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 夢の老上海   



「青い夜霧に火影が赤い、、、夢のスマロか紅口(ホンキュ)の街か、、、嵐呼ぶような夜が更ける、、」

上海という異郷の名前は、その響きの心地よさと、上海租界というエキゾチックな雰囲気(実際は行政と警察権を列強が支配した差別世界なのだが、、)とあいまって、なぜかずーっと胸に残っていた。

なにやら隠避な大人のイメージを持つ国際都市上海は、戦前、戦中の流行歌の歌詞にもしばしば登場した。戦後の荒廃した町角でも、ディック・ミネの絞り出すような声と、日本語を外国人のように発音する独特の唄い方は、その哀愁を帯びたメロディと奇妙にマッチして人気を集めた。

隣のおニイチャンが貸してくれた怪しげな雑誌の上海阿片窟の密偵の無頼話に心が弾み、マタハリのかっこよさに訳もなく心が踊った。そしてシャンハイは自分にとっていつかは行って見たい土地の筆頭になった。しかし、、

わずか2時間の飛行で降り立った上海は、そんな大昔の雰囲気など、どこにもあろうはずも無かった。10月20日から行われるAPECに向けて急ピッチで整備された巨大な空港、東洋一を誇る468メートルのテレヴィ塔、縦横に走る高速道路、様々にデザインされた高層ビル群、ノスタルジックな上海租界のイメージはどこかへ吹っ飛んでしまった。なんという急成長、なんという近代化、、、



外灘(ワイタン)の夜景

鍛錬された上海雑技団、屈指の名園「豫園」、旧租界の面影が残る外灘、あの「文化大革命」の時代に破壊されるところを住職の機転で地下に埋められ、隠されて難をのがれた玉仏寺の美しい仏像、絢爛たる外灘の夜景、水面にサーチライトの赤や紫が光の洪水となって波打つ長江、夫々に素晴らしかった。しかし何かが違った、、


整ってはいるが交通網がついていかないために人の気配のない沢山の高級マンション。あまりに人工的な空港から街へ向かう道路。しかし観光道路からちょっとそれた路には人が溢れ、一種異様な臭気が漂い、小さな小売の店は軒も低く、品数が少なく、ディスプレイも貧しい。やっと見つけたローソンの如き店ではビールは売っているものの数缶がゴロンと置いてあるだけで、冷やされていない。

そして道一杯に雑然と走る自転車の画一的な形と色、交通信号もあってなきが如しの交差点の横断。サービスという言葉の存在すら知らないかのような、笑顔の無い店員達。いつから中国の人達はこんなに表情がとぼしくなったのだろうか、あの人懐っこい笑顔の中国人は、昔の映画の世界だけだというのだろうか。

今、日本や欧米が経済的不況にあえいでいるなか、GDP成長率7.9%の中国は一人勝ちと言われるほどの伸展を示してきた。しかし、巨大なビルと庶民の生活の格差があまりに大きい、、、夫々に贅を凝らしたビルを眺めていると索漠とした気持ちになる。

政府の事業と民衆の生活が繋がっていない。これが社会主義のあり方なのだろうかと、道行く人々の何となく暗い表情のない顔に、この国の底に流れる人々の不満と、一種の貧しさを覗き見る思いがした。



旧フランス租界


どこを見ても、どこを歩いても、あの魔界といわれた老上海に、華やかな煌きを添えたチャイナドレスの女達も、むせぶように流れるジャズも、遠い時代の暗い闇の中に沈んで、その艶やかな姿や、心が震えるような音を見せても聞かせてもくれなかった。ましてエトランゼが一夜の恋を拾うダンスホールに、蠢く密偵の姿などあるはずもないのだった。2001.9.30.

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