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エジプトのデモ

エジプトが混乱に陥っています。首都カイロの中心、タハリール広場には、連日デモに参加する人達があふれ、ムバラク政権は崩壊寸前です。この国のデモは、宗教的な理由や政治グループの主義主張の違いではなく、国民の「食べられないから何とかしろ!」という切実な願いから始まったという気がしてなりません。

政権の中枢にいる人達と一般民衆の生活格差が、はっきりと見える時代になったから起きたのでしょう。独裁政権による言論統制やマスコミの規制、反体制の押さえ込みが、ネット時代の今は、もう出来なくなってきたということなのでしょうか。

デモが報道された時、「やっぱり、、」という思いがしきりにしました。10年ほど昔にエジプトへ旅行をしましたが、その時一番に感じたことは、「なんという貧しい国なのだろう」ということでした。

観光地には軍の兵士が警備についていますが、服装も装備もみすぼらしく、観光客にチップを要求する者までおりました。写真を撮れば、必ずなにがしかのお金をくれといいます。ガイドに聞いたところによれば、兵士達の毎日の食事は自給しなければならず、自前で弁当を用意しているのだそうです。こんな軍隊は聞いたこともありません。ムバラク大統領は軍の飛行士から大統領になった人ですから、軍にはかなりの予算をまわしているはずですが、「自前の食事」とは、まことに不思議でした。

気を遣っているはずの観光者用のトイレも、使うことをためらうほどのものでしたし、カビの生えた平たいパンを平気で食卓に出すことからも、衛生や食料の管理体制のお粗末さが知れました。一流と言われるホテルでさえも、清潔な水が供給されているとは言えませんでした。

アブシンベル神殿観光のために、カイロ空港国内線ロビーにいた時のことです。ホテルが用意してくれたランチボックスがかさばり、邪魔で仕方がない、、かといって今食べる気のしないバナナとパンが入った箱を、日本人観光客は処分しようと思いました。ゴミ箱を探したのです。何人かがゴミ箱のそばへ行きました、すると、オレンジ色のつなぎを着た空港清掃員達が寄ってきて、捨てるのなら自分たちにくれないかと言うのです。中には少し手をつけたランチ箱もありましたから、日本人は一様に驚きました。そして嬉々としてランチ箱を受け取る若者に、何か申し訳なさも感じたのです。

職があって勤務出来ている人達でさえあのように貧しかったのですから、職に就けない人達の困窮は、国民的デモに発展してもしかたのない要素をはらんでいました。

観光大国として世界に冠たる世界遺産を持ち、国民の7人に1人は何らかのかたちで観光に携わっている国ですから、観光収入は大きいはずですし、親米国ですから、アメリカからの支援金もかなりあったはずです。国民の生活は、もっと良くなければおかしいのです。富が偏っているとしか思えません。

連日報道されるエジプトのデモ映像からは、殺伐とした雰囲気が感じられないのは何故なのでしょう。中国に対するチベット自治区の暴動や、ロシアに対する周辺国のテロなどとは、どこか違うような気がします。軍の装甲車が素手の若者を踏みつぶした中国の天安門事件とは質が違うように思います。対峙している民衆と兵士の中に同じ何かが流れているように感じます。

「どうしてこんなに貧しいのか、、」という小さな疑問の種がふくらんだ結果だと思えてなりません。民衆の貧困は権力者の心の貧困によるものが多いことは、歴史が示す通りです。ムバラク大統領の肖像画をエジプト全土の各家に飾らせる費用を、国民の食事にまわすことが出来ていたら、、などと、つい思ってしまうのです。(2011.2.02.)
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