われ日本のベケットたらん

(前頁より)



石原さんのおっしゃりたかったことを、憶良氏が意訳すると次のように
なろう。

「私、石原は日本列島開発路線を強力に推進する自由民主党の一員
であります。しかし環境庁は、自然環境保護を使命とする役所でありま
す。だから、いったん環境庁長官に任命された以上は、たとえ自民党
の党首がどう私に指図しようとも、私は列島乱開発には断固反対し、
自然環境保護の立場を貫く決意であります。

それは、恰(あたか)もヘンリー2世からカンタベリーの大司教に任命さ
れたトーマス・ベケットが、教会にたいする王権の介入を断固拒否した
立場に似ているといえましょう。
それゆえに、『われ日本のトーマス・ベケットたらん』と、すこし気障な言
い方をしたのです。どうか真意をご理解ください」


「これで歴史音痴の私もやっと分かりましたわ」
「少し深く考えてみれば、大臣は行政府の長だから、個人や党や業界
の利害よりも、公僕としての立場で思考し、発言し、行動するのは当然
のことなんだが、『ベケットたらん』と言わねばならないほど、日本の実
情が狂っているんだろうね」

「石原さんってすごい方ね。その難しいお立ち場を、『ベケットたらん』
という含蓄あるシャープな一言で表現されるなんて。また、その一言を
きちんと受けとめられる
あなたも素敵な方だわ、私幸せよ」
「いやー、それほどでもないがね。じゃ今度の日曜日にはカンタベリー
までドライブしようか。ベケット受難の場所を訪れてみよう」

「うわっ、大賛成!」
両親の政治談義に欠伸をしていた子供たちが、歓声をあげた。
「それでは、ポート・リーブ(港湾長)だったベケットの父親に敬意を表し
て、ポートワインを一杯飲もうか」

数日遅れの新聞でもありがたい。日本の政治事情が酒の肴になって、
アボッツ・ガーデンの夜は更けて行く。


長良川水門の建設に、野党の時には猛反対していながら、建設大臣
になったとたん許可し、世間の失笑を買った人がいる。
菅直人さんのように、誰のための大臣かポジションの役割をよく認識
してもらいたいものだ。


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