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適当な距離をもつこと


随筆家であり、画家でもあって、ワイナリーを開き、レストランカフェまで主宰するという才能豊かな自由人玉村豊男をTVで見る機会があった。司会のアナウンサーが「ご夫婦仲良くなさっている秘訣は何ですか?」と問うた。玉村は破顔一笑して言った。

「それは、、難しくなってきたら席を外すことですよ!」、、と、そして付け加えたのが、

「いくら夫婦は一緒にいた方がいいと言っても、いつも近い距離にいたら、人間ですから、いろいろあります。そんな時は2時間くらい別々に離れていると、しばらくしてから、お茶でもいかが?ということにもなってくるじゃないですか!秘訣といえば、夫々の居場所を持つことですね」

と、言って顔をくしゃくしゃにしていかにも可笑しそうに笑った。笑顔のいいジイサマである。

荒地を耕してブドウの苗木を植え、ワインをものにするまでは、はたではうかがえない多くの辛苦があったこととと思うが、ワインカフェがうまく軌道にのったということは、二人とも夫々に歓心のあるものをもち、何かを作り出していくことが好きだということが根本にあったからではないかと想像した。田舎暮らしは、自分で何でもしなければならない、デパートやスーパーに行き、要る物を簡単に買えるほど便利ではないからだ。ご夫婦の共同作業と仕事の分担が欠かせなかったことだろう。

何かを自分で作り出したい人が二人寄って、しかも、したいことが近い種類のことであれば会話も弾んで楽しいだろう。しかし、たとえ趣味やしたいことが大きく違っていても「価値観と笑いのステージ」さえ同じであれば、やっていけるのではないだろうか。勿論うまくかみ合わず、難しい時には離れて、距離をとりながらやるのがいいのだろう。奥方はハーブを育て、ポプリをつくることが好きだと本で読んだことがある。

昼間は畑でそれぞれに働き、夜には収穫した野菜などを使って料理好きの方が料理を作り、もう片方が食卓の演出をして、出来上がったものをゆったりと食し、自家製のワインを楽しむ、、農閑期には絵を描き、本を執筆する。これって、最高やなぁ!

振り返ってわが身を思ってみた(笑)。
自由な引退人生、二人とも好きなように暮らしている。多彩な才能も知力も体力もないジジババ夫婦だから、ワインを造るなどはとても出来ない。ジジの出来ることはコーヒーを入れることと、スーパーに牛乳を買いに行くことくらいだから、まったく比較にもならないのだが、生活するうえで実行してきたものが、ひとつだけ玉村氏と奇しくも同じだったことに気がついた。それが何ともおかしく、嬉しく、思わず笑えてきた。それは、二人が適当な距離をとって暮らして来たということだった。

「仲良くないから離れてんじゃん!」と言われるきらいもあるのが、なんとも締まらないのだが。

行き違いが生じ、どうも二人の雲行きが怪しくなると、怒鳴りたい気持ちを丸めて包み、その場を離れてしまう。なんとなくす〜っと外すのが、このおババの長年積み上げた特技である。バタンとドアを蹴ったりは決してしない(笑)そのせいか揉め事は起きるが、あまりオオゴトにはならない。少し時間をおけば、自分が見えてくるから、究極の争いにまで行ってしまうことはない。玉村氏の話を聞いて、大いに気をよくした。

何十年も一緒に生きてきたから一心同体、何でも一緒、寝るのも勿論一緒、そういう夫婦が多いのだろうが、気まずい時にはチョット困る。それに、トシをとるとまず夜中に目が覚めることが多くなり、眠りも浅くなる。だんだんだらしなくなってお互いに遠慮もなくなるし「親しき中にも礼儀あり」なんて、どこかへ飛んでいってしまう。布団の中でオナラもする。

ジジだって深夜TVが見たいこともあろう。明け方近くになってから、隣のベッドに気兼ねしつつもぐりこむなんて、気もしんどい。となりで目でも覚めたら、おババはきっと腹が立つ。だいいち、快適な部屋温度の感じ方にも、いつの間にか差ができているのだ。

だからジジババはず〜っと前から二人とも自室で勝手な時に寝て、仕事の時以外は、好きなことをする生活をしてきた。今となってみると、これが、健康で暮らせて、少しはお互いを思いやり、些細なことでゴタゴタせずにやってこられた要因のひとつであるように思う。今回これが確信になった、いや確信にしたくなった(笑)。

いよいよ年を重ねた今、近い将来、お互いの介護が必要になるだろうし、やむなく付き添わねばならなくなるかもしれないが、そうなるまではこのままでいたい。お風呂や自室の布団の中で、急にあの世からお呼びがかかっても、片一方は別室で高鼾だから、助けもなく一人でトボトボお迎えの亡者についていかねばならないかもしれないが、それは仕方の無いことだ。

「そんなのはお互いに惨めなんじゃないの!」、、、って、ある友人は言ったけれど、、、

「同じトコで寝ていたって、相手が気づかない旅立ちはあるかもしれへんやん!」と言い返しておいた(罰当たりデス)。

台風が行ってもまだ蒸し暑いある日、ダイニングで新聞を読んでいるジジに言った。

「一人であの世にいったあとで、又出会うても、あの時、傍にいてくれたら助かったかもしれへんのに、、なんて、お互い、言わんとこね!!」

「ウン!そうやな!!」と、勢いにつられて考えもせずにジジは答えてから、「エッ?何やて??」

風がひんやりと通っていった。おババは階段をあがり、自室のパソコンに向かった。いっときが過ぎてから思った。唐突で優しくない物言いだったかもしれへんわ、、、

美味しい紅茶でも淹れよう!温かい方がいいかもしれない、「白露」の風が、秋に向かってかすかに吹きだしてきたから。 (2007.9.9.)

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