ロンドン憶良見聞録

エピローグ 
 親英患者のユトリ論



憶良氏一家がアボッツ・ガーデンの4年間を楽しく過ごせたのは、お隣
りのハリーとドロシー・カーン夫妻がとても親切な方だったからである。

はじめて憶良氏が引っ越しの挨拶に伺った時、カーン夫人は憶良氏を
居間に招き入れて、早速英国風ミルク・ティーをすすめながら、
「これから何年かお隣になりますから、分からないことは何なりと遠慮
なく聞いてくださいな。ハリー、あとでミスタータチバナを、車で警察とか
マーケットとかご案内してあげなさいよ」
と言ってくれた。

それが外交辞令でないことは、20年たった今なお、成人した翠ちゃん
や綾ちゃんや憶良氏が欧州旅行をするときロンドンに立ち寄り、カーン
家を訪れたり寝泊まりさせていただいていることでわかろう。

「最近のロンドンは昔と違って、少し治安が悪くなった」
と、ホームステイしていた翠ちゃんを、カーン小父さんは毎晩地下鉄の
駅まで出迎えて、彼女を恐縮させた。それは老人であってもレディをエ
スコートするナイトの気風かもしれない。

ハリーはピアノの演奏家で、居間には大きなグランド・ピアノが置いて
あった。
当時既に60歳を越していて白髪であったが、夕方になるとパリッとした
タキシード姿で出掛けていた。

翠ちゃんや綾ちゃんが大学生のころ、カーン小父さんは日本の航空
会社がロンドンで経営するホテルでピアノを弾いているとの手紙が来
た。
かなりの歳のはずなのに、一流ホテルで採用され弾いているのは相
当の腕前であろうと驚いた。

「ミドリやアヤがこちらに来るとき、日本で今人気のある歌の楽譜を持
って来て欲しい」との連絡があった。日本人客へのサービスをつねに
考えていたのであろう。

読者諸氏のなかには、こじんまりしたホテル・ザ・モントカームで、金曜
と土曜の夜、タキシード姿の白髪端麗な老人が、『昴』や『オペラ座の
怪人』などの名曲を、まろやかに弾いている姿を見かけた方もいよう。
彼が、今85歳(!)にしてなお現役のピアニスト・ハリーである。
(注 現在は引退。原稿は数年前なのでご了解を)


Harry playing the piano at The Hotel.
Thanks Harry & Dobby for your kind consideration extended to us
during our 4 years stay at Abbots Garden in London.

人は、50歳を過ぎれば自分の顔に責任を持たねばならないという。
ハリーとドビー(ドロシー)は、知性と教養が伺われる素敵な風貌の老
夫婦である。
でしゃばり過ぎず、適度の間隔を持って好意溢れる接し方をするカー
ン夫婦に教えられる事は多い。

自分たちが日本に帰ったとき、日本に駐在する真面目な外国人と付き
合う機会があるときには、日本について良い印象を持って帰国される
ように、心しなければならぬと思った。


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