ロンドン憶良見聞録

風薫り 走れタチバナ アスコット



このところやや固い話が続いたので、ちょっと肩こりをほぐしましょう。
ロンドン憶良見聞録もいよいよ最終コーナーになり、長期ご愛読の方々
にはアフターヌーンのお茶飲み話としてご覧ください。


この題を見て、草場の陰から喜んでいらっしゃるであろう紳士の名前
を当てられる読者がいるとすれば、その方は相当の競馬通であろう。

紳士服の「オンワード」を一代で大会社に築きあげた樫山氏が、無類
の馬好きであったことは、天下に有名であった。
樫山氏がロンドンにお出でになると、商売はそこそこに、車をニューマ
ーケットに向かって走らせる。お供にはロンドン支店でもっとも英語の
達者な森邑君がついて行く。森邑君は幼少のころ米国で育った、いわ
ば帰国子女上がりのはしりであった。
清泉銀行は人材確保に先見の明があった。



  ニューマーケットと聞くと、何か新しいフアッションを売り出している所
じゃないかと思われる方もいよう。
たしかに、ツイーギーの超ミニスカートとか、世界の若者の心を魅了し
たビートルズの音楽とかのように、この古い国から新しいものが、次々
と生まれて、世界を席巻していることは事実だから。

しかし、馬に詳しい方は、そんな勘違いはしない。ニューマーケットは
3百年前、17世紀から英国競馬界の本山のような土地である。
時の王ジェームス一世が、この地で初めて競馬を開催したからである。
以来、広々とした牧場には数多くのサラブレッドが飼育され、調教が行
われている。気候や土地柄が馬に合っているらしい。

町の中心地のハイ・ストリートには、2百年前に建てられたジョッキー・
クラブが、いまなお威容を誇り、全国の競馬の仕切りをしている。
ゴルフ・ファンならセント・アンドリュウス詣でをするように、競馬関係者
はニューマーケットに行かないと、一人前ではないらしい。

この馬の町に近づくと、道路際にやたらに「馬の横断に注意」の標識
が目立つ。ここでは馬が主役なのだ。
「馬鹿牛に注意」の話で説明した例の標識である。

秋から冬にかけて行われる「ブラッド・ストック・セール」つまりサラブレ
ッドの競りが、世界の金持ち馬主の興味の的なのである。樫山氏も、
いそいそとニューマーケットへ出掛けて、サラブレッドを購った一人で
あった。


次頁へ

「ロンドン憶良見聞録」の目次へ戻る

ホームページへ戻る