時代の波にのった日本食(ハワイ)

「特集:日本料理を食べる人びと」季刊・民族学 114号2005年秋



 移民が伝えるハワイ風すき焼き(チキンヘッカ)

ハワイの日本料理には、3つの形があると思う。1つ目は戦前に砂糖きびプランテーションの労働者として移民してきた日本人たちが持ち込み、定着した日系人の郷土料理。2つ目は、戦後、とりわけ70年代以降に急速に拡大した日本人観光客のための日本料理。3つ目は、グローバル化する現代世界にあって世界に進出するキュイザン・ジャポネーズである。
 ハワイ移民の歴史は長く、明治元年にさかのぼる。当初は出稼ぎ指向の男性単身者が中心だったが、20世紀に入ると定住化が進み、男たちは妻を呼び寄せ、キャンプと呼ばれる労働者住宅街に日本人家庭がつぎつぎに誕生した。移民たちの多くは農村出身だったから、かれらが持ち込んだのは出身地の郷土料理であった。そして、それらが同じくプランテーションではたらく他県や他民族の料理との間で相互に影響を与え合い日系人独特の料理に変化していった。にしめ、なます(酢の物)、コーンスシ(いなり寿司)などがそうである。
 なかでも、その代表格として、わたしはチキンヘッカを挙げたい。ヘッカとはハワイのスラングで、ようするに日本で言う「すきやき」である。わたしは、この7年間毎年、学生を率いてカウアイ島のワイメアという小さな町で地元日系二世たちの生活史調査を続けているが、わたしたちを歓迎して地元の日系人たちが作ってくれる恒例の料理がこのチキンヘッカである。
 重い鋳物のフライパンに油を引き、ショウガをいため、それに、親指大に切った鶏のもも肉、クレソン、ネギ、あらかじめ椎茸と甘辛く煮込んだ春雨(ロングライス)を加え、醤油と砂糖とチキンブロスで作った特製のだしで煮込めば、できあがりである。今回の写真撮影のために、ハワイ生まれの母カズコ・ナカムラさん(75歳)、その娘のジョイ・キムラさん(51歳)、孫娘のクリスティ・キムラさん(22歳)の3世代にわたる日系女性がチキンヘッカを作ってくれた。孫のクリスティさんは「納豆は苦手だけれど、ヘッカは大好き。母から受け継ぐ大切な家庭料理です」と語った。ヘッカは、ハワイ日系人が誇る、他民族にもよく知られたエスニック料理である。

ワイキキの寿司屋(FURUSATO)
 他方、日本育ちの会席料理が戦後はじめてハワイに持ち込まれたのは1964年である。ヨーロッパ戦線での活躍を背景に戦後社会進出を果たした日系二世たちが中心になって、ワイキキのカピオラニ公園に面した目抜き通りに建つグランドホテルの二階に日本から日本料理店の誘致を試みた。これに、東京で東北郷土料理店を営んでいた柳屋行氏が応じ、戦後初めて日本料理店「FURUSATO」を出店させた。同氏の子息で、現在もハワイで手広く日本料理店の経営に携わっている柳屋力さんと総料理長の阿部修士さんに現在のハワイの日本料理事情を尋ねた。柳家さんにハワイ出店の理由を聞くと「もともと秋田で学校用教材を扱っていた会社が東京でレストラン業を始めたので、日本料理の伝統や格式にこだわらない自由な起業家精神があったから」だという。
 開店当初の主なお客は、地元の日系人たちだったが、当時の日系人たちが好む日本料理のご馳走といえば、分厚いコロモの天ぷら、すきやき、薄切りでマスタードをつけて食べるさしみだったから、京料理の流れをくむ会席料理とのギャップは大きかったという。しかし、ハワイ風のアレンジはせず、あくまで日本直輸入の味と形にこだわった。苦労はあったものの、日本人観光客の増加によって次第に観光客向けの料理として定着していった。当時の日本人観光客は、とにかく三食ともお米とお茶の食事を求めた。海外旅行の高揚感も手伝って、豪華メニューの日本料理が好まれたという。80年代にハワイに渡った総料理長の阿部さんは、数多くのメニューを開発してきたが、観光客向けの日本料理の頂点はバブル末期の90年代初頭だったと指摘する。ロブスター、ヒラメ、蟹など高級な食材を使った料理が次々と登場した。
 しかし、転機は9・11以降の観光客層の激変だった。ガイドブックを片手にファーストフード店やハワイ風料理もいとわない若い世代の観光客に、往年の日本食指向はもはやない。観光客向けの日本料理は衰退期にはいった。

ル・ウラクのオードブル(すしの影響がみられる)
 それと対照的に、注目を集め始めているのが、日本料理を基本にしながらも、フランス料理のコンセプトを取り入れた創作料理で、在留日本人・地元ホノルル市民・米本土出身者のそれぞれから支持を集めている。グローバル化する世界のなかでハワイの日本料理が向かうこのようなハイブリッド化の方向をかいまみようというなら、ワイキキを離れ、カピオラニ通りに面するレストラン「ル・ウラク」を訪ねるのがよいだろう。都市的なデザインの店内に腰を落ち着け、ロブスターの竜田揚げを注文していただきたい。逸品だと思う。