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平成十年十二月二十五日 落語研究会 於・国立小劇場
 
火事息子
  当日夕方から少し冷えこんできて「コリャいけない」と思った。近頃の会場は大層暖房を効かすのですぐに汗をかく。冬の噺の時には本当に困る。冬場の寄席は少し薄ら寒いくらいがちょうどいい。その点人形町の末廣は良かったぁ。少し寒すぎるきらいもあったけど、その分あの席では冬の良い噺をいくつも聞いている。懐かしいなぁ。
 もし汗をかいたらどこで拭こうかなどと考えながら楽屋入り。前に上がる市馬さんは「ここはとりわけ暑いですから」と単衣を用意。かしこい。あたしゃ収録だからそうはいかない。出番前に袖に行くとソニーの京須氏、左近師匠、後に上がる志ん橋さんらが腕組みをして聞いている。何だか気楽になれない雰囲気。収録に入る前の沈黙。これも慣れない根多の時には結構緊張感をあおる。どうも、にこやかには上がりづらい。ま、あたしゃいつもにこやかではないけれど。ハハ。
 当日は談志師匠や志ん朝師匠の会もありお客様の入りはこんなところか。枕の部分で事前にプロデューサーの方から語尾を呑む癖を指摘されていたので、少し気にしながら話したら何か重い感じ。枕の半ばくらいでいきなり客席から大きないびきが聞こえてきた。寄席のいびきは驚かないが、さすがにこの場でこの噺では困る。良い按配にすぐにやんだけど、またいびきをかかないように大きめの声で脅かしながらやろうかしらとか、間合いでいびきをかかれた時はどう誤魔化そうとか、つい余計な事を考えてしまう。本文に入ったあたりで早くも汗が滲み出す。この所体重がリバウンドしたので、ジムで汗をかいているせいか毛穴が開いているらしく、サラサラとした汗が出る。土蔵の目塗りの終わったあたりで額が濡れてきた。主人が「やれやれようやっと終わった」と言いながら手拭いで少し拭いたが、冬の場面ではやはり妙なものだ。少し失笑があった様子。
 会場が広いので思い入れや仕草は少しクサ目大き目を意識する。親父がだんだんと感情が昂ぶるところでは、やりながら腹の中で「あ〜クサイクサイ」。五十人くらいの会場でこんなやり方をしたらとても聞いていられないだろうと思いながらやる。母親の登場。目頭に襦袢の袖をあてがって泣く所で手拭いを出して目頭を拭くようにして汗を拭く。稽古の時に良く抜けてしまう母親のせりふを抜かずに言えた。それと「火消し屋敷の火事人足に」と言うところを稽古で何度も「火事屋敷の火消し人足に」と間違えて気になっていた所も、どうやらちゃんと言えた。ほっとした。これが「間」ならぬ「魔」で、途端に科白を間違える。「黒羽二重の五所の紋付」と言うところを「黒紋付の五所紋付」と「紋付」を重ねて言ってしまい、何度か言いなおしてしまった。稽古でも少し気にはなっていたんだけど。言い直さなければさして傷にはならなかったのに。あ〜あ、高座百篇。またどこかで、かけよう。ぶつくさ。
   

平成十一年正月元日 鈴本演芸場
 
◎勘定板
 元旦七時半頃に弟子ののぼりが来て、まず「おめでとう」の一杯。八時に喜助と佐助が来てまた一杯。支度をして九時半に家を出てタクシーで伯楽兄のところへ。金原亭一門がそろってビールやら日本酒やら。ほどの良いところで矢来町の新築なった志ん朝師宅へ御年始。立派なお屋敷。柳家連中が大勢来ていた。こちらでまた御酒を戴く。これから江戸川橋の還国寺に寄って師匠馬生の墓参り。元日の墓参りは清々しい。ここで圓菊師匠にお会いする。そのまま皆で八広の圓菊師宅へ。右朝さんと菊寿さんが出来あがっていた。こちらで濁り酒を戴く。鈴本の上りが二時五十分だから二時頃に圓菊師宅を出て朝馬さんの車で上野へ向かったが、うっかり言問橋を渡りにかかったら初詣の車で立ち往生。高座に遅れそうだからそこで降りて銀座線の浅草駅までとっとこ歩く。人の多い事。ようやっと鈴本にたどり着いた時は三時を回っていた。入り口で支配人に「どうしたの。雲助さんが遅れるのは珍しい」と言われた。いえいえ時々あるんですよ。ハハ。楽屋の皆さんに年始の挨拶。そのまま足袋を履き替えてすぐに高座。正月の高座の座布団は新しい分、厚みがあって座りづらい。さんざみんなが座ってぺったんこになった方が座りやすいし足も痺れない。上がったとたんに酔いがボーッと廻ってきた。朝から飲んでいる上に早足で歩いて休まず高座に上がったのだから無理もない。「勘定板」は慣れているから何とか無難に終わった。正月に勘定板なぞと言う人もいるけど、先代の文治師匠が「これは運つく噺で縁起がいいんだ」と言ってました。汚いって人もいるけどやり方次第だよね〜。実際にする訳じゃなし、その行為より錯覚がおかしいわけだからして。あたしゃ「粟餅」なんて粋な噺だと思うけどな〜。江戸っ子の遊び心横溢で、好きだな〜。でもこの噺をやると眉をひそめる人も多いんだよね。ま、粋と野暮のギリギリのところではあるけどね〜。もちろん寄席では出来ないけど。ぶつくさ。
 また今年も始まりました。

平成十一年一月十五日 新潟県川西町上野集会場
 
◎代書屋、妾馬
 
平成十一年一月十六日 新潟県下条町温泉センター
 
◎ずっこけ、子別れ
 新潟の十日町の隣、川西町上野地区の小正月の催しものとして落語会を始めて今年で7回目とのこと。毎年楽しみに待っていてくださるお客様が多く、券はすぐに完売になるそうな。集会所の二階に座布団が隙間なくビッシリ敷き詰めてあって、お客様はつらくないかと心配になる。定刻開始。お客様は一杯。弟子の佐助が「金明竹」をやって会場から笑い声が聞こえたから、オモいお客ではなさそうと安心をして上がる。上がってみて驚いた。お客様の反応の良い事。つぼつぼでウケる。それもドッカドッカという感じ。あたしゃ名人かと嬉しくなって、ついこちらも力が入る。まっこと良い相乗効果。打上げの席も地域振興に思いをする若い人たちばかりで心持が良い。この辺は名だたる積雪地帯で「一夜三尺、一日五尺」と言うそうな。そんな事を聞きながら地酒「吉乃川」をついやり過ぎる。DカップのRちゃん元気かな?
 翌日、上野の世話人の方の仲介で近くの下条町でも、初めて落語会が開かれる事になった。融雪の為の地下水を掘っていたらなんと温泉が涌き出たそうで、そこに温泉の施設を拵えてある。傍らにある屋内のゲートボール場にビニールシートと畳を敷き詰めて舞台も拵えてある。とてもゲートボール場とは思えない。世話人の皆様のご苦労に感謝。
 開演前に下条で有名な「新保広大寺」を見学する。実は地元の方の早口で言われたもので「ちんぽこ大事」と聞こえた。はは。色々由緒のあるお寺なのだが長くなるので省略。この寺の本堂で、この土地に伝わる八木節の源流となる貴重な歌と踊りを披露して頂いた。有難う御座いました。
 昼過ぎに開演。お客様は350人ほどで一杯になる。ほとんどがお年寄りで初めて聞く方が多いというので心配をしたが、いささか聞き慣れない所はあるものの素直なお客様で、大層喜んでいただいた。帰りがけに見送ってくださったお年寄りが破顔しながら「又来てください」と握手を求められる。こんな時がホントに芸人冥利である。そこにいた若い娘さんも「あたしも」と握手。この方はもっと嬉しい。こう云う会を設けて下さった世話人の皆さん、新潟の渡辺さん、有難う御座いました。感謝。
 以前は地方は落語が通じないでやり辛いと言ったものだが、この節は地方のほうが余程お客様の反応が良い。一番シビアなのが寄席である。寄席のお客様をウケさせるのは大変。だからこそ「寄席は道場」でここを抜けてこないと噺家になりきれない部分が出てくる。どんな事をしても定席の高座数を増やす事を上の方は考えてくれなければいけないのだが。ぶつくさ。
   
平成十一年一月二十一日 カルティックルナティックナイト なかの芸能小劇場
 
◎夜鷹そば屋
 オフィス7Fの吉河さんから丁重な依頼の手紙と後日電話を貰った。「昭和新作落語特集」で「夜鷹そば屋」を演ってほしいとのこと。「夜鷹そば屋」はまだ二回しか演ったことがないので意外に思った。演ることにやぶさかではなかったのだがこの噺にはチトいきさつがある。元は金語楼作の「ラーメン屋」なのだが、金語楼先生はとっくに亡くなって許可を得られない。公式な場で演るのは抵抗がある。又近頃は著作権云々が大層うるさくて、どうも著作権料を払わなければいけないらしい。それらのこと吉河さんに言ってそれとなく辞退をしたのだが、著作権については調べてクリアするようにしますからという事で、それではと引き受けた。後日、許可はどこに得ていいか分からないが著作権料は五千円払うらしいと連絡があった。
 なかの芸能小劇場は初めて。良い会場とは聞いていたがなるほど小ぶりの落語向き。こうした会場が沢山あればいいのだが。「夜鷹そば屋」は当夜で三回目でまだこなれていない。朝から口の中でぶつぶつ。こうした噺は恥ずかしいからたいてい会場を暗くしてもらう。上がったらまるでお客様の顔が見えないので少し焦る。少し暗すぎたかな。
 ハナのそば屋の爺さんの科白を言いながら、「ア、ここは煙草を吸っていた方がいいかな」と思う。惣吉が一杯目のそばを食べる時に刻そばの時の癖で割り箸を割る。二杯目を爺さんから渡された時に「あれ、この箸は今使ったヤツかな、それとも新しいのかな。新しいのならまた割らなきゃならないな」とか思う。いちいち割るのは煩わしいのでそのまま食べる。この噺は竹の丸箸のつもりの方が良いようだ。ハハ。
 そば屋夫婦の家に行ってから夫婦が金を出しながら「ちゃん」「おっかぁ」と呼んでくれる様に交互に頼むのだが、ここで向きがあいまいになって焦る。終いのところで爺さんが感極まって懐から手拭いを取り出して「あー楽しかった」と涙を拭くのだが、取り出そうとしてふと前を見ると手拭いは財布代わりに使って置いてある。まさか財布を取って拭くわけにもいかないので、手で拭いた。アハッ。やっぱり稽古は座ってキチンとやらなければいけません。反省。
 ある方から「ちゃん、おっかぁ」より「お父つぁん、おっかさん」の方が良いのではと言われたが、確かに「お父つぁん、おっかさん」の方が違和感はないのだが、この噺はどうしても「息子」の幕切れがあたしの頭から離れないので「ちゃん、おっかあ」で通した。また別の方から演題は「人情そば屋」の方が良いのでは言われて、確かにこれもその方が分かりやすくて良いのだが、自分から「人情」とつけるのはいささか気恥ずかしいので「夜鷹そば屋」にした。
 佳い噺だと思うのでなんとか正式の許可を得て、多勢の噺家の手に掛けてもらうといいんだけどなぁ。ぶつくさ。
 

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