【 ま行 】

 マイ・ビッグファット・ウェディング  ★★★★

【2002年 : アメリカ】
 監督:ジョエル・ズウィック
 出演:ニア・ヴァルダロス、マイケル・コンスタンティン、
    レイニー・カザン、アンドレア・マーティン、
    ジョン・コーベット、ジア・カリーディス、
    ルイス・マンディロー、ジョーイ・ファトーン 他

伝統的なギリシャ系一家の結婚にまつわる大騒動と、異文化の衝突をユーモアラスに描いたラブコメディ。
ギリシャ系アメリカ人のトゥーラは両親の営む料理店で働く30歳の独身女性。内気な性格と冴えない外見を気にして、今だ恋愛経験もない。そんなある日、 店を訪れたハンサムな男性イアンに一目惚れしたトゥーラは一大決心をする。メガネをコンタクトに変え、 大学の講習に通い、 髪型も性格も大改造。
努力の甲斐あって明るく魅力的になったトゥーラは、 見事イアンとの恋を実らせる。早速家族にも紹介するが、 ギリシャ男しか認めない頑固な父親はなんとも不満げな様子。トゥーラは家族の妨害を振り切り、 幸せな結婚を手に入れることができるのか…。

なんでもこの作品、アメリカでは恋愛モノ部門で「タイタニック」に次ぐ人気だったとか。ええそんなに?
人種の坩堝アメリカとしては大ウケってことなんですね。身につまされる人たちが多いんだろうか・・・。
主人公の恋人というのは大変理想的な男でありまして、文化の違いに戸惑いつつも、それが彼女の育った文化ならと洗礼まで受けてくれます。潔くギリシア人になってくれるわけですね。ここでまず一般人は呟きます。あ・り・え・ね・え。 そんなウマイ話があるわきゃねー。どこにいるんだそんな男がよぅ!
でもお互いの両親を引き合わせる場面なんかは、経験のある人なら深く頷くかもしれません。大抵の場合はあんな感じ。まず話題に困る。無理に話そうとするとお互いの習慣や感覚の違いがボロボロばれる。そしてさらに話題に困る。仕方ないのでちょっと笑ってみる。ハハハとな。そこをうまい具合に乗り越えていきますと、徐々に分かり合うことも可能なわけですが、やはりウン十年それぞれのルールで生きてきた者同士ですからね、大変なわけですよ。結婚は大変だ。
そういう苦悩を抱えた多くの人々にとって、この映画は大変心和むハッピーエンドを用意してくれてます。何の心配もなく楽しくご覧いただけますよ。
ただしひとつだけ。この映画を見ると結婚したくなる、という旨のキャッチコピーがついていたようですが、それは保証いたしません。 こうだったらいいなー・・・(垂涎)という気分になる可能性は高いものの、そのためにはまずあんな男を見つけるところから始めなきゃならないのね、という現実にどうか肩を落とされませんように。(笑)


 マイ・ビューティフル・ランドレット  ★★★☆

【1985年 : イギリス】
 監督:スティーブン・フリアーズ/音楽:ルーダス・トナリス
 出演:ゴードン・ウォーネック(オマール)、
    ダニエル・デイ=ルイス(ジョニー)、
    ロシャン・セス(オマールの父)、
    サイード・ジャフリー(ナセル)  他

ロンドンを舞台にパキスタン人とイギリス人の若者の交流を通し、英国移民であるパキスタン人の姿を描く。
オマール(ゴードン・ウォーネック)は、父(ロシャン・セス)とロンドンのみすぼらしいアパートに住むパキスタン青年。父はかつてボンベイで新聞記者をしていたが、妻を亡くしアルコールづけになっていた。
オマールは父の弟ナセル(サイード・ジャフリー)から、所有するコイン・ランドリーの経営を任されるが思ったほどにはうまくいかない。そんなある日の帰り道、オマールは幼ななじみのジョニー(ダニエル・デイ=ルイス)を見かけて声を掛ける。今やすっかりパンク青年の風体であるジョニーだが、彼を強引に誘って共にコイン・ランドリーを盛り立てていくうちに、二人の間にはかつてのような情が戻りつつあった。彼とオマールとは昔、性別や人種を越えた仲だったのだ。
二人は店を軌道に乗せるため危ない橋も渡る。だがそれ以上にロンドンでの移民差別の風当たりは強く、特にパキスタン人と親密なジョニーはやがて、オマールへの情と民族意識との板挟みに巻き込まれるのだった…。

かなり古い作品ではありますが、青年たちのホモセクシュアルな関係をはっきり描いたという意味ではわりと有名なようです。が、この映画の主人公がロンドンに住むパキスタン人である点、彼の親戚一族の野望と現実に主眼を置いている点、また主人公に肩入れしたことで逆に英国の誇りを疑われるイギリス人の親友が登場する点などから、かなり社会派なテーマであることは明らかなのであります。
主人公のオマールとジョニーは学生時代から親しい仲でしたが、時は英国が移民たちを排除する運動を声高に盛り上げていた時代。ロンドンのパキスタン人は汚い言葉で罵られ、仕事を奪われ、度重なるデモに傷つきます。そしてオマールはある日、そのデモの中に親友の姿を見て失望に打ちひしがれるのでした。
月日が流れ、再会した二人はコイン・ランドリーの経営という共同作業を進めるうち、昔の親しさを取り戻したかに見えます。しかしジョニーの中にはオマールへの罪悪感が、オマールの中にはジョニーへの失望がいまだに影を落としているわけです。ジョニーはオマールに対し、「言い訳で償いはできない。君の味方だということを示すしかない」と語りますが、そのことはやがてジョニー自身を英国の異端者にしてしまいます。今度はかつてのパンク仲間から非難されるジョニー。とても複雑です。しかしそれが現実。
この難しい立場のイギリス人パンク青年を演じているのが大昔のダニエル・デイ=ルイス。その後の名優ぶりからは想像もつかない若いお姿ですが、これがまたちょっといい感じなんだよな。粗暴なようでいて、他の誰を騙しても親友に対してはもう裏切らないぞという信念がある。でも英国人としての苦悩は拭いきれない。
うう〜ん、私は明らかにこれでダニエル氏贔屓になりましたことよ。(笑)
さて、エンディングの後の二人は果たしてどうなったのでしょう。ただでさえ難しい関係と複雑な環境。
でもなんとなく、彼らはなんだかんだで続くんだろうな、なんて思わせてくれる可愛いラストです。ポワンポワンと弾ける泡の音に乗って、まあ仲良くやって下さいよ、と微笑ましく見送ってしまうわたくしでした。


 マイ・フェア・レディ  ★★★★

【1964年 : アメリカ】
 監督:ジョージ・キューカー
 音楽:アンドレ・プレヴィン、フレデリック・ロー
 出演:オードリー・ヘップバーン(イライザ)、
    レックス・ハリソン(ヒギンス博士)、
    スタンリー・ホロウェイ(ドゥリットル)  他

オードリー・ヘップバーン主演の言わずとしれた名作ミュージカル。
ロンドンの下町、夜の巷で花を売っていた少女イライザは、そこへたまたま通りかかったヘンリー・ヒギンズ博士が彼女の余りにもひどい訛りを聞きとがめたことから、思わぬ申し出を受けることになる。曰く、彼女の粗野で下品な立ち振る舞いを叩き直し、正しい発声と淑女としての行儀を身に付けさせてみせるというのだ。
果てしなく続く猛特訓の末、美しい貴婦人としてとうとう社交界へデビューすることになったイライザ。
だが結果ばかりに一喜一憂する博士の姿を見ると、その心に不可思議な空虚が生まれることを感じ始めていた・・・。

みるみる美しくなっていくオードリー・ヘップバーンの磨かれぶりは、今でも男が女を美しく変身させることの代名詞として「マイ・フェア・レディ」という言葉が引き合いに出されるほどにお見事です。がさつでふんぞり返ったオードリーもなかなか堂に入ってる。それがあれほどの貴婦人に変わるのですから、男女問わず人々の心を魅了するのも当然でしょう。
ストーリーとしては有名な話なんですけども、実際はミュージカルですんで、このノリが苦手な方にはちょっと途中でダレる可能性もありますけども(ま、私もそのうちのひとり)、やはり最後のほうでイライザはどう決断するのかなというのは見せ場であります。
最初はあの高慢な博士がイライザの不在を淋しがるシーンを「ホラ見ろ〜。やっぱ淋しいんじゃないか、かわいいやつめ」 なんて思ってましたが、よく考えてみればイライザが彼に愛想を尽かすのは至極当然の話なんですよね。そう思うと、ほんとに彼女は戻ってよかったのかなーなんて水をさしたくなったりもして。
ちなみに原作の方では映画とは違った結末になっているようです。女性としては案外そっちのほうが胸がすいたりしてね。私はべつに、博士と仲良くやってくれても充分微笑ましいと思うのですが。(笑)


 マイ・プライベート・アイダホ  ★★★☆

【1991年 : アメリカ】
 監督:ガス・ヴァン・サント
 出演:リバー・フェニックス(マイク)、
    キアヌ・リーブス(スコット)、
    ウィリアム・リチャート(ボブ) 他

男娼として身を売りながら生きるストリート・キッズたちの挫折と成長を描く青春ドラマ。
マイク(リバー・フェニックス)は父親を知らぬまま12歳で母親にも捨てられ、故郷のアイダホを離れてポートランドに移り住んだストリート・キッド。街角に立ち、中年男に体を売っては日銭を稼いでいる。だが緊張すると睡眠発作を起こし、昏睡状態に陥るという重度のナルコレプシー病を患っているので、気が付くと見知らぬ場所にいることも少なくない。そんな彼を、売春仲間のスコット(キアヌ・リーブス)は何かと気にかけてくれる。ポートランド市長の父を持ち何不自由なく育ったスコットは、冷たい家庭に嫌気がさして家を飛び出したエリート出の男娼で、マイクにとっては一番大切な友人だった。
仲間たちと集まってはヤクや盗みを働いて憂さ晴らしをしている彼らだが、中には自分なりの人生を夢見ている者もいる。だが、自分には夢も目的もないことに気付いたマイクは、ある日ふと母親探しを思い立った。
まずは故郷に残してきた兄を訪ねるべくスコットを誘い、バイクでアイダホに向かうのだが・・・。

サブタイトル『天使が夢見たセックス』・・・ってなんじゃそりゃー!(大暴れ)
まあそれはさておき、個人的には作品全体の雰囲気が結構好きでした。台詞回しとかカメラワークとか。ストーリーとしては散漫だけど、ツギハギの写真で作った思い出アルバムを見てると思えばわりといけます。
アイダホの荒涼とした土地に真っ直ぐ伸びる一本道、青い空、低い雲、その下でぽつりと佇んでいるマイク。
ようこそアイダホへ、と笑うとぼけた顔の看板人形と、カントリーな音楽。幼い頃の母の記憶、家の面影。
そんな乾いたディティールが紙芝居のように時々画面に割り込んでくるのがアンバランスで、それはまるで心と体がちぐはぐなマイクの心象風景そのものといった感じです。
突然深い眠りに陥り、現実世界を拒否してしまうマイクの病癖をなんとなく面倒見ているのが友人のスコット。元々お坊ちゃんなので、本当の意味でからっぽなマイクとは少しタイプが違う青年ですね。そういう違いが最後の方にはっきり現れてくるのだと思いますが。まあ、いくらマイクが彼を好きでも多分うまくはいかない二人です。マイクが求めている、心の底からの深く枯れない愛情をスコットが与えてやれるとは思えない。
結局最後のあのシーンで、マイクを拾った人は誰だったのかな。少しでもマイクに幸せをくれる人だったらいいんですけど。
明るく突き放したような晴れ渡るアイダホの空が、爽やかでもあり空虚でもある後味フシギな一品です。


 魔界転生  ★★★★

【1981年 : 日本】
 監督:深作欣二 /音楽:山本邦山 、菅野光亮
 出演:千葉真一(柳生十兵衛光巌)、沢田研二(天草四郎時貞)、
    佳那晃子(細川ガラシャ夫人)、緒形拳(宮本武蔵)、
    室田日出男(宝蔵院胤舜)、真田広之(伊賀の霧丸)、
    若山富三郎(柳生但馬守宗矩)、丹波哲郎(村正)、
    神崎愛(おつう) 他

島原の乱に敗れた天草四郎時貞がその無念からよみがえり、同じく現世に未練のある魔界衆と共に幕府転覆の成就をはかる伝奇アクションロマン。
寛永十五年、徳川幕府のキリスト教弾圧に端を発した島原の乱は、その中心に立った天草四郎時貞をはじめ二万人近い信者が惨殺された。その夜のこと、恨みのあまり四郎の首は雷鳴とともに甦る。
もはや神と慈悲の心を捨て去った四郎は、己と同じく無念を残して死んだ細川ガラシャ夫人、宮本武蔵、宝蔵院胤舜、伊賀の霧丸、柳生但馬守宗矩らを魔界の力で呼び戻し、幕府への復讐を開始した。
その頃、剣の名士として名高い柳生十兵衛は巷で起こる不可解な事件に気付き始める。そして徳川に迫る危機の正体を悟った十兵衛は、四郎一味を倒すべく、山中に暮す刀匠・村正に魔物を斬れる妖刀の製作を依頼するのだが・・・。

元祖・深作欣二監督版です。一言でいうとオモロイ!オモロイよ〜!もう、あのケレン味たっぷりのいかがわしさといい、わけのわからん迫力といい、まさになんでもアリって感じがとってもステキ。
派手で怪しい天草四郎、ギラギラしてて滅法強いっていうかむしろ無敵の柳生十兵衛、悪になりきれない苦悩の青年・霧丸、まるっきり妖怪人間ベラと化してるガラシャ夫人。女衆はやたら脱ぐわ、特殊効果は微妙だわ、中には思わず「ひええ!?」と仰け反るシーンもあるわでもうてんやわんやなんですが、ともかく最近の妖怪モノの妙な爽やかさを鼻で笑う堂々たるオカルトぶりです。水木しげるとチャンバラを足して割ってさらに日活ロマンポルノも混ぜちゃったような濃厚な世界なのでございますよ。
なんといっても役者の格が違います。ベテラン組から端役の村娘に至るまで、少なくとも台詞回しやアクションに違和感を残すような中途半端な役者など一人もいません。どうよ、あの千葉真一の渋いこと。佳那晃子のなりきりぶり、まだ青っぽい真田広之の生真面目さ。ジュリーだって本業じゃないけどちゃんと雰囲気出てるしな。いくらCGが進化して綺麗な画面が作れても、芝居がショボショボだとぶち壊しなんです。特にこういう怪異モノは。もう、「陰陽師」あたりのスタッフに爪の垢でも煎じて呑ませたい。
ストーリー的なバランスでいうと、天草四郎が仲間たちを集める過程はやたら順を追ってきちんと見せるわりに、最後のクライマックスがややあっさり、という感じは否めません。あんだけ盛り上がってたくせに引き際いいなあオイ、というツッコミは誰もが抱くところでしょう。
でもね、いいよ。許す。飛んでくる生首がワイヤー吊りミエミエなのも、自分の首を抱えるジュリーの絵面が合成バレバレなのも、炎上するお城がモロ模型撮影なのも、許すよ。だって笑わせてくれたもん。(笑)
ところで2003年の窪塚四郎版「魔界転生」は、なんとなくまだ見る気になれません。深作版が自分的ヒットだったので、リメイクでがっかりしたくないなあという気持ちです。一応は見比べてみるべきなのかな?どうだろう・・・?


 マスク・オブ・ゾロ  ★★★☆

【1998年 : アメリカ】
 監督:マーティン・キャンベル/音楽:ジェームズ・ホーナー
 出演:アントニオ・バンデラス(アレハンドロ/ゾロ)、
    キャサリン・ゼタ・ジョーンズ(エレナ)、
    アンソニー・ホプキンズ(ドン・ディエゴ・デ・ラ・ベガ/    ゾロ)、
    スチュアート・ウィルソン(ドン・ラファエル・モンテロ)    マット・レッシャー(ラブ大尉) 他

ジョンストン・マッカリーの大衆小説の主人公ゾロを映画化したアクション作品。
スペインからの独立を宣言したメキシコ。カリフォルニア知事のドン・ラファエル・モンテロ(スチュアート・ウィルソン)は、本国へ帰還する前に民衆のヒーローであるゾロを倒そうと待ち構えていた。そしてゾロの正体が町の有士、ドン・ディエゴ・デ・ラ・ベガ(アンソニー・ホプキンズ)であることをつきとめたモンテロは、デ・ラ・ベガの屋敷を襲い、妻を殺して生まれたばかりのひとり娘を奪った上、彼を捕らえて投獄する。
20年後、モンテロがカリフォルニアに戻ってきたことを知ったデ・ラ・ベガは彼を殺そうとするが、成人した娘のエレナ(キャサリン・ゼタ・ジョーンズ)を見て思いとどまる。エレナはモンテロの実の娘として育てられていたのだ。ほどなく、デ・ラ・ベガはモンテロ配下のラブ大尉(マット・レッシャー)に兄を殺され、自暴自棄に陥っていたお尋ね者のアレハンドロ(アントニオ・バンデラス)に出会う。アレハンドロがかつてゾロを手助けした少年の成長した姿だと知ったデ・ラ・ベガは、彼をゾロの後継者として育て上げることにした。
そして二人はついに、それぞれの復讐を誓ってモンテロに挑む。

アントニオ・バンデラス、おもしろカッコイイ〜。(笑)
最初の方のダメダメっぷりはとてもかわいらしかったです。口笛で馬を呼ぶゾロ。かっこよく飛び降りて跨ろうとするゾロ。そっぽ向かれて落馬するゾロ。ハ ハ ハ。
それだけに後半の活躍ぶりは大層凛々しいものでございました。アクロバティックな乗馬の素晴らしさはもはや曲芸。これぞ活劇の醍醐味です。
アンソニー・ホプキンズの渋い演技も良いですね。やっぱりこの人がいると物語全体が引き締まる感じ。
もう、冒頭にゾロが剣の切っ先で「Z」をシュシュッと刻むところからあれですよ、キタキタ〜!てなもんで。お約束ってステキだな。わーわー言いながら楽しめる王道の一本です。



 マスター・アンド・コマンダー  ★★★☆+☆

【2003年 : アメリカ】
 監督:ピーター・ウィアー
 音楽:クリストファー・ゴードン、I・デイヴィス、R・トネッティ
 出演:ラッセル・クロウ(ジャック・オーブリー)、
    ポール・ベタニー(スティーブン・マチュリン)、
    ジェームズ・ダーシー(トーマス・プリングス)、
    マックス・パーキス(ウィリアム・ブレイクニー)、
    ビリー・ボイド(バレット・ボンデン)、
    マックス・ベニッツ(ピーター・カラミー) 他

広大無辺な洋上を舞台に、英雄的艦長ジャック・オーブリーと彼の乗組員たちの活躍を描く。
ヨーロッパがナポレオンに席巻されつつある1805年、海の上でもフランス勢力は圧倒的優勢を誇っていた。
“ラッキー・ジャック”との異名を持つ英国の名艦長ジャック・オーブリーは、軍艦サプライズ号を率いてフランス軍の武装船アケロン号の拿捕という重大任務に向かう。
大海原の脅威や装備の勝る敵艦からの攻撃に苛まれながらも、知力と勇敢さでもって窮地を乗り越えていくサプライズ号。果たして宿敵・アケロン号を追いつめることはできるのか・・・。

この作品に関しては、日本公開時にとんでもなく的はずれな広告が打たれましてねえ。公式なところからちょっと引っ張っただけでも、あらすじはこんなふうに書いてあるんですよ。
『 劣勢のイギリス軍は、それまでに多くの兵士を失い、幼い少年たちまで徴兵しなければならない戦況に立たされていた。そんな中、弱冠12歳の士官候補生ブレイクニーら数人の少年たちも兵士として軍艦サプライズ号に乗り込む云々』
イヤイヤ、全然違いますから!そんな話じゃないですから!幼い少年たちはムリヤリ徴兵されたわけではなくて、士官候補という立派な立場です。指揮官の卵なの。海軍の中で将来出世するために勉強中なんですよ!
実際の物語はですね、陽気で人が好く、艦の上では誰よりも頼りになる海軍のカリスマ、ジャック・オーブリーと、天才肌の名医師かつ生物学バカの親友スティーブン・マチュリンの友情を軸に、ラッキー・ジャックを慕う船員たちの海上生活と戦いぶりを描く、ってとこでしょうか。12歳のブレイクニーは、そりゃ出番も多いですけどひとつの要素です。少年たちの悲劇を見せびらかすような物語ではありませんのよ。
本作は、英国でベストセラーとなっている全20巻の原作の中からストーリーやテイストをちょこちょこと抜き出し、アケロン号の拿捕というメインイベントを中心に再構築しています。
ラッセル・クロウの艦長ぶりはまさに完璧で、今では原作を読んでもジャックの顔はラッセル氏しか浮かんできません。軍医スティーブンは実は小柄でやせっぽちな男であるという設定ですんで、ポール・ベタニーのあの格好良さはスティーブンの魅力を万倍増にしたという意味で罪深いです。でも不思議なほど原作の雰囲気を上手に演じているので驚きました。なんたってマユゲあるしな!(笑) いつも明るい金髪にマユなしの顔ばかり見ていたので、たとえルパン三世もどきと連呼されようが本作でのベタニは相当おいしいです。
ともかく、当時の海軍艦の様子や船員の生活、帆船の美しさなど見所はもりだくさん。神経を行き届かせた丁寧な映画作りを見ることができる作品です。原作を知っていればさらに楽しめる、という意味で☆一個追加。



 まぼろし  ★★★☆

【2001年 : フランス】
 監督:フランソワ・オゾン/音楽:フィリップ・ロンビ
 出演:シャーロット・ランプリング(マリー)、
    ブリュノ・クレメール(ジャン)、
    ジャック・ノロ(ヴァンサン)、
    アレクサンドラ・スチュワルト(アマンダ)、
    ピエール・ヴェルニエ(ジェラール)、
    アンドレ・タンジー(スザンヌ)、 他

夫を突然失った中年女性の喪失感を静謐なタッチで描く異色のドラマ。
マリー(シャーロット・ランプリング)とジャン(ブリュノ・クレメール)は、連れ添って25年になる50代の夫婦。子どもはいないが幸せな生活を送っており、毎年夏になるとフランス南西部・ランド地方の別荘で過ごしていた。今年もまたバカンスを楽しみに来た二人。しかしマリーが浜辺でうたた寝をしている間に、海へ泳ぎに行ったジャンはそのまま姿を消してしまう。夫の不在に気付いたマリーは慌てて警察に届け出たが、ヘリまで出動した大がかりな捜索にもかかわらずジャンの行方はわからない。そしてマリーは数日後、一人でパリへと戻るのだったが…。

フランソワ・オゾンの作品は、とりあえず「8人の女たち」と「スイミング・プール」以外はほとんどすべて見ていると思います。(見てないやつはただタイミングを逃しているだけ。)でも上記以外の作品レビューは多分今後も書きません。なぜならとっても書きにくいから。そしてすんごくオススメしにくいから。(笑)
殺人・監禁・同性愛・妄想偏愛などの衝撃的なモチーフと、ブラック過ぎるほどの独特のユーモアで人間の可愛さと醜さをニコニコと突きつける作品を多く放ってきたオゾン監督ですが、そんな彼もここ最近に至って、奇抜なだけでない作品をじっくりと腰すえて撮るようになってきたんだなあとしみじみ思いました。そういう意味で、この「まぼろし」は彼のひとつの進化形ではないかという気がします。
夫を突然失った妻がその事実を受け入れられず、まるで夢を漂うように過ごす日々。妻は目の前から夫が消えてなお、その存在感、空気感をまったくの日常としてずっとそばに感じ続けています。時折現れる「まぼろし」と語り合う彼女の姿は幸せそうだけれど、それはあくまで彼女にしか見えない世界。やがて紛れ込む現実との摩擦や葛藤に苦しむこともあります。
このへんの、淡々としているようで奥底にひそむ人間の狂気を描くやり方が、まさにオゾンならではという感じですね。優しく、どこか滑稽で、その滑稽さゆえの哀しみがじわりと滲むこの感じ。始まりが海だということもあるかもしれませんが、色でいうと青。感触でいうと水。なんかよく怪談話で、ふと気付くとタクシーの後部座席が濡れててどうの、っていう話がありますが、ああいう怖さも漂ってます。いつのまにかすり抜ける、だけど確かにそこにいる、という底知れぬ存在感。ちょっと怖い。だけどおかしくて哀しい。
これといってドラマティックな山場などありません。でもあの主人公の戸惑った表情や静かな仕草のひとつひとつ、新しい男との情事で思わず吹き出してしまう理由などは、映画というよりドキュメンタリーを見ているような自然さです。シャーロット・ランプリングの名演もさることながら、男である監督が一体どこでこういう感覚を掴み取ってくるやら、本当に不思議な人だなあと思いますね。
ここ最近の2、3作でいよいよ世界的な評価を不動のものにしてきた彼、新しい作品で今度はどんな世界観を見せてくれるのかとても楽しみです。



 真夜中のサバナ  ★★★☆

【1997年 : アメリカ】
 監督:クリント・イーストウッド/音楽:レニー・ニーハウス
 出演:ジョン・キューザック(ジョン・ケルソー)、
    ケヴィン・スペイシー(ジム・ウィリアムズ)、
    ジュード・ロウ(ビリー・ハンソン)、
    アリシア・イーストウッド(マンディ・ニコルズ)、
    ポール・ヒップ(ジョー・オードム)、
    レディ・シャブリ(レディ・シャブリ)、 他

北米一美しい町・サヴァナを舞台に、ある殺人事件をめぐってあらわにされる隠された人間模様を描いた異色のドラマ。ジャーナリストのジョン・ベレントによる同名ノンフィクションの映画化。
ジャーナリストのジョン・ケルソー(ジョン・キューザック)は、クリスマス・パーティの取材のため優雅な社交界が残る歴史ある土地、ジョージア州サヴァナやって来た。だがその晩、美術・骨董商として評判の町の名士、ジム・ウィリアムズ(ケヴィン・スペイシー)が、屋敷に出入りしていた青年ビリー・ハンソン(ジュード・ロウ)の殺人容疑で逮捕される。ウィリアムズは正当防衛を主張。ジョンは事件を取材して著作にしようと、裁判に協力することを条件にウィリアムズの了承を得て独自の調査を開始する。だが知れば知るほど、サヴァナの人々の不可解さは増すばかり。果たして事件の真相は・・・?

ノンフィクション小説が原作ということで、実際に当時の事件に拘わったサヴァナの住人が実名で本人を演じていたりする面白い作品です。
実のところ、事件そのものが不可解なわけではありません。そこにまつわる人間模様というか、感情のもつれが複雑なのです。 サヴァナがアメリカ人にとってどういうイメージの街なのかは想像するしかありませんが、ともかく独特の奇妙な美しさがあるようです。整然としているようで裏が見えず、人々は親切でありながらもこれまた裏が見えない。
「だってここはサヴァナよ?」という台詞だけで納得せざるをえない不思議な街を、よそ者であるジョン・ケルソーは事件を追うために彷徨います。そういう意味ではサスペンスというより心理ドラマなのかな。
ジュード・ロウの美形具合はここでも健在ですが、登場して数シーン目にして早速死んでいる。でも後半のあのシーンがモーレツ印象深かったのでよしとしましょう。
ところでオープニングに流れる静かな女性ヴォーカルの曲、ものすんごく気になります・・・。



 マンボ・キングス〜わが心のマリア  ★★★☆

【1992年 : アメリカ】
 監督:アーネ・グリムシャー/音楽:ロバート・クラフト
 出演:アーマンド・アサンテ(セサール)、
    アントニオ・バンデラス(ネスター)、
    キャシー・モリアーティ(マリア)、
    デジ・アーナズ・Jr(デジ・アーナス)、
    マルーシュカ・デートメルス(ドロレス)、 他



【現在VHS発売のみ】

音楽家としての成功を夢見るラテン・ミュージシャン兄弟の、アメリカでの成功と挫折を描くドラマ。
1953年、キューバからニューヨークへやってきたセサール(アーマンド・アサンテ)とネスター(アントニオ・バンデラス)の兄弟は肉屋で働く仲間とラテン・バンド「マンボ・キングス」を結成し、小さなクラブで念願の演奏活動を始めた。セクシーな歌声のセサールと、トランペッターで作曲担当のネスター兄弟はやがて評判となり、メジャーなクラブへも出演できるようになる。
だがその成功の影で、ネスターはかつてキューバで激しく愛しあい、そして自分を冷たくつき放したマリア(キャシー・モリアーティ)の美しい面影に今でも苦悩し続けていた。 新しい地で出会ったドロレス(マルーシュカ・デートメルス)を愛し、堅実な家庭を育むことでそれを断ち切ろうと懸命になるネスターは、スターダムに酔いしれ派手な生活を楽しむ兄と次第に反目するようになるのだが・・・・。

久々にキューバ音楽を堪能できる作品を見ました。そんでもってアントニオ・バンデラス若ーッ!(笑)
あまりの可愛らしさに冒頭から吹き出してしまったことはさておき、そんなプリティ・バンデラスの兄貴役にこれまたアーマンド・アサンテ。あああ。笑いが止まらん。
私が見るアーマンド氏はどういうわけか、いつもいつも熱くて濃ゆくて異様にスキンシップ過多なおっさんの役が多いんですが、この作品を見て確信しました。熱くて濃ゆくて異様にスキンシップ過多なおっさんなのは役柄じゃなくて本人だ。絶対。
さて、情熱の国キューバからバンドを組むためにNYへやって来たラテン兄弟。音楽の才能に溢れた二人はお互いの強い絆のもと、都会の現実に怒り、失望しつつも夢の実現のためにあれこれ苦労を重ねます。
しかし弟は祖国に残してきた恋人との悲恋が忘れられず、兄はそれが悲恋に終わった理由を知りながらも弟には隠している。そして、あんな女は忘れて新しい夢に向かって突っ走れと弟を急き立てます。それはあくまで弟のため。というよりこの兄貴、なにもかもが弟のためなのです。弟のために生きているとさえ明言するブラコンぶり。けれども弟は兄が思うよりもっと繊細で傷つきやすく、兄は肝心なところで彼の痛みをわかってやれません。・・・だめじゃんよ・・・。
ラテン音楽ならではの陽気さ、開放感に溢れるリズムが映画の前半にあり、後半に至っては愛に苦悩する哀愁漂うメロディが静かに画面を彩ります。男と女の愛、家族との愛が、確かにそこにあるにもかかわらずことごとくすれ違い、空回ってしまうさまがなんとも寂しい。太陽の強烈な陽射しを背負う国の宿命ともいえる、独特の光と影が印象深い人間ドラマです。
最後の方の兄貴のストーリーは微妙にテンポ悪くて気になりますが、彼の再生までを描いて終わりたいという制作側の意図をヒシヒシと感じるのでまあいいとしましょう。悲劇ばかりだけでなく、そこに残ったわずかな希望を描くこともまた、この作品のテーマだったのではないかなという気がします。