ビデオで犯罪学しませんか
『犯罪学がわかる』(AERA MOOK)NO.70, 2001.6

犯罪学を学ぶ視点から選んだビデオの解説と紹介。柳原佳子教授との共著


チャップリンの殺人狂時代 120mins 47年、 アメリカ映画
 「犯罪学が分かるためのビデオを選べ、『ビデオで社会学しませんか』(有斐閣)の編者なんだから」といわれて引き受けたが、これが難しい。犯罪映画は多すぎる。そもそも逸脱の擬似体験こそ、映画の重要な機能の一つなのだ。そこで、最初のビデオは定評の古典からというわけで、チャップリンの殺人狂時代。資本主義社会の価値=お金のため、つぎつぎと金持ち女性を殺害する主人公像は、規範崩壊による制度外手段による欲求の達成という犯罪理論の古典、デュルケムのアノミー論の犯罪観にぴったり。

レ・ミゼラブル 133mins 98年、アメリカ映画
 犯罪の原因論の歴史は、素質論と環境論のせめぎ合いの歴史なんだけれど、社会環境論、社会派犯罪ドラマの古典は、やはり巨匠ユゴー原作のこの作品。ビレ・アウグスト監督のこの映画のポイントとはすこしずれるけれど、でも、ちょっとした罪を犯したために犯罪者としてのラベルが一人歩きし、増幅していくというレイベリング理論としても観ることが可能かもしれない。ただ、レイベリング理論というなら、柳原先生もご推薦の「カッコーの巣の上で」のジャック・ニコルソン演じる主人公でしょう。

サイコ 108mins 60年、 アメリカ映画
 といっても、やはり犯罪映画は多すぎる。困っているといたいた助け船。職場の先輩、矢島正見先生(中央大学教授)は犯罪社会学の大家。矢島先輩に聞いてみた。先生ご推薦の犯罪外国映画は、「サイコ」、「裏窓」、「スティング」、「明日に向かって撃て」、「パピヨン」、「太陽がいっぱい」の6つ。なかでも犯罪者の異常心理を描いたのがこの映画。冒頭のシャワー・シーンばかり有名だけれど、加害者側の心理サスペンスとしては出色のでき。続編やリメイクも登場したこの映画のヒットが、今日の異常心理犯罪映画路線を敷いたように思う。一億総犯罪心理学者現象にもつながった。

太陽がいっぱい 117mins 60年、 フランス=イタリア映画
 フランス映画も犯罪映画では見逃せない。そこで、またまた助け船。いたいた、フランス現代思想研究の気鋭、『非行少年』なんて本も書いてる前任校の先輩、桜井哲夫先生(東京経済大学教授)に聞いてみた。先生ご推薦の犯罪映画のなかでフランス映画は、「太陽がいっぱい」、トリュフォーの「大人は判ってくれない」。犯罪映画というのは、映像製作者の犯罪観の表現でもあり、犯罪映画をみれば、その時代の犯罪を巡る空気が分かる。アランドロンが演じる貧しい主人公は、自分を人間扱いしなかった金持ちの放蕩息子を殺害し、その人物になりすます。階級の怨恨が犯罪を呼ぶという道具立が60年代という時代の犯罪観をよく物語っている。フランス共産党も健在だった頃の映画。

自転車泥棒 88mins 48年、イタリア映画
 犯罪映画が犯罪観の投影というなら、この映画はその好例。いうまでもなく戦後イタリアン・リアリズムの不朽の名作。貧困や失業などの社会環境が、善良なお父さんをして犯罪に手を染めさせてしまうと言う犯罪=環境原因論の典型。この映画をそれだけで観るのは名作の矮小化なんだけれど、そうでもしないと最近の学生諸君は、過去の名作を観ないんだよね。お父さんを見つめる子供の視線が切ない。もし、この子が貧困ゆえに万引きしたとして誰がこの子を責められよう。戦後少年法の原点はここに。

ミスター・グッドバーを探して 135mins 77年、アメリカ映画
 一方、被害者へのまなざしというならこの映画。原作はジュディス・ロスナーの小説。とくに、性犯罪の被害者としての女性を取り上げたこの映画のテーマは重い。ダイアン・キートン演じる熱意ある障害児学級の女性教員は、一方シングルズバーでゆきずりの男性を求めるという一面もあわせもち、犯罪に巻き込まれる。安易な倫理的断罪を拒否した映像のつくりは、問題を自分に引き寄せて考える余地を与えてくれる。70年代の映画ながら、東電OL殺害事件を彷彿とさせ古さを感じさせない。ラストの点滅するライトの表現は鮮烈。

危険な情事 120mins 87年、 アメリカ映画
 被害者物と異常人格物の接点がこの映画。ボーダーライン人格障害の女性にストーキングされた中年男性の悲惨を描いた。ストーカーの被害者をマイケル・ダグラスが好演している。日本でストーカー犯についての関心を広げるきっかけの一つとなった。映画のように、ボーダーライン人格障害の女性は一見魅力的に見えることもあるとは、精神科医の福島章氏の弁。ちなみに、映画スターのジョディ・フォスターをストーキングした犯人は自分を彼女を救出するヒーローだと妄想したのだが、その妄想のヒーローこそ、「タクシー・ドライバー」のロバート・デニーロ。

ウエストサイド物語 151mins 61年、アメリカ映画 
 原案がロミオとジュリエットだから当然だけれど、逸脱的な下位文化をもつゆえに対立する、二つの非行少年団のメンバーの愛と葛藤を描いた映画としてこの映画を観たい。一人一人は純真な少年少女が下位文化ゆえに犯罪や非行に導かれて行く。ああ。リアリティはもちろんない。でも、その分、下位文化理論の理解にお役に立つと言える。この点に関しては、柳原先生も推す「理由なき反抗」が描く非行集団も下位文化集団の典型だ。ニューヨーク、ブルックリンの空撮から始まるこの映画、当時のアメリカの街頭社会の景観をよくとらえている。

ドゥ・ザ・ライト・シング 120mins 89年、アメリカ映画
 「マルコムX」のスパイク・リーが監督出演した問題作。ブルックリンの街角に展開する多文化社会の民族間葛藤から犯罪、暴動へと移行するダイナミックな過程が、パブリックエネミーのラップに乗って繰り広げられる。アメリカの犯罪問題の背後にあるエスニック問題に目を向けるのに格好の映画。映画作りを通して街興しをというリー監督の意志で、この映画の撮影自体が麻薬の売人がたむろする犯罪多発コミュニティの一角で行われた。撮影中、犯罪は激減したという。

大人は判ってくれない 99mins 59年、フランス映画
 非行少年物なら、桜井先生もご推薦の「大人は判ってくれない」を押さえておきたい。学校をさぼった12歳の少年アントワーヌ・ドワネルは叱られて家出。金に困って盗みを働き、感化院に収容される。多感な少年の心理と行動がトリュウフォーらしい新鮮なタッチで描かれている。ただし、今日の日本の非行少年たちがこれをみて何を何感じるかを推し量るのは難しいところ。

踊る大走査線 THE MOVIE 日本映画
 映画の出来とは関係なく、知能犯と思われていた誘拐犯を逮捕してみればアホガキだったというオチに注目。遊びとして誘拐をたくらむ少年たち。「ゲームなんだから、子供の遊びなんだから許してもらえる」と考えた少年たちのいいわけがよくできていて、下位文化論を批判して登場した「中和の技術」理論を彷彿とさせるからである。この映画、群衆表現など黒沢の「天国と地獄」を意識しているんだけれど、「天国と地獄」の階級怨恨という時代がかった設定だけはいくらなんでも真似できなかったか。

彼女について私が知っている二、三の事柄 90mins 66年、フランス映画
 トリュフォーといえば、もうひとつこの映画。監督はゴダール。雑誌に掲載された実話を元に主婦売春をテーマにしたドキュメンタリー風映画。60年代を思わせるような構成とタッチ。売春のドキュメントと資本主義批判とが交錯する。私の個人的感想は、映画の思想的主題が時代を超えるのは難しいが、売春はかんたんに時代を超えて存続し続けるというところか。ゴダールらしいカメラワークは、今でも新鮮。

ゴッドファーザー (とPART PART。) 175mins 72年、アメリカ映画
 組織犯罪にテーマを移すと、フランシス・コッポラ監督のこの映画は古典として落とせない。社会的に価値剥奪されたイタリア系移民たちが、上昇を勝ち取るために作った非合法のビジネス組織がマフィア。マフィアとそれに連なる人々の物語。様式化した日本の任侠映画とは一線を画するが、エスノグラフィーやライフヒストリーとして観るのは疑問。あくまでエンタテインメント。一方、ユダヤ系マフィアについては、セルジオ・レオーネの「ワンス・アポンナ・タイム・イン・アメリカ完全版」がある。
 
ザ・ファーム/法律事務所 155mins 93年、アメリカ映画
 組織による犯罪のもう一つのタイプは、一般の企業組織が目標遂行のためにおかす犯罪。談合入札、賄賂、環境汚染などなど。まじめな組織人が忠誠心から犯罪に手を染める。幹部全員がマフィアのマネーロンダリングに関わる法律事務所に就職した若い弁護士の苦悩と闘いを、シドニー・ポラックが描くザ・ファームは、組織人の罪と葛藤を描く。トム・クルーズが青年弁護士役でているのでちょっとミーハー向け。株取引をめぐる証券会社や投資家の犯罪を描いたチャーリー・シーン主演の「ウォール街」も同様のテーマ。

カンバセーション…盗聴… 113mins 74年、アメリカ映画
 最後は、犯罪とテクノロジーについての映画を少々。まずは、この映画。主人公は盗聴を業とするプロ。彼が入手したテープに偶然殺人事件が録音されていた。犯罪に巻き込まれていく主人公。70年代の盗聴技術とプライバシーへの侵害が緊迫した表現で展開される。メディア技術と犯罪を絡めた若き日のコッポラの問題作。しかし、映画に出てくるアナログ時代の盗聴技術は「エネミー・オブ・アメリカ」のデジタル時代のそれには到底及ばない。二つの映画を見比べて、この30年間に人間が進化させたものについて考えてみるのもよい。
 
ザ・インターネット 114mins 95年 アメリカ映画
 インターネットの急速な普及で、ネットを使った犯罪に注目が集まりだした。でも、ネット犯罪を本格的にあつかった作品の登場は、これからという感じ。とりあえず、この作品を取り上げてみた。不正アクセスによって個人情報を改竄され、犯人に仕立て上げられそうになった女性の闘いの物語。ネット犯罪としては、まあ初歩的なテクニックなんでしょうが、デジタル社会の恐ろしさは、それなりに表現されている。少年ハッカーのハッキングによる核戦争の可能性を描いた「ウォーゲーム」よりはリアリティがある。