雨男★小池昌代

雨男
小池昌代



その男が現れると
あたりがみるみる暗くなり
空気はとたんに湿り気をおびるのがわかった
だから誰でもわかるのだ
ついに雨男が来たと

女たちは気が気でない
傘を忘れた
干したふとんはどうする
待ち合わせには遅れるだろう
けれど一方で不思議なことに
雨男が現れると落ち着くという女もいた
指と指、股のあいだやまなじりが
濡れてくるという女もいた

あるとき雨男は軒下に現れた
自分が降らせた雨だが
いつも、他人ごとのようにしか感じられない
そのことが
雨男にはとりわけ悲しかった
そのうえ雨男には
友人というものが一人もいなかった
ひとは誰でも雨男を知っている
雨男だ、とすぐに気がつくけれど
どんなふうに話しかけたらよいのか、わからないのだった

あるとき雨男は手帳に書きつける

「雨を降らすだけで、俺は死んでいくのか」

とたんに雨粒が落ちてきた
インクがにじみ
文字は流れて
何が書いてあるのか
もう誰にも
彼自身にさえも読むことはできなかった


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