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 台湾、この愛すべき国





 
故宮博物館  衛兵交代
 
台中・日月譚     日月譚

「台湾は国ではない!台湾は中国の一部だ!」

と、中国本土からの留学生のシェレンが台湾からの学生ブランダンに向かって言い放った時、思わず、「日本人は台湾は国だと思っているよ」と言ってしまった96年夏のカリフォルニアの、あの教室の風景が思い起こされる。確かに台湾は今は一地域ではある。だが、経済力は中国本土を越え、GNPは増え続け、順調な輸出は日本についで貿易黒字国である。

この近くて最も親日的な「国」(アジアの他の国、韓国、や中国などなどは、みんな日本の植民地支配時代を蛇蝎の如く嫌い、その時の様々を「謝れ」と言うが、「台湾」は日本に好意的だ)を一度覗いて見たかった。


本来の台湾らしさが残ると言われる台中、台南、を駆け足で廻った。「日月タン」は雲も無く、風もなく、絶好の日和だったが、気温25度、暖かいと言うより暑い、台北はもう少し低いと聞いてホッとする。寒い大阪から着て来たコートが重い。新品のバスは冷房をいれている。道路は予想外に広く、ハイウエイは軍事を考えて、滑走路になるように作ってあるそうだ。

ガイドの簡さんは呆れるほどのスタミナと愛嬌で次々と旅程をこなし、一年半の東京滞在で覚えたという達者な日本語は、その勉強法を教えて欲しい程の立派なもので、日本語の敬語の無意味さや、あいまいさを指摘した上、日本人は日本語を大切にしないで外来語ばかり取り入れた挙句、その外来語も発音が日本語的で世界に通用しない「私は日本の外来語を話すと、舌がヘロヘロになる」と、手厳しい。

夜は屋台の見学!?商店街は活気に溢れ、遅く迄明かるく、屋台には見た事も無い食べ物が所狭しと並んで、大声の北京語が飛び交う、「釈迦頭」と言うお釈迦様の頭そっくりの果物や、マンゴスチンなどのトロピカルフルーツ、蛙や臓物もある。それはそれは雑多だ。マンゴスチンは見た目とは違い、割ると白い果肉がチョコンと現れて、甘く南の味がした。

街には「汽車」という看板が多く、これは「自動車」の事、本来の汽車は「火車」と聞いて納得がいく。「麦当労」(もっと古い漢字があててあった)はマクドナルドの事だそうな。看板の漢字を読んで居ると面白くて、時間があっという間に経って飽きない。

一月一日は日本のお正月とて、初詣に行った。(台湾のお正月は旧暦の二月)お寺には信仰心の厚い人々がお線香を何度も上げ下げして真剣に祈っていた。日本の遊び半分の初詣風景とはちょっと違った真剣さが感じられる。寛容な国柄そのままに、神様も仏様も渾然一体に祭られると聞いた。浅草の浅草寺の参道のように、お店が並んで様々な物を売っている、「小豆」が目についたので聞いてみたら、1kgほどで、たったの100元、400円たらずである。思わず買い込んでしまう。(帰国しておぜんざいにしたら、小粒ながら美味しく、日本の物と変わらない)生活必需品は安くするのが台湾政府のやり方・・とはガイドさんの弁。日本は反対やなぁ・・お米は高いし、野菜も高い、勿論小豆などは高い、高い。

原住民族は九族あり、九族文化村博物館となって公開されている、この民族博物館を見学中に一人の年老いたお爺さんから声をかけられた

「ニッポンの方ですか?」「どこから来られたのですか?」

こぼれそうな笑顔と丁寧な物腰に驚いてしまった。

「日本語がお上手ですね」

「ハイ、一生懸命勉強しましたから・・」

今はもう懐かしい程昔の、「日本の老人」そのものだった。日本統治時代の日本語教育の名残が六十歳以上の台湾の人の「日本語」として残っている・・複雑な歴史が姿をのぞかせていた。

お茶・砂糖・工芸品・翡翠・などの豊かな物産はヨーロッパ列強が目をつけない筈はなく、オランダの台南占領、スペインの北部占領の後、日清戦争後日本が台湾を手に入れ、第二次大戦の終結までの約50年間植民地として支配して来た。いったんは中国に返還されたが、蒋介石の率いる「国民党」は台北に建国の狼煙を上げ、中国本土と袂を分かつ。その後も中国人の台湾への流出は続き、台湾経済社会は繁栄を誇り、世界に認められる貿易大国して成長してきた。

ガイドの簡さん曰く「30年も遅れている中国と今更一緒になるなんて、台湾の人々は誰も賛成しない、アメリカか日本なら考えてもいいけど、二の香港にはなりたくない」という

台中の「日月タ譚」の風景は琵琶湖を彷彿とさせ、さすが台湾第一の景勝地だったが、やはり台湾を語る時、台北の「故宮博物館」を除く事は出来ない。「故宮」とは、あの「紫禁城」のことを差す。元々は北京にあった物を1948年、内戦の激化にともない国民政府は主要な物を台湾へ運び出した。

いかにして此れほど多くの文物(70万を越えるらしい)を運んだのか、これには時の日本も輸送に参加し、協力したのだと言う、「日本に感謝している」とガイドさんは言った・・宋時代から清時代までの歴代の皇帝が権力の限りを尽くして集めた物は素晴らしく、何日も通わなければその全てを見る事など出来ない。この文物が台湾へ運ばれた過程でも、きっと多くの人々の生と死の物語があったに違いない。世界に誇る台湾の宝、故宮博物館。此処だけはもう一度ゆっくりと時間をかけて見学したい。


台湾・四川・北京・海鮮・湖南と、料理は多彩で夫々に味わいが異なるうえ、異国のバーベキュウも「B.B.Q.」となって台湾風焼き肉野菜料理に変身、台湾の人々の幅広さの一端を感じる。勤勉で活動的、そして楽天的で大陸的なおおらかさを持つ人達、この愛すべき「国」台湾に幸多かれ!

「謝!謝!」 1999.1.5.

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