2SB410 シングルアンプ





  半導体式シングルアンプの第三段で、今

 回の出力素子は2SB410という石で、

 今では大変珍しいゲルマニュームトランジ

 スターです。後で詳しく述べますが、ゲル

 マ石としては究極の性能を誇る石ですが、

 入手した当時は、知識不足でこの石の性能

 を生かせる回路が思い浮かばず、それから

 数十年の時を経て、何とか実用に耐えうる

 アンプに仕上げる事が出来ました。

 というのもゲルマニューム製の大出力石にはコンプリとなる石が無いので、当時のPPアンプでは

コンプリのドライブ石とのダーリントン接続とした準コンプリ回路が主流でしたが、片方は反転側と

する為にインバーテッドダーリントン接続としていて、PPなのに上下の回路が違っていました。そ

こで次に流行ったのは、ゲルマのPch素子とシリコンのNch素子を組み合わせた純コンプリ回路

でしたが、上下の素子の特性を合わせるのが難しく、時を待たずしてオールシリコン回路に代わって

行きました。という訳で手元の2SB410も2個だけで、当初はシリコンのNch素子と組み合わ

せるつもりでしたが、時代はすでにオールシリコン回路が主流になっていて、2個しかない大出力用

ゲルマ石の出番は無くなってしまいました。

 ところが、直前に作った前々章のチョーク負荷式シングルFETアンプが好結果を得たので、これ

なら同じ方法でバイポーラトランジスターでも特性の良いアンプが出来るのでは、と思って今回のア

ンプ製作となりました。そのFETアンプは全段FET構成だったので、こちらも全ゲルマニューム

トランジスター構成として、今では当たり前となったシリコントランジスターアンプとの音の違いも

(有や無しか?)探ってみようと思いました。

 回路としてはFETシングルアンプと同様のチョーク負荷式のシングルOTLアンプで、バイアス

方式も同様の自己バイアス方式を採用しています。ただバイポーラは入力インピーダンスが低いので

出力段はダーリントン接続として、この問題に対処しています。

 という訳で、以下のような回路になりました。


 このセットは、もし追試を考えられたとしても、今ではトランジスターが入手困難なので、増幅素

子をNchのシリコン素子に変更するしかないと思います。その場合は電源を始めとして全ての極性

を反転すると共に、バイアスに係わる抵抗値も変更する必要があります。ただ、元々このバイアス値

は増幅素子のバラ付きに合わせての現物合わせですから、FET式と同様にどっちにしても決まった

定数はありませんので、製作の手間としては同じ事になると思います。

 またゲルマニュームトランジスターは温度変化に対してhfeの変化が大きく、出来ればバイアス

回路にポジスタ等の温度補償素子を入れたかったのですが、適当な素子が入手出来なかったので抵抗

だけで済ませてしまいました。これだと季節によって動作点がズレる恐れがあるので、不安点を残し

ての完成となってしまいました。

 チョーク類は東栄変成器の既製品を使いました。出力チョークは最適な定格の既製品が無かったの

で2個並列で使いましたが問題なく動作しているようです。当初は特注も考えたのですが、東栄に相

談したら「チョークの特注は既製品の数倍の価格になる」と言われてしまいました。巻線構造として

は簡単なはずですが、依頼された定数に合わせるのが難しいのかも知れません。つまり何回も巻いて

は計測する事になるので特注は受けたくない、というのが本音のようでした。

 一方、回路図を見ると補正のCが多い事に気が付かれるかも知しれませんが、これは片側は初段に

補正が必要で、もう片方は終段が不安定で寄生発振が見られるとか、左右でバラバラだったので念の

為にどちらにも補正を入れ、さらにNF回路の微分補正で全体の特性を整えたという訳です。


諸 特 性


 当機は実質三段構成なので負帰還 

も充分で、中低域の歪率は良好な値 

で推移しているのですが、高域だけ 

は離れた曲線を描いていて、負荷と 

並列となるチョークの高域特性が悪 

いのかも知れません。ただ音的には 

全く問題ありませんでした。


利得 21.7dB(12.1倍)

NF 18.1dB(8.0倍)

DF = 16.7on-off法1kHz 1V

無歪出力1.8W/1kHz/THD1.1%

最大出力2.2W/1kHz/THD5.0%

残留ノイズ 0.68mV



 次に周波数特性で、低域端で僅かに盛り上がっていのはチョークと出力Cの直列共振かも知れませ

んが、この程度なら問題ないでしょう。一方の高域も、高域補正を丁寧に調整したお陰で素直に減衰

しています。周波数特性としては10Hz〜72kHz/−3dBとなり、ゲルマニュームトランジスター

式としては十分な広帯域アンプに仕上がったと思います。




 その高域安定度の確認で方形波応答の波形観測をしたところ、補正無しでは派手にリギングを起こ

していて、NF回路に微分補正を掛けても負荷開放で僅かに寄生発振が見られました。そこで各段に

個別に補正を入れて見たところ、以下のような整った波形になりました。



 ゲルマニュームトランジスターの高域特性は、昨今のシリコントランジスターのように広帯域では

ないのですが、不思議な事にアンプに組むと高域が不安定になるようです。当時のゲルマニュームト

ランジスターアンプは、メーカー製でもカタログデータで「高域は20kHz」となっているのが多かっ

たのですが、高域補正を多めに掛ける事で製品の安定性を確保したのかも知れません。


 後  記

 当機は補正を多めに掛けたので高域も70kHz程度でしたが、もう少し注意深く追い込めば、100

kHzまでは伸ばす事が出来たと思います。ただ、全ゲルマニューム構成のアンプは高域を伸ばすのが

難しいので、またも自画自賛になってしまいますが、高域特性も含めて今回は上手く出来たのではな

いかと思います。また先に述べたシリコンとの音の違いは、チョークの特性が今一つだった事もあり

私の駄耳では明確には判りませんでした。これも今後の課題にしたいと思います。


 ゲルマニュームトランジスター(以下G型Tr)について

 現在では半導体と言えばシリコンが当たり前で、かつて主流だったG型Trについては、あまり知

らない方も多いと思うので、簡単に説明したいと思います。

 トランジスターを発明したのは米国のベル研究所で、それはゲルマニュームの結晶に針を点接触さ

せた構造でした。つまりG型Trこそトランジスターの本家本元だったのです。

https://www.semiconportal.com/archive/blog/insiders/hattori/221223-schockley.html

 ところが初期のトランジスターは周波数特性が悪く高周波では安定せず、ラジオ等の無線機器には

使えませんでした。これを改良したのが日本のソニーで、世界で初めてトランジスターラジオを実用

化し、米国にも大量に輸出して日本の経済復興に貢献しました。それまでの電池管を使った携帯式ラ

ジオは、高電圧の積層電池が必要なので大きくて重い上に、フィラメント用電池の消耗も大きく長時

間の動作は困難だったので、トランジスターラジオは瞬く間に世の中に受け入れられました。

https://koueki.jiii.or.jp/innovation100/innovation_detail.php?eid=00011&test=open&age=

 シリコントランジスターも遅れて開発されていたのですが、まだ高価だったので大流行したトラン

ジスターラジオなどの一般用途では、専らG型Trが使われていました。


 2SB410について

 主流となっていたG型Trはゲルマニュームの結晶が熱に弱く、必然的に発熱を伴う大出力は苦手

でしたが、低周波用は次第に改良されてアロイ(合金)型では数十W程度までは出せるようになりま

した。このアロイ型は割と丈夫でPA用途等には採用されていましたが、高域特性が悪く上が数kHz

から落ち始めるので、NFを掛けても10kHz程度まで伸ばすのが精一杯でした。それを改良したの

がD(ドリフト)型やAD(合金拡散)型で、オーディオ帯域の高域特性は確保したのですが大出力

という面ではアロイ型よりも劣っていました。そのようなG型Trの中で、最後期になって登場した

のが2SB410でした。(EIAJ登録型番の2SB400番台まではゲルマニュームが主流でし

たが、500番台以降はシリコンに入れ替わっています。)

 その2SB410の定格は、最大電圧135V、同コレクタ電流15A、コレクタ損失40W、hfe50

fT3MHzというもので、この15Aというのは大出力の面でもアロイ型と肩を並べますし、高域

特性もオーディオ用としては必要十分な特性を持っています。という事で、特性的に2SB410を

超えるようなG型Trは、現在に至るまで現れなかったように思います。




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