乏しいとすぐに分ったのです。グルグルと力をつかって、泡だて器をまわしていますが、空気が入っていないから、あれでは泡は立たないと思ったのです。案の定、かなり時間が経っても泡は立ちません。 「そんなことしてたら泡は立たないよ〜!空気が入ってないじないか!」 シェフは言いながらそのボールを取り上げて、バタバタと空気をいれながら掻きあげていきました。すぐにふんわりとツノが立ったクリームが出来上がりました。助手の面目は丸つぶれです。プロはキビシイ! 全部仕上げるのに1時間半ほどかかりました。途中のはしょりが無い丁寧な仕事ぶりで、見ていて良く分るやり方で納得でした。相変わらず無口なシェフです。質問がないかとの問いに、学生が手を上げました。 「お店の客は何人くらいですか?」 「ハァ??」、、一瞬会場がざわめきました。当たり前です!何を聞いてますねんや! 「何??君ねぇ、今の料理に関してのことを聞いてヨ!!」K氏は呆れ顔です。それでも質問者はめげません。 「何人くらい入るのですか?」と、又聞いています。アホちゃう?! 「日によって違う!!」 「じゃぁ、、土、日、」まだ食い下がってます。 「100人!!」 憮然としたK氏に、周りの助手や教授連はオタオタです。まだ料理人にもなっていない調理学生が聞くことではありません!バカも休み休み言えって言われそうでした。雰囲気悪ぅ〜、、他に質問は?、、おババは手を上げました(でしゃばりですネ、、、笑) 「パスタの仕上げが思ったより弱火で、しかも時間をかけておられましたが、、?」 「そうです!そうです!オイルと水分を乳化させてパスタにからめていきますから、弱火でゆっくりでいいのです」、、少しご機嫌が直りました。ヤレヤレです。 質問はあと2つくらいありましたが、いずれも今日の料理に関したものではなくて、ひとつは、カマンベールを揚げた時、黒くなって美味しくなかったがどうしたらいいかという質問、 「揚げすぎたんじゃないの!そんなの知らねぇよ〜」 次は、苺のリゾットは苺の香りが飛んでしまうが、どうしたらいいかという質問、 「苺!どうしてそんなもん入れるの?苺のリゾットって?美味しいか??!」 「どうしても使うんなら、最後に入れたらいいじゃないの!」 ・・・と、ゼンゼン面白くも無いといった風で、いたってぞんざいな返答でした。 若い頃、イタリア領事館に勤め、人当たりが柔らかい料理人として知られている人の裏側が見えた気がしてしまいました。質問者のレベルも低いのですから仕方がないのでしょう。もっと核心に触れる質問をして、さすがK氏という答えが頂きたかったのですが、東京へお帰りになる時間ということで、すぐにお開きになってしまいました。 これから料理のプロになろうという若者の傍若無人さと、周りを考えない勉強態度にも驚きましたが、教える立場と習う立場の格差が大きなこの業界、職人達の中に歴然としてある上下関係がチラリと見えました。ぬるま湯に浸ったような主婦の料理教室との差を思い知った気がしました。 そんなわけで、気ばかり使って、なんだかすっきりとしない気持ちで帰ってきたのですが、しかし、後日作ったパスタは、食べ手の絶賛を得ることができましたから、おババにとっては大いに勉強になった料理講習と言うことになるのでしょう。(2008.2.25.) ホーム>エッセイ目次 浜松雑記帳 花の記録 旅の記録 料理とワイン |
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