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アメリカン・スナイパー



2 月21 日公開の映画、アメリカン・スナイパーを観ました。この映画は、今年度87回アカデミー賞で作品賞、主演男優賞、脚色賞を含む6部門にノミネートされました。

男は、やるか、やられるか、守るか、の三つ、「お前は弱いものを守る牧羊犬になれ」父親の教えに従い、逞しい若者に成長したクリス・カイルは、ロデオ大会のチャンピオンになり、カウボーイとしての青春を謳歌していました。その頃、アメリカは国外でアメリカ大使館の爆破事件が起き、国内では同時多発テロに見舞われ、想定にない恐怖のテロ襲撃にさらされるようになっていました。

愛国心にかられたクリスはアメリカ海軍に志願し、その卓越した身体能力を買われて、特殊部隊ネービィシールズに配属されます。父親に教わった射撃の腕も群を抜いていました。そして、あの同時多発テロへの反撃として始まったイラク戦争へ派遣されていきます。家には美しい妻タヤが残されます。イラク派遣は第一次派遣から第四次派遣まで次々に展開されていきますが、狙撃兵として隊員の命を守る「牧羊犬」としてのクリスの働きは目を見張るものがありました。多くの敵を狙撃し、何人もの兵士を救ったその射撃の腕は人々に賞賛され、「伝説のスナイパー」として名を上げていきます。

走ってきた車が突然止まり、爆発、巻き上がる砂、近くにいた兵士が吹っ飛び、ものすごい炎が画面を覆います。普通の人々にとっては、まるで現実感のない遠いイラク周辺の砂漠の街での戦いが、いかに過酷で凄まじいものかを、激しく動く画面の短いショットをつなぐことによって、迫力ある観ものに仕立てあげた監督と編集者の手腕に舌を巻きます。

クリントイーストウッドは、かつてのベトナム戦争を描いた数々の映画に見られるような残酷で執拗な殺しの場面を出していません。それなのに画面には非常な現実感があり、撃たれた兵士の本音が聞こえてきます。どんなに鍛え抜かれていても、殺し、殺されるということがいかに恐ろしいかを訴えかけます。

敵からは「悪魔の狙撃兵」として賞金をかけられたクリスは、敵のナンバーワンスナイパーであるムスターファが、射撃の元オリンピック金メダリストだったという噂を聞きます。このムスターファとの神経戦とも言える緊迫した狙撃手同士の交戦や、子供や女性を巻き込んだ悲惨な市街戦は、心の重荷となってクリスにのしかかっていきます。

土色の街角からひとりの男が出てきます。手にはロケット弾を装填した銃、今まさに撃とうとする瞬間、クリスの銃が火を吹きます。虚しく地面に転がった男とロケット砲、それを10歳くらいの少年がヨロヨロと拾い上げ、構えます。

「撃つな!銃を置け!地面におけ!」

クリスは少年に照準を合わせたまま、引き金に手をかけながら呻きます。

「撃つな!銃を置くんだ!置いてくれ!!」

少年が撃つか、クリスが撃つか、瞬間、少年は銃を地面に放り出して逃げ出します。この間1秒か2秒、、この時、クリスは自分の息子と同じような年の子供を撃たずにすんだのです。スナイパーの過酷さが際立ったシーンでした。

休暇をもらい、平和な家庭の生活に戻っていても常に緊張から抜けられずに、家族とうまくいかなくなっていきます。クリスが誰であっても、そうなるに違いありません。たった一つしかない「命」を、狙撃兵として奪い、奪われる恐怖と格闘し続けてきたのですから。

それでも四回のイラク派遣をなんとか乗り切ったクリスは除隊し、家族との生活に戻りますが、「伝説のスナイパー」として生きた記憶は心と身体に深く染みついて消えません。思いあまって退役軍人との交流を始めたクリスは、戦争で心が壊れてしまった人々と接し、彼らの役に立ちたいと思うようになっていきます。

そして、PTSD を患っているとみられる若い元兵士と一緒に出かけた射撃場で、クリスは救おうとしたその元兵士に撃たれて死んでしまいます。この場面は実際にはスクリーンには現れません。クリスと若い元兵士を送り出した時の、妻タヤの何かを予感した「不安そうな顔」に、すべてを語らせています。全米が悼んだクリス・カイルの死の大きさは、葬列の人並みや「柩の蓋にびっしりと記された SEALs のエンブレム」の数で示されます。


砂埃と茶色の世界、カーキ色の崩れた街の貧しい家々から、時おり民間人とおぼしき男と女、子供が出てきます。そして隠し持った大きなロケット弾などを抱えて撃ち、金色に光る手榴弾を投擲したりするのです。埃まみれの周辺とはまるで異質なその質量「光り輝く兵器」の不気味さは、何と言ったらいいのでしょうか、たとえようもありません。あの最新型の武器はどこから、どうやってあそこに入ってくるのでしょうか、、

テンポのいい展開は、気鋭の若手監督かと思うほどのキレの良さです。とても80歳を越えた監督とは思えません。それに、観客におもねるだけの凄惨な残虐シーン、汚ない殺害シーン、意味のない男女のシーン、それらのものが一切排除されていて、展開が鮮やかで、スパッと鋭角です。戦闘画面の動きがリアルで圧巻です。見知らぬ世界をさまざまな角度から見せてくれます。

イラクとは、ISとは、シリアとは、、あのような所でゲリラ戦を繰り返すことで、「世界の平和」がやってくるのでしょうか、、とてもそうは思えません。そのように観客が感じたとしたら、それがこの映画の望むところなのでしょう。戦争映画としての興行収入は、あの「プライベート ライアン」を抜いてトップ、すでに3億ドルを超えたということです。
(2015.3.03.)  

・画像はアメリカン・スナイパーHP 及び Wikipedia より転載 

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