ロンドン憶良見聞録

ソーホーで、ちょっと息抜き



「あのー、ソーホーというのはどういう意味があるのですか」
ナイト・キャップ(寝酒)に、養命酒がわりのベネディクチーヌを傾けな
がら、美絵夫人がたずねてきた。フランスの古い修道院でつくられる
というこのお酒は、少し薬草の香りがして口当たりがよく、夫人に好ま
れていた。

「意味というほどではないけど、昔あの辺りは王侯貴族の兎猟の狩場
だったようだね。そこで勢子たちが獲物の追い出しに『ソーホー!ソー
ホー!』と声を出していたらしい。その野原を住居地としたとき、ソーホ
ーという地名にしたと読んだことがある」

「ロンドンでは、あの辺りでしか派手なネオン・サインは見かけませんね」
「そうなんだ。歓楽街はあそこに集中しているからね。点滅式の派手な
ネオンはソーホーだけに認められていると聞いたことがあるよ」

「日本の商品広告の大きな看板もピカデリーあたりだけですね」
「そう。英国では会社の社名看板も小さい表示しかできないから、あの
界隈を離れると、ビル街も住宅街も商店街もすっきりしているね。ネオ
ンが、自由というより無秩序に、ハデハデにどこででも点滅して都市景
観を台なしにしている日本と、地域が限定されている英国の差かもしれ
んね。大きな袖看板が林立していて、ゴチャゴチャした印象を受けるの
は、アジアの都市が、まだ景観美まで気を配るゆとりがないのかもしれ
ないね」

「ソーホーには面白いお店が多いんでしょ?」
「やけにソーホーに拘るなあ、何だい?」
「この前、某夫人はソーホーの画廊飯店でご主人とお食事のあと、レイ
何とかレビューってところへ行かれたらしいわよ。顔が火照ったけど、と
っても面白かったってお話しよ」

   ピカデリー・サーカスに立って東北の方位であるソーホーは、シネマ、
演劇、ミュージックホール、レストラン、飲食店がずらりと並んで、ネオン・
サインが酔客の心をくすぐる。





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