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シュトーレンのこと

シュトーレンという菓子パンをご存じでしょうか。クリスマスになると耳にする名前です。元々はドイツのドレスデンが発祥の地だとされていますが、今はドイツのみならず世界各地で知られるようになりました。

ブランデーなどに浸けておいた数種類のドライフルーツやナッツを、たっぷりのバターと一緒に練りこんで焼いた細長い大型のお菓子風のパンなのですが、普通のパンと違い、かなり重くて日持ちするのが身上です。

本場ドイツの伝統的な物は、一ヶ月常温に置いておいても悪くならないと言われるほどで、ブランデーとナッツ類、それに砂糖がしっかりと練り込まれた焼き菓子です。

日本では苺の載ったケーキをクリスマスに食べますが、ドイツではこのような菓子パンを家庭で手作りして、クリスマスを楽しみにして待ち、みんなで頂くものだったのでしょう。

以前に住んでいた大阪府下K市の隣りのH市に、「H」というベッカライがありました。ドイツで修行をしたという店主が作るドイツパンは、田舎風で素朴な味でしたからバターと相性が良くて大好きでした。

やや甘めの小ぶりのクロワッサンもとても美味しく、ゾンネンクランツという丸いバタークリームの白いケーキも、今風のふわふわした軽い物ではなく、しっかりとした重みがあり、目の詰まったスポンジが使われていて、これも好みでした。

そして毎年クリスマスの時期になると、ドイツ暮らしが長かった友人が、この店主の作るシュトーレンを必ず届けてくれていました。

「好き嫌いがあるお菓子だから、どうかしら?」と言いながら、「蘊蓄」と共に届けられたシュトーレンは、噛み応えがあるかっちりとしたパン生地に、沢山のフルーツとナッツが練り込まれた何の飾り気もないゴロンとした目方のあるパンでした。

切って食べてみると、しっとりとしているうえ、ナッツの口当たりがよくて香ばしく、ブランデーの香りがほのかにする奥深い味でした。

これはたとえて言えば日本古来の「ゆべし」という柚子に詰められた日持ちのする餅米のお菓子のようなもので、昔からの長い伝統を感じさせるものでした。上にたっぷりと白い粉砂糖が振りかけてあって、雪を被ったように真っ白になっていました。

キリストが生まれた時にくるまれた産着をイメージして白い粉砂糖がかけられているということでしたが、コーヒーにも紅茶にもぴったりと寄り添う豊かな味でした。

食べてすぐに「キャ〜!オイシイ!」なんていうインスタントな味ではなく、いかにもドイツ的なガッチリとした味は滋味あふれるものがあり、いつしか好きになっていきました。

以来、シュトーレンの到来は12月の終わりを告げてくれるおいしくて小さな、私のクリスマスイベントになっていきました。

新しい土地に引っ越してきて、バタバタと日が過ぎ、一年目はシュトーレンという名前すら思い出さずに年を越しました。ようやく落ち着いた二年目、通い出したお料理の教室で知り合った若い方から、クリスマスの日に思いがけず手作りのシュトーレンが届いたのでした。

「うわ〜!シュトーレンやないの!」と思わずわめいたのでした。それから毎年、浜松でもこのパンがクリスマスの日に届くことになったのです。なんたる幸運でしょう、、、

前の住み家を離れることに何の躊躇もなかったのに、かの地の友人とドイツパンから遠くなることが少しつらいな、、と思ったくらいですから、これはもう天が与えてくれたプレゼントといった感じがしたのです。

お菓子屋さんに行けば簡単に手に入るものですが、Hベッカライのものによく似たずっしりとした本格的な手作りのこのパンは、この地にきて数えた「幸せ」をひとつ増やしてくれました。

熱くそして深く淹れたたっぷりの紅茶と一緒に、少し厚めに切ったシュトーレンを頂く時間は、寒い冬の日に至福のひとときを与えてくれます。

「いっぱい褒めていただいたので、ず〜と毎年お届けしますね、、」

絵文字でいろどられた携帯メールは、甘く香ばしい味とともに、寒さで固まってしまっていた老いた心を、少しゆるめてくれたように感じました。
2009.12.26.



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