やんま久次


 
  直参の旗本と云うと、将軍様にお目見えがかないます身分。ところが嫡男に生まれますれば、家督を相続でき知行高もそのままですが、次男三男に生まれますとどうにもなりません。生涯無役で、冷や飯喰いの飼い殺しで。出来が良ければ他家へ養子に行く位で御座います。そこで大概は道楽に走って、稽古屋の御師匠さんの亭主同様になるとか、洒落た方は芝居の囃子方なぞになっていたそうで、ですから囃子部屋には必ず刀掛けが有ったという。中には大きく道を外れて、博奕場の用心棒になるとか、どのみち良い方へは向きません。
 番町御厩谷に三百石の旗本で、青木久之進というお方が御座いました。この方の舎弟で久次郎というのが御他聞に洩れず道を外し始め、道楽を覚えるてぇとお定まりの刺青を彫りまして、背中一面に大やんまとんぼの刺青、人呼んでこれをやんま久次と云う。本所方の良からぬ者の仲間に入って博奕場ばいり、とうとう商売人の様になって仲間の家でゴロゴロ転がっていると
 
「おぅおぅおぅ久次郎、久次。どうしたんだお前、元気が無いじゃぁねぇか。 こんな所で寝たり起きたりしゃぁがってどうしたんだ。博奕場へ来て派手な勝負でもやったらどうだい」
 
「そんなことぁとても出来ねぇ。出るたぁ取られ、出るたぁ取られ、薬罐に蛸で、手も足も出ねぇ。水の手ぁ枯れちまったよ」
 
「情ねぇ事を言いやがる。手前が水の手が枯れるわけがねぇじゃぁねぇか。やい久次。手前の生まれた屋敷は番町の御厩谷、三百石の御旗本じゃぁねぇか。今兄貴が世を張っているが、手前はそこの御舎弟様だ。じっとしてりゃぁお前、旗本屋敷の次男坊で暮らせるものが、こんな所へ来てのそのそしていやぁがる。兄貴が家督を相続していりゃ手前にだって分け前がきたって好いわけだ。おい久次郎、又ひとつ兄貴の屋敷へ強請りに行けよ。いい金の蔓じゃぁねぇか」
 
「そりゃ、俺も行こうたぁ思うが、すっかり取られて褌一貫だ。これじゃ表へも出られねぇ」
 
「それじゃぁお前に俺がよい工夫をしてやる。門前の花屋の婆ぁはあれでなかなか衣装持ちだ。まぁ待て」
 
 と、花屋の婆ぁさんの着物を借りて参りますと久次郎がこれを着まして、猫のひゃくしろの様な帯を締めますてぇと、女物で丈が長いから尻をひとつ端折ょって、山道の手拭いで頬っかむりをして、勝手知ったる自分の屋敷、ひょいっと入ろうとする
「こらこら、ちょっと待て。なんだそこへ行くのは何者だ。お屋敷へ無断で入るという法があるか。被り物を取れ」
「ほっ、こやかましい門番を雇いやがった。そうけ、じゃぁ今手拭いを取るから見てくれ。さ、俺の面知らねぇか」
「いや、知りませんぞ」
「ふん、知らなきゃ仕様がねぇ。教えてやるから良く覚えておけ。俺ぁな、この屋敷の殿様の舎弟で、久次郎てぇもんだい」
「やっ、これはこれは御無礼致しました。御舎弟様に御座りますか。手前は先月門番にお召し抱えに成りました者で御座りまして、かねてお噂は承っておりました。御舎弟に久次郎様と云う、至ってやくざな・・」
「何・・・」
「あ、いや、その・・や、役者の様な良い男がおられると云うことを・・」
「おっそろしい苦しい逃げ口上を言いやがる。兄上はいるだろうな。帰りに俺ぁ小遣い銭を貰って来たら、手前にも一杯やれるだけの酒手は置いて行くぜ。お前酒は好きだろう」
「は、少々は・・・」
「ふ、そうに違ぇねぇ。鼻の頭が赤ぇや。肴は何が好きだえ」
「へ、唐辛子を焼きまして、味噌をつけましたのが好物で・・」
「ふ、おっそろしい銭のかからねぇ肴で酒を喰ってやがる。そりゃあいいや。それじゃあ、後で挨拶をするからな」
「お頼申す、お頼申す」
 
  二声掛けておいて、表玄関へずかずかっと上がると、上がり框の所へクルッと着物の裾をまくって、背中を向けて大胡座。
「誰かいねえのか。御舎弟様がお見えになったんだ。出て来いやぇ。この屋敷はまさか死に絶えた訳じゃぁあるめぇ。誰か出てこい。久次郎だ。久次郎様だ」
「いや、これはこれは、久次郎様でございますか」
「おぉ、伴内か。いつも丈夫でいいな。実は又小遣い銭に困っちまって、幾らか兄上に貰おうてぇ了簡で尋ねてきたんだ。又何時もの様に、お前宜しく計らってくんな」
「えー、しかし久次郎様」
「何でぇ」
「度々の御無心で御座いまして、これはチト、殿様に申し上げ難い仕儀に御座います」
「何を言ってやんでぇ。手前が懐銭を俺にくれるわけじゃあるめぇ。いずれは兄上の代物だ。それをこっちに取り次いでくれるだけで、何も手前が迷惑も提灯袋も無ぇだろう。取り次げ、取り次げよぉ。あんまり待たせるなよ。手前だから打ち明けるが、実ぁ俺ぁ、江戸にいられねぇ様なことになっちまったんだ」
「ははぁ、左様で御座いますか。江戸においでになれない。それは、はぁー良い案配で・・」
「何だ?」
「あ、いやいや、それは又困った事で御座いますな」
「何、困りゃあしねぇだろう。おぅ、俺ぁ江戸にいられねぇてぇのは、ちっとばかり身体に臭みがついちまったんだ」
「へっ、左様で・・」
 
  ト、臭いをかぐ。
「チッ、何をかいでやがるんでぇ、このぼんくらめっ。臭みがついたてぇ なぁ、凶状がついて江戸はやばくっていられねぇてぇ訳だ。分ったか。だから兄上にそう言って、いつもより多分に小遣い銭をくれるように計らえ。いいか。早くしろいっ」
「へっ、暫くお待ちくださいませ」
「早くしろよぉ。おーおーっ、相も変わらず旗本の屋敷か。えーっ、屋敷の広いだけが見っけもんで、こんな面白くねぇ所に良く住んでいやがんなぁ。おーい、伴内。ついでにな、酒を持って来い。いいか、酒でも飲まなけりゃぁこんな所でおちおち待っちゃぁいられねぇ。早くしろよ。町の人間と違って、屋敷に住んでる奴ぁツーってやぁカーってぇ事を知らねぇんだ。おぅ、冷やでいいから早く持って来い。まごまごしてやがるとな、この屋敷へ火をつけるぞ。赤猫を這わせるぞ、いいか。焼き払っちまうからそう思やぁがれ。 」
 
  大きな声で悪態をついている。この時に御錠口から案内も乞わずにズッと入って参りましたのが、この屋敷の主の青木久之進と、今玄関でわめいている久次郎の剣術の師匠で、浜町に道場を開いている、大竹大助と云うお侍。
「これは殿様、突然に伺いまして御無礼の段は・・」
「いやいや、先生は家人も同様、何も改めて案内を乞わずとも結構に御座います。よくお見えになりましたな」
「こちらの方に用事があってな。で、ついでと申しては失礼だが、御機嫌如何であろうかと立ち寄った次第に御座います」
「左様で御座るか。よくおいで遊ばされました。ま、どうぞ、おしとねを。こらよ、こらよ。先生がお見えになったで、早く煙草盆を持って参れ。それから、茶の支度をしてな。暫くお待ち下さいまし」
「いやいや、殿様そう気をお使いになっては、拙者の方で返って恐縮を致します。御母堂樣お変りはないか。あぁそれは何より何より。時に、殿様、何でございますか、途切れ途切れに、何やら罵る声が聞こえますが、あれは一体何者でございますか」
「は、先生、お恥ずかしい次第で御座いますが、あれは舎弟の久次郎にございます」
「え、久次郎。はて久次郎が御当家へ来て、あのように大声でわめき立っておりますのは、こりゃ解せませんな」
「はい、彼は本所方の良からぬ者の仲間入りを致して、博奕とやらに金を取られますと、当家へあの様に度々無心に参ります。このところ一月余り参りませんので、あぁ良い事をしたな、久次郎が参らんでとは思いますが、その又後では兄弟二人で御座いますから、あれはどうして暮らしておるかと、又不憫に思うて案じる事も御座います。しかしそれでも三度に一度は腹に据えかねて、斬ってしまおうと思う時も御座いますが、なにしろ老母が、ひとかたならず可愛がっております久次郎、我が手に掛ける事もなりませず、したい三昧の事をさせておりますが、誠に面目次第も御座いません」
「そりゃ御尤も、御尤もでは御座るが、しかし殿樣、あのままではいずれ御家名に傷がつきますぞ。噂ではかねてから聞き及んではおりましたが、よもやあれ程のていたらくとは。もはや改悛の見込みのない久次郎、ここは恩愛の絆を断ち切って、何とかなさらんければなりますまい。、拙者が今日訪れましたのが幸いで御座る。彼をこの座へ呼び入れて、腹を切らせましょう。彼も侍の子、腹を切るぐらいのことは心得ておりましょう。みどもが介錯を致す。いや、これは殿様では出来ぬ事。まぁお任せ下され。拙者にいささか了簡のある事なれば、良き様に計らいますから、殿様どうぞ御心配なさらんで。これこれ御用人の伴内どのはおられぬか。今、ここで久次郎に腹を切らせる。早速に支度をして下され」
「は、かしこまりまして御座います」
 
 伴内の指図で奉公人が、畳を二枚持ってきて裏返し、その上に白い布を掛けて、四隅に青竹の切ったのを置きまして、これに青いものが差してあろうという腹切りの場所。
「支度は調いました。どうぞ殿様、久次郎をこれへお招きください」
「は、かしこまりました」
 
 立ち上がった久之進が玄関へ
「何をしてやがんだろうな、本当に。火をつけられともいいのけぇ。こんな屋敷は燃やしてしまっても構わねぇと俺は思っているんだ。手前立ちは何にも俺に構っちゃあくれねぇな。えーい、いらいらさせやがるな」
 
 と、啖呵を切っている久次郎の後ろへ回って、ぐっと後ろ手を取る。
「あっ、何をしやぁがる。おっ、これはこれは兄上様で御座いますか。久しく御無沙汰致しまして。ここ二三日、夢見が悪う御座いますので、如何遊ばしていらっしゃるかと余所ながら、お見舞に上がりましたので御座いますが、こんななりをしているので安く見やがったか、奉公人の奴らがどうも粗末に扱いやがるんで、あんまり腹に据えかねましたから大きな声を出しましたが、御無事で結構でございますな、兄上様」
「久次郎、こちらへ参れ」
 
 腕を取ったまま、ズルリズルリと屋敷の中へ引き入れる。久之進の血相が変わっているので、そのまんま久次郎が、座敷の中へ入る。突き当りの唐紙をサッと開けておいて押し込むように入れて、背中をひとつトーンと突くと、前へのめってペタペタッと座ったのが、その腹切りの場所の真っ只中。
「お、何で御座います。こりゃ何事で御座いますか。何故にこの様な支度を・・」
「久次郎、久しいのう」
「おっ、これぁ浜町の先生もお出でで御座いますか」
「久次郎、今殿様からお前の身上をよく聞いたところだ。その方本所ぅ辺りの良からぬ所へ住まいおって、これという業もなく、日々博奕にうつつを抜かしおる由。人間真面目に暮らしておれば、何をしても良い訳だが、お前はまっとうならぬ道を外れたならず者。斯様な者を生けおいては御当家の名折れに相なる。そなたも武士の出であろう。この場に於て潔く切腹致せ。師弟の諠みをもって、この大竹大助が介錯を致し遣わす」
「な何でございますね先生、御冗談が過ぎるじゃあありませんか。私ぁ、屋敷を抜け出ましてからもう何年も経ちますんで、大小捨てて気楽な町暮らしで御座います。腹を切るったって、は、刃物も御座いませんし、どうか御勘弁を願いたいもんで」
「刃物がない。こりゃあ尤もじゃ。それではこの大竹大助の差し添いを貸して遣わす。さ、これで腹を切れ」
「いえ、もう、先生、兄上、勘弁してくださいまし。もう二度とこの様な事は致しませんから。それに腹ぁ切れったって、あっしゃあ、とっくに腹の切り方などは忘れております」
「腹の切り様も存ぜぬか。知らぬか久次郎。不憫な奴。しからばこの大竹大助がその方の素っ首を打ち落してくれるわ。こうべを延べろ」
「とんでもねぇこって先生。そりゃあんまり御無体で御座います。へぇ、どうかお助けを願います」
 
 ト、逃げにかかるを
「待てっ」
 
 ト、大助布を引いて、久次郎倒れるのを後ろ手に捻られ
「どっどうか先生、御勘弁をっ」
「これっ、情けないぞ久次郎。道場へ通っておった頃は、かように不甲斐ない者ではなかったぞ。その太刀筋を見込んで目をかけておったに、何時の間にかような無頼の者となり果てたか。かくなる上は止むを得ん。今申し述べたように、侍らしく死ね。潔く腹を切れ。覚悟がつかずば拙者が介錯致して遣わす。こうべを延べろ。家名を汚さぬうちに死ね」
「嫌で御座います。死ぬのは嫌で御座います。どうぞ御助けを願います」
「どうぞ、どうぞ御勘弁を願います。死にたくは御座いません。どの様にも改めます。どうぞ命ばかりはお助けを願います。兄上様、御勘弁を願います。助けて下され。母上様、母上様、どうぞ先生に詫びを申して下され。お願いで御座る。死にたくは御座いません。命が惜しゅう御座います。助けて下さ れ。母上様ーっ」
「見苦しいぞ久次郎。それ程までに命が惜しいか」
「惜しゅう御座います。死ぬのは嫌で御座います。どうぞ助けて下さりませ。 」
「不甲斐ない奴。貴様にはもはや侍の血は流れておらぬか。このうつけめがっ」
 
 ト、久次郎の腕を取って廻し、額を刀の柄頭で打つ。
「あっ、つっ、どうぞ命ばかりは、命ばかりはお助けを(泣き声)」
 
 ト、平伏
「大竹様」
「これは御母堂様」
「これめをお手討ちになさろうと云う御心底、御尤もでは御座いますが、この様に改心を致したらしゅう御座いますので、今ひと度、命をお助け下さいまして、私にお預けを願いとう御座います」
「いや、御母堂様の口添えとあらば、致し方も御座いません。これ久次郎。この度は命許して遣わすが、二度と斯様な事を致さば、草の根分けても捜し出し、手討ちに致すぞ」
「へぇっ、有難うございます。有難うございます」
「大竹様、ちょっとこちらへ」
 
 おふくろ樣と大竹大助が、暫く話をしている間、久次郎は兄からこんこんと意見をされます。その内に話を済ませて奥から出て参りました大竹大助。
「久次郎、手間取らせたな。その方住いは本所方であったな。途中まで同道を致せ。殿様、それではこれにてお暇をつかまつる。どうぞお身体をおいとい下さいます様に。久次郎、支度がよくば参ると致そう」
「へ、有難う御座います」
「これはこれは、御舎弟様。もうお帰りで御座いますか」
「おっ、これはこれは御門番で御座いますか。どうもお役目ご苦労様でございます。それじゃこれでお暇を致します。へぇ御免なすって」
 
 来た時とは大違い。これから大竹大助に連れられて、九段の坂を下りる。 そろそろ日も暮れかかり、田安の物見の櫓に明々と明りがついている。辺りは人通りも途絶えたか・・
「久次郎」
「へぃ」
「最前は驚いたか」
「驚いたどころの沙汰じゃ御座いません。あれで五、六年は寿命が縮まりました」
「そうか、少しは懲りる方がよい。その方に渡す物がある。最前御母堂様と話をした時に、このきんちゃくの中に、観世音に納める祠堂金が三両余り、小粒で入っておる。これを久次郎に遣わして、身なりを調えて侍奉公でも出来る様に、どうぞ先生からなお御意見を願って、お渡し下さる様にと云う、有難いお志しではないか。さ、受け取れ。その金で身なりを調えて、若党でも用人でも良い、侍奉公が叶ったら必ず、番町の屋敷へ知らせに参れよ。決して良からぬ者の仲間入りを長くしていてはいかんぞ。分ったな。どの様なお役でも一所懸命に、勤め上げる事こそが尊いのだ。身共の意見を無駄にせずに、御母堂様の恩を思い、どこまでも孝を尽くし、殿様には忠を励み、そうして身を謹んで生きろよ。良いか」
「へい、御師匠様の御意見、骨の随まで染みまして御座います。有難う御座いました」
「それでは拙者はここら辺りで分れる事に致す。久次郎、どこまでも身をいとって堅固で暮らせよ」
「へい、今度お目にかかります時には、上下つけてお礼に上がります。有難う御座いました。先生、御意見有難うございました。先生、御師匠様ぁーっ、有難う御座いました」
 
 ト、ゆっくりと顔を上げ、大竹大助の行ったのを見届けて、ひとつフンと鼻で笑い、左手の巾着をたもとに入れ、右手で額の傷を押え、血のついたのを嘗めて唾を吐く。
「こうれ、以前の師匠と思って下手へ立って話ぃすりゃあ、御大層な御託を並べやがったの。何をぅ、母に孝を尽くし、兄に忠を励み、そうして身を謹んで生きろとな。おきゃあがれっ。烏や鼠じゃあんめぇしコウのチュウのと笑わせやがら。手前達朴念人にこの久次郎様の意見が、されると思うていやぁがるか。こぅ、所詮手前達の道楽といやぁ、用水桶のぼうふらをかき集めて金魚を養ってみたり、鈴虫を殖やかして来年は差し上げましょうの、米の研ぎ汁を朝顔の鉢へ入れて、今年はよう咲くで御座ろうのと、たかだかそんなところでしかありゃあしめぇ。男と男が博奕場で身体ぁ賭けて丁半張っ て、大当りをして宙へ舞い上がる様な心持ちも、あべこべにとことん取られ に取られて、地獄の渕へ片足入れて身振るいする様な思いもした事はあるめぇ。何かてぇとすぐに師匠風を吹かせやがったが、何も手前に剣術を習えばったって、ただ教わった訳じゃあねぇぞ。月々なにがしかのものを持って行って、おまけに盆暮にぁ塩鮭の切り身とか沢庵の二三本、門番に下げさしちゃあ持たしたものだ。その時手前何と抜かしゃあがった。先だっての沢庵は良いお味で御座ったと、沢庵の目利きをして喜んでいやぁがら。どうで手前達には飛びっ切りの酒肴の味も、喰らいつきたい様ないい女を手込めにする様な乙な味も、生涯知る事はあるめぇ。そうしてお前達は歳を取れ。俺ぁ真っ平御免だっ。人間五十年。俺のやりてぇ事をやって生きるまでの事だ。手前達木偶の坊に、意見をされてたまるものかいっ」
 
 ト、袖と裾を捌いて、
「大べらぼうめぇっ」
 
 柝の刻みに合わせて不敵に笑う。
 
                     幕

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