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老いた美女  Chateau Margaux 1975  



フランスボルドー地方のワイン、「シャトウマルゴー」は、各国で人気があり、「ワインの女王」に例えられてきました。それは、このワインが持つゴージャスな雰囲気を好ましく感じ、エレガンスな香りと味のバランスを素晴らしいと思う人が多いからでしょう。長い伝統を保ち続けてきたこのシャトウは、フランスが最も誇りとするものの一つです。ボルドーのシャトウワインのなかでは、特に渋みが無くて円やかであり、華やかな芳香をもち、まったりとした濃厚な風味が特徴です。

1975 年シャトウマルゴー、家のジジのお宝の一本でした。何かの記念日にとワイン庫に寝かせてから何年になるのでしょう、早めの誕生日祝いに開けることに致しました。プルミエ・グラン・クリュ・クラッセのマルゴーは、すでに年月が経ち過ぎ、気息奄々でワイン庫に横たわっているように見えました。注意深く、慎重にコルク栓を引き抜きにかかりましたが、41年もワインに浸かっていたコルクは、もろくボロボロで、瓶に擦れて今にも崩れそうな気配でした。

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独自のワイナリー経営で知られるエッセイスト玉村豊男氏のHP「ヴィラデスト ガーデンファーム」のワインのページには、コルク栓に関する以下の文言があり、まさに時代に即応した対応だと思って読みました。引用します。
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ヴィラデストワイナリーでは、2014年瓶詰分のワインより、コルク由来の品質不良を大幅に減少させるため、「スクリューキャップ」を採用しました。

○スクリューキャップの利点
スクリューキャップはオーストラリアやニュージーランドで、30年以上に渡って使用された実績があり、白ワイン、赤ワインともに瓶熟成も可能であると立証されております。
コルク栓と異なり、栓の品質のばらつきによるワインの酸化や、コルク臭によるトラブル、カビ等が付着する可能性を大幅に減少させ、ワインの品質を高く維持することができます。また、湿度による影響も受けにくく、貯蔵の際にボトルの向きを気にする必要がありません。開栓時も器具は不要で、比較的小さい力でキャップを開けることができます。


以上ヴィラですとワインからの引用です
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なんとかコルク栓を落とし込まずに抜くことが出来ました。グラスに注いで、まず「アシ」を見ます。サラサラと流れ落ちて、水のようです、こってりとしたとろみがありません、、色は、古くなった赤ワインの色、、茶色がかった赤色で、鮮やかさはありません。香り、、これが馥郁たるあのマルゴー独特の芳香からはほど遠くて、しかもごく微かです。味は、、酸っぱさが先に来るだけで複雑なあのマルゴーの味ではありません。「下り坂のワイン」まさに「老いたワイン」です。


あの米映画「サイドウエイ」のなかで聞いた台詞を思い出しました。

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「ワインはゆっくりと熟成していく、それが頂点に達する日まで。そしてそこからくだり始める、下り道には、それなりに趣のある味が生まれてくるのだろう。人生のくだりにさしかかったとしても、そこにはまた渋いなりに違った味わいがある、そう思いたい。「映画サイドウエイ」より

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下りきっていないワインは、それなりに趣があるのでしょうが、現実に下りきってしまったワインをどう表現すれば良いのでしょうか、、

何だか、「老いさらばえた美女」という感じネ、、そう言って笑いながら、それでも「マルゴーの味がする!」と主張するジジィを横目に、肉やチーズの助けを借りながらいただきました。41年の年月を感じました。良好な保存方法であれば、まだまだ美味しく飲めたのでしょうが、あちらこちらに移動してやってきたこのワインは疲れ果て、ここ7年は動きを止めて、ただひたすら眠り込んでいたのでしょう、急に目覚めさせられたので、もうヨタヨタとめまいでもしたのでしょうか(笑)。底を打ってしまったグランクラスのワインを、なぜかいとおしく思いました。

人もワインも等しく滅びます。生き続けて感動を与え続けることなど出来るはずもないのです。明日を知らぬ老人がそれを実感し、これを味わえただけでも、良い経験でした。「横に置いた死」を、常に少しだけ意識しつつ生きて、その日その日を楽しんでいければ、底を打った最後の時にも、なにがしかのものを残せるのかも知れません。翌日の残りワインは、酸が少しだけ抜けて、ちょっぴり丸くなっておりました。
(2016.10.23) 
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