ロンドン憶良見聞録

黄昏でない英連邦の絆


憶良氏は子供の頃から、とても素直である反面、いささか頑固臍曲がりな
ところもあって母を心配させてきた。
誰かが「斜陽の関西」などと言うと、「ちょっと待ってぇな! ほんまに関西
は斜陽なの?関西人の暮らしの水準は、結構高いよー」などと、すぐ反論
したがる癖がある。

「黙っていれば無難なサラリーマン人生なのに、憶良さん、敢えて一言言
わなくてもいいんじゃないの」
と真剣に忠告してくれる友人もいる。
でも、そこが小人の悲しさ。「オヤッ」と思うことには、ついつい「沈黙は金」
との格言を忘れて、一家言述べたがる。
読者諸氏の周辺にも、そのような愛すべき小言幸兵衛さんがいよう。
誰しも神様ではないから、似たり寄ったり。少しぐらいの欠点は許してくれ
たまえ。

木村治美先生は、一年に満たぬ短期滞在ながら、鋭敏な旅人の感覚で、
名作『黄昏のロンドンから』を書かれた。
「一主婦が見た・・」というキャッチ・フレーズを考えたのは、すばらしいコピ
ー・ライターである。見事ノンフィクション賞を受賞されたことは読者諸氏も
ご承知である。

しかし、短期の限られた経験だけで、一国の首都を「黄昏」とか「斜陽」と
言っては、相手の国に失礼になることもある。ましてやそれがベスト・セラ
ーとなると、本の内容ではなくタイトルによって、偏った印象が独り歩きす
るおそれもある。
もし先生が、薔薇の香る春から夏まで滞在され、車を持たれていたら、あ
るいはお住まいがちがっていたら、書名も変わっていたかもしれない。

 

だから、シティで仕事をしているビジネスマンは、英国経済が少しがたつ
いていると分かっていても、日本に欠けているこの国の長所を見て、正し
く伝えようと、バランスをとることにささやかな努力をする。
ロンドン駐在員たちの、この魅力ある国にたいする愛情の発露だろう。

嬉しいことに、憶良氏のような性格のロンドン紳士が何人かいて、滞在期
間を明確にして、「七色のロンドン」(浅井泰範・朝日ソノラマ)とか、心の
「豊かなイギリス人」(黒岩 徹・中央公論社)あるいは「イギリスの底力」
(土井泰彦・サイマル出版社)などと、うれしいタイトルで「ロンドンからの
手紙」(青木利夫・朝日新聞社)を書いて、英国を紹介してくれるから面
白い。
最近では学者の林望先生も「イギリスは愉快だ」(平凡社)とか「イギリス
はおいしい」(平凡社)とおっしゃっているから、親英患者にはいささか心
強い。


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