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映画 サイドウエイ  

本年度(2005年)アカデミー脚色賞を得た「サイドウエイ」を観た。人生の半ばを過ぎ、すでに負け組み(好きな言葉ではないが、、)に入ったかと観念する年頃の二人の男性が主人公のこの映画は、まずアメリカ映画がここまで繊細になったのかと思わせるに充分な、成熟した含蓄ある内容で驚かされる。

シニカルでありながらエスプリの効いた軽妙なセリフがちりばめられていて、往年のフランス映画のようなおしゃれな大人の物語に仕上がっている。それに、男同士の友情の不思議さがなんとも面白い。お互いに欠点をさらけ出しながら、相手を思いやり、そのために時には体を張るなんていう芸当は、所詮女には無理な相談なのだと実感させられる映画でもある。

なかなか出版にこぎつけられない小説家志望の教師マイルスと、ひところは少し売れたけれど、いまやCMのナレーションで暮らしている三流俳優ジャック、二人は大学の同級生。マイルスは2年前にふとした遊び心を誤解され、妻から離婚された。だから、いまだ前妻に思いを残しながらウツウツとしている。

ジャックはちょっとしたハンサム、明るく陽気なしゃべりを武器にしたオンナったらし、女と見れば口説きたくなる、そんな彼もこの週末には金持ち女性と結婚して、いよいよ落ち着くことになっている。

あと一週間の独身期間を思いっきり楽しみたいと二人でワイナリーを周る旅に出た。マイルスはサンタバーバラにあるワイナリー近くに住むワイン通の素敵な女性マヤに以前から好意を持っていて、彼女に会うことも兼ねていたのだ。

物語はこのあとジャックの大笑いナンパ話や、マイルスのイジイジした行動を面白おかしく見せ、思わぬ方向に展開していくさまを、ウイットに富んだセリフのキャッチボールで語っていく。

いろいろな場面での二人のやり取りが実に軽妙洒脱、思わず吹き出したくなるセリフまわしに、館内では珍しく大笑いが起こったり、クスクス笑いが聞こえたりで、観客と映画が混ざり合って、これもまたいい雰囲気だった。

背景的な小道具として出番の多かったワイン、92年ものバイロンブリュットを皮切りに、登場する名のあるワインたち、これがこの映画にもう一つの輝きを与えている。カリフォルニアワインだけではなく、さまざまなワインの名前やブドウの名前がここぞと言う場面にぴたりと配置されている。それが紫がかった茶色の山々を遠景にした美しいサンタバーバラの田舎の風景やブドウ畑の爽やかなシーンとぴったりと合致していて、ワイン好きにはいちいちうなづけて、たまらない魅力だ。

61年もののシュヴァルブランを前妻が帰ってきた日に飲もうと大切に保管していたマイルスは、気に入っている女性マヤに61年のシュバルブランは今年が飲み頃で、あとは降下していくだけだと指摘されて、慌てふためく。前妻がもし許してくれて、再び一緒になれたら抜栓しようと願っていたからだ。

そんな後ろ向き思考のマイルスはマヤにはっきりと自分の気持ちが伝えられない。そのうえ友人ジャックのオンナでいりのドタバタの大騒ぎで、マヤとうまくかみ合わない。結局、はっきりと結論もでないまま戻ってくるのだが、ジャックの結婚式の日、前妻の再婚を聞かされたうえに妊娠まで知らされて、ようやくはっきりと諦める気持ちになる。

そしてマイルスは街のありふれた安レストランで紙コップにあけたウン十万円のシュヴァルブランをガブガブとあおって、自分に踏ん切りをつける。この画面が彼の気持ちを代弁していて、実に秀逸だった。

そしてSteering wheel を左に切り、あのワイナリーへ再び車を走らせる。ようやく好きなマヤに向かって走って行く決心がついたのだ。そして彼女の家のドアをノックする、、、ここでこの映画は終わっている。

ノックした後、マイルスはどうなるのだろう、多分ハッピーになるのだろうけれど、マヤが彼をそう簡単に受け入れるのだろうか、、どんなワインがその後の日々を彩るのだろうか、、そんな含蓄ある終わり方に、フランス映画の残影を感じたのは私だけだろうか。ジャズ風のバックミュージックもいい雰囲気をかもし出していて物語に深みを与えている。

人には誰にでも夫々に希望があり、成就する希望もあれば、まったくそっぽを向かれてしまう希望もある。かなうと信じて生きてきたものの、もうアカンかも、と思う時期が必ずくる、これ以上生きていても下るだけの人生だと思うこともある。

そんな時は日常を逃れて、経験したことのない道に進んでみることがあってもいいのではないか、人生の寄り道「サイドウエイ」に少しだけ踏み込んでみて、バカバカしさにあふれている普段の日々を忘れてみたらどうなのだろうか。

その答えを、この二人の男達の哀しくも可笑しい一週間が教えてくれているように感じた。なんとも切なく、そして楽しい、言いようのない面白い映画である。

ワインはゆっくりと熟成していく、それが頂点に達する日まで。そしてそこからくだり始める、下り道には、それなりに趣のある味が生まれてくるのだろう。人生のくだりにさしかかったとしても、そこにはまた渋いなりに違った味わいがある、そう思いたい。そのなかから、別の幸せの味を見つけることが出来るかもしれないから。

まっすぐの道に疲れたら、ちょっと寄り道してみませんか!サイドウエイに小さな幸せが転がっているかもしれないじゃないですか! (2005.3.12.)
  

映画 サイドウエイに登場したワイン

・2003 Byron Vineyards and Winery Pinot Noir Santa Maria Valley

・2004 Sanford Winery Pinot Noir Santa Barbara County

・2004 Hartley Ostini Hitching Post Winery Pinot Noir Santa Maria Valley

・2004 Fiddlehead Cellars Sauvignon Blanc Happy Canyon Santa Ynez Valley

・2000 Domaine Huet Vouvray Petillant Brut

・2002 Domaine Huet Vouvray Clos du Bourg Demi-Sec

・2002 Whitcraft Winery Pinot Noir Santa Maria Valley Bien Nacido Vineyard N Block

・2003 Andrew Murray Vineyards Syrah Santa Barbara County

・2003 Kistler Pinot Noir Sonoma Coast

・2003 Kistler Chardonnay Sonoma Coast
 
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