関学大学祭「徳山昌守氏講演」企画中止問題

学祭実行委員会との対話の経過(10月22日記)

 関学恒例の大学祭「新月祭」に当たって実行委員会が企画した『徳山昌守講演会〜breakin' out to the victory!〜』が突然中止された。
 その中止決定に対して、「決定は、在日朝鮮人としての徳山氏に対して、昨今の北朝鮮拉致事件の発覚以降、いやがらせや差別が横行している現状を受け入れ、それだけではなく、在日朝鮮人に対する差別や嫌がらせを助長し、差別者に恭順を示すものではないか」という批判が学内外から上がっている。なかには、本学部教授会がそのような中止決定に関与しているとの憶測まで、流れている。私は、本学部教授会の一構成員として、そのような中止決定に関与するようないかなる言動も本学部教授会が行っていないことを明言したい。私の個人的希望としては、むしろ、実行委員会の決定に対して、非常に残念に思い、彼らが決定を考え直し、講演会企画を予定通り実施することを望んでいる。その一教員としての希望を実行委員会に伝えるために、以下のような書面を実行委員会に送った。


実行委員会への公開書面
2002年10月17日

新月祭2002大学祭実行委員会
委員長 戸田幸輔様

総合政策学部メディア情報学科
教授 山中速人
hayato@ksc.kwansei.ac.jp

 10月15日付けの「新月祭2002大学祭実行委員会企画『徳山昌守講演会〜breakin' out to the victory!〜』について」を読みました。同文の文書が貴ウエッブサイト
(http://chu-shiba.kwansei.ac.jp/gakusai/)にも掲載されています。

 私は、本学の一教員として、また、民族問題を研究テーマのひとつとしている研究者の一人として、今回の貴実行委員会の決定をきわめて残念に思います。

 昨今、社会の注目を浴びている北朝鮮工作員による日本人拉致事件の影響を受けて、無関係な在日朝鮮人に対する誹謗やいやがらせが横行していることは広く報道されています。このような根拠のない在日朝鮮人に対する誹謗やいやがらせは、私たちの社会の自由の根底を揺るがし、市民の人権に対する許し難い侵害であると、私は認識しています。

 そのような認識に立って、今回の貴実行委員会の決定は、そのような誹謗やいやがらせを行う風潮や人々に暗黙の承認を与え、恭順を示すものであると考えます。

 もちろん、貴実行委員会が、平然とこのような決定をしたとは考えていません。苦渋の決断がなされたのでしょう。しかし、それがいかなるものであったとしても、貴実行委員会の決定が、来演を予定していた徳山昌守氏の民族的誇りや人格権を深く傷つけてしまったこと、そして、その決定によって在日朝鮮人に対する差別やいやがらせに屈してしまったという姿勢を広く社会に印象づけてしまったということは逃れがたい事実なのではないでしょうか。貴実行委員会の責任は、重大であると思います。

 貴実行委員会が発表した上記文書には、「諸事情により本企画を中止せざるを得ない」とあるだけで、なぜ中止に至ったのか、その経過がいっさい開示されていません。

 これでは、企画を推進する主体としての説明責任を果たしていないのではありませんか。どのような経過があり、なぜ今回のような決定に至ったかについて、事実を正確に発表することが、今後、同様な事態を発生させないためにも不可欠なことであるし、今回の決定について貴実行委員会が取りうる不可避な責任の一部であると考えます。

貴実行委員会からの事実過程の正確な報告とその公表を強く促すものです。




 という書面を実行委員会に送りました。委員会からは、つづく10月18日(金)に実行委員長の戸田君を含む3名の実行委員会メンバーが研究室に経過説明に現れました。説明を受けた側には、私以外にも数名の教員や院生も同席しました。

実行委員会メンバーとの対話(10月18日)

 実行委員会が徳山氏講演の中止を決定した過程について、1時間以上におよぶ長い説明を受けました。ただ、私たちがうかがいたかったのは中止決定をした根拠は何だったか。どのような具体的事実にもとづいて中止を決定したのかという点だったのです。

 委員長の説明をまとめると、実行委員会が中止を決定した理由は、講演会場の安全の確保ができないおそれがあったからだということでした。

 そこで、会場の安全が確保されないと予想されるどのような具体的情報や事実があったのかを尋ねました。

 すると、実行委員会に対する電話やEメイル、郵便などによるいやがらせや脅迫は一切なかったこと。また、警察への問い合わせでは、右翼などによる街宣車の来訪の動きもなかったこと。新聞社への問い合わせでも、不穏な動きはまったくなかったことが分かりました。ただ、某企業が徳山氏を招いて開催するイベントが中止されたとの情報を実行委員会はつかみ、その理由をその担当者に問い合わせたところ、理由は昨今の北朝鮮拉致事件の発覚以来の世情を考慮して「諸事情」による中止を決定したということだったそうです。また、大学当局とも話し合ったとのことです。(大学当局が何を伝えたかは明言されませんでした。)そして、これらの情報にもとづいて、実行委員会は、やはり会場の安全が確保できないと判断し最終的に中止を決定したと言うことでした。

 さらに、実行委員会によれば、今回の講演会の目的は、徳山氏のサクセスストーリーに関心があったのであって、在日とか差別云々に関しては、取り上げるつもりはなかったということでした。

 私が思うに、講演に危険が及ぶ具体的な兆候や事実がないのに、会場の安全が確保できないと判断したのは、実行委員会自体が普段から在日朝鮮人に対する差別や人権の問題を真剣に考えてこなかったために、今回のような事態に直面したとき、冷静に起こりうる事態を予測し対策をこうじず、ただただ不安に駆られ問題自体から逃げることだけに終始しようとしたためだと思います。差別を知りながら、それを黙認することは差別であるということを自覚する必要があるのではないかと思いました。そして、そのことを彼らに話しましたが、「自分たちは差別する気持ちなどない」というばかりで、受け止めてもらえませんでした。

 また、在日朝鮮人のプロボクサーを講演者に招きながら、そのサクセスストーリーにしか興味をもたず、差別や「在日」云々には関心がないというのは、人間としての徳山氏が分かちがたく持っている民族文化や生き方を含めた彼の人間全体を知ろうとせず、都合のよいところだけをまるで機械のパーツのように切り離して捉えようとする、浅薄でご都合主義的な人間理解の方法でないかとも思いました。このような人間理解のあり方は、本学の教学の目標である、全人的陶冶とマスタリーサービスの精神の確立とはまったく相容れないものであるとも思いました。それについても伝えようとしましたが、うまく受け止めてもらえませんでした。

 印象ですが、もっぱら説明役をかっていた委員長氏のとめどない口舌と、それに比べてあまりに薄い内容にとまどいました。きっと、「何とかこの場を技術的に切り抜けよう」という気持ちだけが先行しているようで、事態のもつ本質について考えようと言う意志が欠けているようにみえました。

 つぎに、実行委員長に対して、講演企画を再考する余地はないかと聞いたところ、その余地はないとのことでした。

 そこで、最後に、今回の中止決定の文面では、徳山氏側に責任があると理解できる余地が残るから、中止決定に至る事実経過と判断の根拠などについて、あらためて学内外に公表することが実行委員会の説明責任ではないかと聞きました。

 それに対し、実行委員長は、「実行委員会は全員一致原則をとっているので、自分の一存では決められないので、月曜日の委員会で話し合って、その回答を知らせたい」と答えました。
 以上のような経過で。当日は分かれました。

 そして、10月21日月曜日に以下のような返答のメイルが送られてきました。



山中教授へ

 こんにちは。先日お邪魔致しました大学祭実行委員会の戸田幸輔です。先日の話
し合いの後、月曜日までに大学祭実行委員会として、講演会中止の見解を提出する
かどうかについて返事をするとお約束致しましたので、メールではございますが返
答させて頂きます。
 私共大学祭実行委員会としては、大学祭当日の安全な運営を考え公示されている
以上の見解を個人宛に提出することは控えさせて頂きたいと思います。

                      新月祭2002大学祭実行委員会
                      委員長     戸田 幸輔




つまり、「今はなにもいいたくない」ことのようです。そこで、私は、あらためて以下のような
質問のメイルを送りました。今度は、言論の自由という観点から、彼らに問題を投げかけるものでした。



10月21日
戸田幸輔様

非常に残念な決定を貴委員会はなさったと思います。

君たちは、自分たちが企画した講演会の開催をしっかりと護るということが、言論の自由を護る努力の重要な一部であると気がついておられないのではないでしょうか。

たとえば、あなた方が新聞を発行していたとします。その新聞が、具体的な脅迫や抗議すらないのに、ある作家に原稿を依頼したことで、もしかすると自分たちに危害が及ぶかも知れないと考え、その作家の原稿の紙面掲載を自ら中止するという決定をしたとします。そして、「なぜ中止したのか」と説明を求めた読者に対し、「当紙の安全な発行のために、説明を控えたい」と答えたとします。

このような新聞は、はたしてジャーナリズムといえるのでしょうか。「言論の自由」を護っているといえるのでしょうか。貴委員会の姿勢は、この新聞の姿勢と同じものだと思います。私は、少なくとも、そういう新聞社の言論を信じません。

「言論の自由」を護るということは、それに対する圧迫や妨害と不断の闘いをするということなのではないでしょうか。もちろん、それには努力が必要ですし、犠牲も覚悟しなければならない場合もあります。しかし、それ抜きには、「言論の自由」は絵に描いた餅になってしまうのではありませんか。まして、具体的ないやがらせや抗議すら皆無なのに、自粛してしまうのは、言論の自殺以外の何物でもないでしょう。

君たちのとった行動を私は残念に思います。そして、そう思うのは私だけではないのではありませんか。君たちは、言い訳や弁解のために時間を費やすのではなく、再度、自分たちのとった行動の何が問題だったか、どうすれば学生としての本来の姿に立ち戻ることができるかを考えてもらいたいと思います。

最後に、今回いただいた返答に対し、あらためて以下のようなちょっと意地悪な質問をいたします。

君たちは「大学祭当日の安全な運営を考え公示されている以上の見解を個人宛に提出することは控えさせて頂きたい」と回答されたわけです。ということは、私個人宛に見解を提出すると安全な運営が阻害される可能性があるということになります。それでは、私宛に見解を示すことでどのような危険な事態が予想されているのか、説明してください。これは私個人の名誉に関わる問題ですので、明確にご返答くださいますようお願い申し上げます。

以上

山中速人




以上が、これまでの経過です。

この問題の経過をとおして、本学での人権教育のいっそうの充実と今回のテーマを深く考えるために、10月25日(金曜日)に以下の特別企画講義を開催することにきめました。多くの参加を希望します。



特別講演会「在日コリアンはどう生き、何を考えるのか〜拉致事件の逆風下に生きる
在日コリアンの生活と意見」

ゲスト講師 辛淑玉(シン・スゴ)氏
(辛淑玉氏プロフィール)

10月25日(金)に以下の2会場で行います。
1 関西学院大学 神戸三田キャンパス 2号館201号教室 11時10分〜12時40分
2 関西学院大学 上ヶ原キャンパス E号館102号教室 14時50分〜16時20分
(関学キャンパスのアクセス情報)http://www.kwansei.ac.jp/frame_intro.html

●この特別講義は、関学大学祭「徳山昌守氏講演会」中止問題をきっかけに、在日コ
リアンの現在を理解し、マイノリティの人権を考えるために急遽企画された。
このような中止決定は、差別や偏見が投影したものに他ならないが、それを許した教
育にも責任がある。それを自覚し、人権擁護の決意を新たにするために、今回の特別
講義を緊急開催することに決めた。不甲斐ない後輩たちに「渇」を入れる関学OBO
G諸氏はもとより、ひろく市民に参加を呼びかけたい。

ゲスト講師の辛淑玉氏は、在日コリアン女性として、テレビやジャーナリズムで鋭い
批評活動を行っている。