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映画 大統領の執事の涙


映画公式HPから

2月15日公開のアメリカ映画「大統領の執事の涙」を観ました。

アメリカの200年あまりの歴史の中で、実際に起きた事件と、その闇の時代背景が、きちんとわかりやすく映像で示された見事な映画でした。アメリカが、歴史を刻みながら動いていく激動の時代に、噴出する人種と人権の問題を、ホワイトハウスの黒人執事の目を通して裏舞台からの視点で語り描いていきます。権利と人権に絡む様々な事件が起きたその瞬間と、起きるまでの社会的背景が、実際に残されている映像と重なり合って観る者に迫ってきます、この映画が厚みを持ち、深くなった理由でしょう。

アメリカ南部の綿花農場での奴隷制度の実態、そこからの脱却を求めて起こった公民権運動の始まり、運動への迫害の数々(キング牧師の暗殺や、実際にあったKKKの黒人殺戮など)、大きな犠牲の上でかちとった権利の重さ。奴隷として働いた 黒人達の、無いに等しい権利をいかにして広げていったかを、実際の事件を絡めながら、オバマ大統領就任までの道のりを、映画は坦々と描いていきます。

これは、アイゼンハワーからケネディ、ジョンソン、ニクソン、そしてレーガンまでの7人の大統領に、執事として仕えてきた黒人セシルとその家族の話でもあります。あまり表に出てこないホワイトハウスの内部と、様々な部署の人間の動きが、執事の目を通してさらされていきます。裏方の何気ない日常の会話からアメリカの歴史が姿を現します。そして、人間があらがうことが出来ずに巻き込まれていく大きな時代の渦を、主人公セシル自身の人生とからめて、夫婦、親子という家族のありようからも描き出しています。

主人公セシル・ゲインズは綿花農家で働く黒人の子供として生まれました。黒人を殺しても罪には問われないという白人本位の法律に守られた白人農場主に父親を銃殺され、「ハウスニガー」と呼ばれる下働きの黒人下男として働きますが、父親を殺した主人に殺されるかもしれないという恐怖と絶望から農場を抜け出します、空腹のあまり盗みに入った菓子屋の黒人店員に救われて、ホテルのボーイになるのですが、そこで認められ、ホワイトハウスの執事として雇われることになりました。

「見ざる、聞かざる」
「空気のような存在になれ」
「目の動きで何が欲しいかを理解しろ」

このセシル・ゲインズを、アカデミー賞主演男優賞を受賞した名優、フォレスト・ウィテカーが演じています。波乱の人生を歩んだ一人の黒人を、内に秘めた強さと、それを覆う優しさとを絡め合わせながら、巧みに演じています。

暗殺されたケネディの血を浴びたままのスーツで報道陣の前に出たジャクリーヌ夫人の心を「”この私の姿を見て何が起こったかを国民に知ってもらう”と、彼女は言った」という短い回想の言葉で、あの修羅場の総てを、鋭く伝えています。


紺色ワンピースの女の子が現在の駐日大使キャロライン・ケネディ氏です

時代の大きなうねりのなか、ホワイトハウスの奥でセシルが見たものは、実に様々なものがありました。大統領といえども一人の不完全な人間です。

ジョンソン大統領は、節約家であり、電気のスイッチをこまめに消すという細かい性格だった。 ウォーターゲート事件で辞職に追いこまれたニクソン大統領は、根回しのうまい策略家であり、疑り深い人間だった。レーガン大統領 は、南アフリカの「アパルトヘイト」政策を認め、社会の批判を浴びたことを悔やんでいたようだった。そして側近が反対しても、貧乏な人からの訴えを聞き、送金してやることをセシルに頼むなどの優しい側面もあった。などなど、、

この映画は、大衆の野次馬根性を満足させるための香辛料を振りかけることも忘れてはいません、リー・ダニエルズはすご腕の監督です。観客はセシルを通してホワイトハウスの裏側や、使用人たちの下品なジョーク、そして表舞台の華麗な大統領主催のパーティを体験出来るのですから。

そしてセシルの家庭もまた苦難の道をたどっていきます。夜勤の続くセシルの不在と、セシルとの会話が深まらないことに耐えられずにアルコールに溺れていく妻グロリア、南部の大学へ進んだ長男は、公民運動家として投獄されることが続き、彼は怒り、息子を理解出来ないままついには断絶してしまいます。追い打ちをかけるように次男がベトナム戦争で戦死します。家族と共に歴史の波に翻弄されていくセシルの苦悩を、少しづつ老けていく身体の動かし方で表現したフォレスト・ウィテカーの演技は秀逸でした。

人権保護の国アメリカで、近い昔、人権侵害の酷い殺戮の歴史が存在したという事実を、あらためて再認識させられる映画でした。はめ込まれた実際の映像は、その伝える能力の抜群さを、しっかりと示してくれました。

映画を見て、オバマ大統領が「目に涙あふれた」と感想をのべたことや、現在のホワイトハウス関係者が絶賛したということから、アメリカでは映画公開後3週間1位を続けたということです。

歴代の登場人物のうち、レーガン夫人ナンシーを演じたジェーン・フォンダが、実像に近い雰囲気を漂わせ、品のある美しさで印象に残りました。

同じ時代を生きて70年あまり、日本人の立場ながら、めったにない激動の時代をつぶさに見聞きし、体験出来たことは幸運だったのだと思っています。(2014.2.25.)  
 
(映像は映画公式HPから)
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