晴耕庵の談話室

NO.53



HIGHLIGHT

2000/9/10

標題:女王陛下の007


ロンドン憶良様


「英国出羽の守」ことSYです。ご無沙汰しているうちに美しい短歌
のやりとりが加わって一段と格調が高くなったようですね。それを
ぶちこわしにするような下世話な話で、かつやや旧聞に属します
が、ショーン・コネリーの叙勲の話題をお届けします。

小生のロンドン在住も2年半を超えましたが、できれば憶良先生
がロンドンに来られるまでいたいものだと思っています。

                 SY in London


             女王陛下の007

   7月というのにエディンバラの町は晩秋のような寒さだった。ロンド
ンに向う空港の待合室で「究極のスコッチ」アイラ島産シングル・モ
ルトの杯を傾けていたら、見覚えのある大柄な紳士の顔が目の前を
横切った。
 ショーン・コネリーであった。

 コネリー氏は、その前日故郷のエディンバラ市でエリザベス女王
からナイトの叙勲の栄を受けた。ホテルでみた現地の新聞に、女性
のスカートのようなスコットランド衣装をつけた同氏の肩を女王陛下
が手に持った刀で軽く叩く独特の叙勲儀式の写真が載っていたの
を思い出した。

 最近日本でも叙勲制度への批判が高まっているが、時代錯誤と
いう点では英国に遠く及ばない。何しろ叙勲により名前の呼び方が
変わってしまう。ナイトになった途端にSirがつく、Sirは一代限りの呼
称だからファースト・ネームにつけなければならない。従って、元祖
007俳優は、Sir Seanとなる。これが、Sirより上のLordになると、し
ばしば「領地」の地名をつけて呼ぶことがある。「薩摩の守」、「出羽
の守」の世界である。「天は人の上に人を造らず」どころの話ではな
い。

 英国の叙勲制度に1つ良い点があるとすれば、「美空ひばりが勳
1等をとれる」ということだろう。ショーン・コネリーを始め芸能界でナ
イトになった人は多い。日本でも知られた有名な例はビートルズだ。
この時は叙勲に反対する旧軍人達が勲章を返上して話題になった。
旧軍人からみれば、「祖国のために命を賭けて戦った我々と長髪
の不良青年なんかと一緒にされてたまるか」という気持ちだったに
違いない。ビートルズのリーダー、ジョン・レノンはこれに歴史的な
名言で応えたのである。「彼らは人を殺して勲章をもらった。僕らは
人を喜ばしてもらったんだ」。

 議会制民主主義発祥の地英国に貴族制度が厳然と存在してい
る。ブレアー政権でようやく廃止が決定され、既に大幅に削減され
たとはいえその貴族の中には上院で世襲の議席を保持している人
もなお残っている。一方で貴族社会の一部は叙勲制度を通じて庶
民に開かれているという面もある(ショーン・コネリーはエディンバラ
の貧しい家庭に育ち、ミルクの配達で生計を立てていたそうだ)。
階級社会に対する不満のガス抜きに過ぎないと言ってしまえばそ
れまでだが、英国人の絶妙なバランス感覚とみることも可能かも知
れない。

 さて、筆者の世代にとって007ジェームス・ボンドと言えば矢張り
ショーン・コネリーである。それ以外では最近のピアーズ・ブロズナ
ムがもっとも「まし」ではあるが、若き日のコネリーが持っていた凄み
とユーモアが微妙に調和した表情の妙は期待すべくもない。もっと
もコネリー自身は007が一番嫌いな役柄と言い続けているそうだ。

 渥美清が「トラさん」に抱いていたといわれる複雑な気持ちに通
ずるものがあるのだろう(余談ながら、役柄と俳優の一体感という点
でトラさんは007以上かも知れない。実際、筆者は不満を持ちつつ
もブロズナムのボンドを楽しんでいるが、どんな名優が演じようと渥
美清以外のトラさんは想像することもできないのだ)。

 コネリーの叙勲を伝える地元紙の見出しは実に粋なものだった。
Sean stirred but not shaken by knighthood というのである
(どこが粋かわからない人は直ちにビデオ屋で007をを借りてきな
さい。勿論コネリーの奴を)。


THANKS

2000/9/13

SY in London様

12日間九州に旅していまして、13日メール拝見しました。

いつもながら奥行きの深いエッセイをお寄せいただきありがとうご
ざいます。
英国流のユーモアとエスプリが利いていて、「談話室」の来訪者
が楽しく読めると思います。

掻き回されても、振り回されない。なるほど酒でも女でも勲章でも、
ショーン・コネリー007は騙されているようで、醒めていて、生き長ら
えていますね。

来年あたりヨーロッパをうろつきたいなと考えています。その時には、
ロンドン・オフをやりますか。
ジャック・ストロー・カースルあたりで一杯やりながら、談論風発する
のもいいですね。

                ロンドン憶良




世襲貴族議員を廃止した英国上院

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