ホームトップエッセイ目次牛肉以外は肉やあらへん

牛肉以外は「肉やあらへん」


寒い日が続き、強風注意報が連日出ている風冷えの季節は、どうしても外出がおっくうになる。暇があれば台所にいて、ブイヨンをとったり、なにかしら作ったりしていることになる。だから食材が残り少なくなってくると、なんとなく面白くない。少ない材料ではこの貧弱なアタマから料理のヒントが何も浮かんでこない。そろそろ腰を上げて、食料の調達に出かけねばならない。

土地が肥えていて陽が照り、過剰な雨が降らないこのあたりは、野菜や果物、浜名湖の小魚などが豊富にあり、それらは簡単に手に入る。しかし、牛肉に関しては大阪に大きく負ける。何しろ「ニク」と言えば地場の「豚肉」が主流であるから仕方がないのだが、煮込み用の牛スネ肉の大きなブロックや骨付きのあばら、太いテール、柔らかいラムや仔牛肉などは全くと言っていいほど売っていない。

特殊な牛肉は百貨店の地下にある食料品売り場か大阪の専門店などに行かなければ手に入らない。地元のスーパーの売り場にはチマチマした小さな肉がこまごまとトレイに並べてあるだけだから、段々欲求不満になってくる。

梅田のH百貨店は、大阪に縁がなくなった今でも訪れるたびに立ち寄る場所の一つ、肉や魚の種類が豊富で品質もすこぶる良いからだ。大きな保冷箱を積んで行き、冷凍がきく食材を沢山買い入れてくる。幸いなことに牛肉は保存性が高く、きちんと仕分けして保管すれば、少しは料理が賑やかになる。しばらくはニコニコの時が続くのだが、段々材料が乏しくなってきて、メインが豚肉や鶏肉、魚に偏ってくると、連れ合いの機嫌はじわじわと落ち込んできて、ある日必ず「家にニクはあらへんの?!」というセリフを聞くことになる。

大阪人間の常として「ニク」は「牛肉」しか意味しない。

日本の男の平均寿命を越え、あまり活発に生活しているとは言えない年寄りなのだが、食の好みは昔のままだ。老いて好みが変り「淡白なものが少量あればいい」などと言う人とは住む世界が違うように思える。そんな世間の常識が全く通用しない希有な人であるから、専属の素人コックは時々「クビ」の危機にさらされる(笑)。

このところ、前回に仕入れたものがなくなってきて、野菜の多い田舎料理がふえていた。そろそろパンチのきいた皿を作らんとアカンとは思っていた。「家に牛肉あらへんの?!」って言われる前に、外置きの冷蔵庫にカチカチに凍らせた「牛テール」が最後に残っていることを思い出したらよかったんや!こちらもトシをとってアタマが廻らんようになり、忘れ物ばっかりするようになったワ、、

太い牛テール、これが今回の救世主。名古屋コーチンの鶏がら(これは浜松でも簡単に手に入る)でブイヨンを煮出し、そのダシと地場のトマトや香味野菜、赤ワインを合わせて一日がかりでひたすら煮込んでいく。食欲をそそる匂いが台所に充満してくれば、半分は成功。

箸でほぐれるほどになったテールをそ〜っと取り出し、ソースを煮詰め、バターとマディラ酒で仕上げる。多めに作ったソースは他へ転用できるし、煮込んだ具のきれっぱしはコロッケやグラタンに混ぜ込めば結構な味になる。かくしてあとしばらくの間は文句は出ない。

しかし、次の「ニク」発言までには買出しに出かけなければならない。昨年末に調達してきた品物は、今度こそ底をついた。毎年立春が過ぎる頃、まだ寒いのに、、と思いながら、保冷箱を取り出す。いつまで続くぬかるみぞ、、の心境である(笑)。 09.2.08.



ホームトップ>  旅目次  エッセイ目次  花目次  浜松雑記帳  料理ワイン