ウルトラマンの母 A |
G 男登場。 |
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男 | よお、まだいるのか。 |
女 | そりゃあんたの方よ。それになんでまたここから出てくるの。 |
男 | 酔っ払いはいつも人生の階段をよたよた降りてくるものなのさ。それよりなんでまたお前がいるんだよ。 |
女 |
だって二人の運命なんだもん。 |
少年 | えっ、運命。 |
男 | 歌えるようになったのか、ところで。 |
少年 | またそうやってブレッシャーをかける。 |
男 | 遠くからら見てやるから、さりげなく。チャイコフスキー……なんだっけ? |
女 |
スタニスラフスキー。全然ちがうじゃない。 |
男 | わかったわかった。 |
少年 | ここにいていいですよ。あっちから見られても気になることは同じですから。 |
男 |
よし、んじゃあやってみろ。お−。 |
少年 | じゃ、いきます。……♪もうずっと長い間〜。 |
長い沈黙。 | |
男 |
早くやれよ。 |
少年 | 終わりです。 |
男 | それだけ?いやそれだけってことはないだろう。 |
女 | このおっさんと意見を合わせるのは嫌なんだけど、あたしもちょっとどうかと思うわ。それだけじゃ。 |
占い師 |
いやあ、素晴らしい。井上陽水のデビューを思い出すなあ。 |
男・女 | なんでだよ! |
男 | 歌にはさ、ストーリーっていうかさ。展開があるわけじゃない。 |
女 |
演歌じゃないんだってば、でもそうよね、ちょっとね、メロデイもなあ、感動の暇もないもんね、短すぎて。 |
占い師 |
いやあ、素晴らしい。吉田拓郎のデビューを… |
男・女 | 聞いてないっ! |
少年 | 自分の気持ちを歌にしようと思うんです。借り物の歌じゃない、自分の歌を歌いたいんです。 |
男 | 自分の歌か。格好いいことぬかしやがって。 |
女 | なによ。 |
男 | そういうことは、精一杯生きてみてから言いやがれ。 |
女 |
また急に其面目になっちゃって。 |
男 | こいつが生意気なこと言うからだよ。 |
女 |
どこが生意気なのさ。 |
占い師 | そうだ、生意気だぞ。少年ジェットも知らないくせに。 |
男 | 誰かの歌をちょっと自分も歌ってみたいなっていうくらいならいいんだよ。自分の歌なんてことを軽く言うから。 |
少年 | 軽い気持ちで言ったわけじゃ、 |
男 | 軽いんだよ。 |
占い師 | そのとうりだ。どのくらい軽いかというとな、明石屋さんまがおやつはカールを食べてるくらい軽いんだ。 |
女 | やめなさいよ。子供相手に。大人二人でムキになって。 |
男 | 精一杯生きている暮らしの中から歌が生まれるんじゃないのかい。そういう歌にこそみんなが共感するんじゃないのかい。歌を歌うっていうことは、人に歌を聴かせるっていうことは、そういうことなんだよ。そんな奴が一人でも一いるか。あいつらの中にさ |
少年 | みんな傷を治しにきてるんじゃないかな。 |
女 | 傷? |
男 | お前ら何不自由なく暮らしてるくせにどんな傷があるっていうんだよ。お前ら勝手なんだよ。自分のことしか考えてないんだよ。自分の思い通りにいかないと勝手に自分で傷ついて。そのためにくだらねえ歌を間かされる迷惑も考えたらどうなんだ。 |
H |
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住民 | あ−、若者達に告ぐ。(え、おかしい?)ストリート・ミュージシャンの皆様にお知らせします。(え、丁寧すぎる?)とにかく地域住民はたいへん迷惑をしています。あなたたちの勝手な行動のせいで、眠れない夜を過ごしている人もいるのです。クリー二ング屋の斉藤さんの家では、子供が夜泣きをして困ると言っていました。喫茶店を経営している中田さんのとこでは、それでなくても良くなかった嫁と姑の関係が更に悪化し、昨晩などは…・あ、まあその…、とにかく、常識をもってやっていただきたい。だいたい君たちは未成年じゃないか。働きもせずに、親に食わせてもらっているくせに。この街はいつでも人並みに生きていく働き者たちのためにあるんだ。労働者をなめるんじゃない。 |
地域住民退場。 | |
男 | ほ−れ、地域住民もああ言って下手へと退場していくじやないか。 |
占い師 |
上手、上手。 |
少年 | おっしやるとおりです。でも。 |
男 | さっきも言ったけどな、お前らには実感がないんだよ。お前らそうやって地べたに平気で座るだろ。皮膚感覚がマヒしてるんじゃないのか。 |
男 | それに昼間からべたべたしやがって、しっかり抱き合ってないと、相手がどっかいっちまうんじゃないかって不安なんだろ。 |
占い師 | 現代の若者は肉体を失ってしまっているというのが私の意見です。なぜオームの事件にあんな高学歴の人たちがだまされてしまったのかとみなさん不思議に思っているかもしれません。だまされたわけではないんです。彼らは修行に自分の肉体を初めて実感したのです。それは彼らにとって奇跡と呼べるものだったに違いないのです。 |
女 | またインチキ言ってる。しかも長いし。 |
少年 | そんな風に…ぼくらが、ぼくらがそうなってしまったのは、ぼくらだけのせいなんでしょうか。 |
男 | 社会が悪いってかい。そんならなぜそいつに物言わないんだよ。ここがおかしいじゃないかって、こうしてくれって、なんででかい声で言わないんだよ。 |
少年 | それは。 |
男 | 個性、個性って、結局自分勝手を言ってるだけなんだよ。お前はいつまでもそうやって空をつかんでりゃいいのさ。まったくギターがかわいそうじゃねえか。 |
男、ギターを手に取る。 | |
男 | こいつは。 |
占い師 | 年老いたギター職人が最後に作ったそのギターは、息子へのプレゼントだった。しかし息子はもう二度とギターを手にすることはなかった。歌うことをやめてしまったんだよ。職人はそのギターを自分の手元に残そうと思っていたが、何かの間違いでほかのギターと一緒に売られてしまったんだ。伝説のフ才−クシンガ−が手にするはずだった幻の赤ラベル。 |
少年 | 幻の赤ラベル。伝説のフ才−クシンガー。 |
占い師 | な−んて作り話さ。人間は伝説ってやつが好きなんだな。 |
女 |
このうそつき占い師が。 |
少年 | でもなんで歌うことをやめてしまったんだろう。 |
女 | だれが? |
少年 | その、伝説の。 |
女 |
ぱかね、このいんちき野郎の作り話だってぱ。 |
少年 | ぽくらみたいに歌う歌がなくなってしまったんだろうか。 |
男 | 何でも出来るようになっちまったんだ。金もない、恋人もいない若者がそいつを手に入れてしまったんだ。どんなにあの頃を思い出そうとしても、もうあの頃の歌はよみがえってこなかったんだよ。 |
女 | あのさあ、誰もあんたがその伝説のヒーローだなんて言ってないんだからさあ。 |
少年 | ぼくらは本当は観客なんて求めていないんだ。みんな自分に語りかけているんですよ。 |
勇 | お前らの独り言になんで俺が付き合わなきやならないんだ。帰るぞ俺は。 |
占い師 | 占っていきなよ、安くしとくから。 |
勇 | 先のことなんか知りたくないんだよ。 |
占い師 | 振り返る過去があるってことかい? |
果 | 先なんか見えない方が幸ぜなんだよ。…じやあな。 |
少年 | おじさん。 |
男退場。 |
I 女、少年のそぱに近寄り微笑みかける。 |
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占い師 |
悪慶に魂を売り渡しちゃいけないよ。 |
女 | 誰が悪魔なのよ。 |
女 | あたし、今じゃこんなだけど、結構いいとこのぼっちやんだったんだ。 |
少年 |
え?坊っちやん、ああ坊っちやんか。 |
少年 | あの、聞いていいですか。 |
女 | 何? |
少年 | あの、もしさしつかえがなかったら、あの教えて欲しいんです。あの、どうして、え−と、 |
女 |
どうしてこうなっちやったのか。でしょう。 |
少年 | いや、なっちやったなんて。 |
女 | いいのいいの。あたし演劇部だったって言ったでしょ。ほら変身願望ってあるじやない。 |
少年 | はあ。 |
女 | 自分じやない他人の人生を生きてみたいなあって思うことない? |
少年 | う−ん、あんまり考えたことないなあ。 |
女 |
ふ−ん。もちろんそれだけが理由じやないよ。自分は自分なんだけど、それがだんだんぽんやりしてくるっていうか、自分じゃなくなっていく感じがね、なんて言えばいいのかなあ、ほら漢字の練習してるじゃない。同じ字を何度も何度も書くじゃない。そうするとねだんだん、あれ?これなんていう字だっけって…、 |
少年 | それ、分かります。その感覚。 |
女 | なんかしっくりこなくなるっていうかさ。 |
少年 | 何か変わった? |
女 | うん。辛いことも多くなったけどさ、その分メリハリが出たわね。立体的になったっていうか、こう実感が出てきたわよ。 |
少年 | 実感か。…今は満足? |
女 | まあ満足って言えぱそうだけど。でも、女の格好しててもさ、やっぱり偽物なんだよね。 |
少年 |
そんなことないですよ。 |
女 | だって子供が産めないのよ。 |
少年 | それは。 |
女 | これぱっかりはしょうかないよねえ。望んだって無理なことよねえ。でも子供を産んでそれで初めて女ってことがよくわかると思うんだ。 |
少年 | それはぼくらには一生分からない感覚なんでしょうね。 |
女 | 無理なことはわかってるんだけどさ。願望が強いのかな。夢の中でさ、予供にね、話しかけてるの。子供って言ってもね、まだお腹の中にいる子供によ、おかしいでしょ。「坊や早く出ておいで」って。まだ男か女かもわからないのにね。 |
少年 | (驚いて)ぼくも同じ夢を見たことがある。いや同じっていうか、その反対の夢。 |
女 | 反対って。 |
少年 | 母親の声がね、まだ母さんの体の中にいるぼくの耳に間こえてくるんです。 |
女 | ヘー、面白いね。あんたもそういう願望があるんじゃないの。 |
少年 | まさか。 |
女 | でもね、お腹の中にいる赤ちゃんにはいろんな音が間こえてるんだってよ。 |
少年 |
そうなんだ。 |
女 | でもちゃんと母親の声を聞き分けるんだって。だからお母さんはみんな自分のお腹に向かって話しかけるそうよ。 |
少年 | ここはぼくにとってそんな場所かもしれないな。 |
女 | ここが? |
少年 | ある日学校に朝うんと早く行ったんですよ。そしたら教室には誰もいなくてね。みんなが座ってるはずの椅子には誰も座っていなくて。そこでぼくは「おい」って呼んだんです。だれに声をかけたのかわからない。自分にだったかもしれない。でもその声がぼくの耳にいつもよりはっきりと間こえた気がするんです。そんな静かな場所を求めてここに来たのかもしれません。 |
女 | でもここもずいぶん変わったのよ。昔さ。この通りの裏に小さな商店街があったの覚えてる。 |
少年 | うん。でもずいぶん小さい頃だったなあ。なんか薄暗くてごちゃごちゃしてて。 |
女 | あたし、そこの肉屋のさ、え−っと、 |
少年 |
斉藤精肉店 ! |
女 | そうそう、それ、あそこのコロッケったら世界一だったなあ。 |
少年 | 薄い緑色の紙に包んであってね。こう油がしみてきてて、 |
女 |
うんうん。 |
少年 |
あと、メンチカツ。
|
女 | きゃ−。それ以上言わないで。 |
少年 |
ハムカツ! |
女 | ぐわ−食いてえ。……あ。でもなんでなくなっちゃったんだろう。 |
少年 | 大きなスーパーができたから。 |
女 | きれいになったわよね、あの通りもすっかり明るくなって。……あたし、誰もいなくなった夜の公園って何か好きだな。プランコなんかがさびしそうに揺れててさ。 |
少年 | あそこの公園行ったことありますか。 |
女 | ああ、機関章が飾ってあるところね。デゴイチっていうんだっけ。 |
少年 | なんであんなによってたかってピカピカにしちやうんだろう。ぼくはあの機関車を見ると恥ずかしいんです。まるで自分がさらしものにされてるみたいで。あれは抜け殻ですよね。 |
女 |
あんた、よかったらさ、うちへ来ない。 |
少年 | え?女勘違いしないでね。こんな商売してるけど。男の人を家に呼ぶのは初めてなんだよ。あはは、バカだねあたしって。誰も行くなんて言ってないよね。 |
少年 |
ぼく、カレーが好きなんですよ。 |
女 |
えっ? |
少年 | お腹すいちやったから。 |
女 | 来て。 |
少年・女退場6 | |
占い飾 |
今日は店じまいとするか。 |
明かりを吹き消すと暗閣が訪れる。 |
J そしてまた夜がやってくる。 |
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女 | とにかくできちゃったのよ。で、どうでもいいけど、なんでまたあんたがいるの? |
男 |
展開上の問題さ。そんなことより何が出来たんだよ。 |
女 |
できちゃったって言ってるんだからわかるでしょ。 |
男 | 借金。 |
少年 |
何言ってるんですか。だって何もなかったじやないですか。 |
女 | でもできちゃったんだもの、しょうがないじゃない。 |
少年 | だいたいあれから何日経ったっていうんですか。 |
男 | おいおい、あれからなんて言ってるぞ。いやしかしな、たとえ何かあったとしても生物学的にはあり得ないわけだし。 |
占い師 | いや、まずこいつを生物として認めるかどうかというところから出発しないと。 |
少年 | たとえだろうとなんだろうとにかくないんです。 |
女 | だれも彼の子供だなんて言ってないじゃない。神様が夢を叶えてくれたのよ。でもあんたもそんなに一生懸命否定しなくたっていいじゃないの。 |
少年 | すみません。でも、 |
父,先生登場。 | |
父 | そういう無責任なことでどうするんだ。確かにお前の好きなようにやればいいと言ってきた。しかしな、お前にそんなことをされたんじゃ、世間に顔向けが出来ないじゃないか。しかもそんなどこの誰だかわからんような女と。 |
先生 | 人生はもっとゆっくりじっくり考えなきゃだめなんだ。君には無限の可能性があるわけじゃないか。その可能性に挑戦もしないのはもったいないと思わないか。 |
女 | なに言ってるのさ、あんたら。いつ誰がこの子が私を妊娠させたなんて言ったのよ。わたしに子供が出来たって言ってるだけじゃない。 |
先生 | とにかく帰ろう。 |
父 | そうだ。とりあえず、家でゆっくり話し合おうじゃやないか。今後のことをよく考えて、いい方向を考えていこうじゃないか。 |
少年 | 帰らないよ。 |
父 | 何を言っているんだお前は。 |
少年 | ぼくは帰らないと言ったんだ。 |
先生 | 何言ってるんだ。お父さんの言うとおりじゃないか。事実は事実としてこれは認めないわけにはいかない。でもどうしたらいい方向へ向かえるのか、ここは大人の意見をしっかり聞いてみることが大事なんじゃないかな。 |
少年 | いい方向って何だい。 |
先生 | それは、だからゆっくりと。家でゆっくり話し合う。これがすべての問題を解決する出発点じやないか。 |
少年 | ぼくらにいい方向なんてあるのかい? |
父 | 何をわけのわからないことを言っているんだ。さあ帰るんだ。 |
少年 |
ぼくらが行くべき方向はどこを向いているんだい。 |
占い師 |
今の時代に帆を張れぱ、どっかとんでもないところへ行きそうな。 |
父 | あなた関係ないでしょう。とにかく帰るんだ。 |
少年 近づくな、近づくと、……こいつがどうなっても知らないぞ。 | |
はがい締めにされる男。 | |
男 | お、おい、何でそうなるんだよ。 |
父 | お前、何をやっているのか分かってるのか? |
先生 | 警察ざたはいかん警察ざたは。また新聞が騒ぐじゃないか。 |
女 | あたしのためだったらやめて。あたしはいいんだから。あんたに迷惑かけたくないんだから。 |
少年 | 君のためじゃないさ。ぼく自身の問題なんだ。さあ、帰ってください。ぼくはここから一歩も動かないよ。 |
先生 | お父さん説得を。 |
父 |
いやここはやはり学校の力でなんとか。 |
先生 |
そうやってすべて学校の責任にしてもらっては。 |
父 | だってあなたの教え子じゃないですか。 |
先生 | あんたの子供でしょ。 |
父・先生 | しょうがない、こうなったら変身だ。バロームクロス! |
K |
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警察官 | 警察官は常に全体の奉仕者であり、正義の名の下に任務を遂行するのであります。 |
父 | お願いします。 |
警察官 | 犯人に告ぐ。君は完全に包囲されている。今すぐ武器を捨てて出てきなさい。 |
父 | あの、そんなにおおごとにしなくても、もうちょっと小規模に, |
警察官 | 正義に大規模も小規模もないのです。正義の剣はいつも正しく悪に向かって振り下ろされるのです。 |
父 | あの、話せぱわかる子供なんですから。あの、くれぐれも説得の方向で、強攻策は避けていただいて。 |
警察官 | そんなことだから凶悪犯罪がなくならないのです。アメリカを見なさい。 |
レポーター登場。 | |
レポーター | こちら現場です。犯人は人質二人をとって立てこもっております。詳しいことはまだ分かっておりません。動機についても不明です。犯人は17歳の少年。人質となっているのは…… |
少年 | すみません、乱暴な真似して。 |
男 | 前もって言っておいてくれよ。そしたらもう少し自然な演技ができたじゃないか。なあ演劇部。 |
女 | ぴっくりしちゃったわよ。どうにかなっちゃったんだと思ったわ。 |
男 |
でもどうするんだよ。 |
少年 | どうしましょう。 |
男 | ここは要求を出そうじやないか。 |
女 | 何言ってるのよあんたは。 |
男 | お前がここに来てるのは意味あってのことなんだろ。このままじゃいけないって思ってるんだろ。 |
少年 | まあ。 |
男 | その要求を世間に突き付けたらいいじゃないか。お前に足りないものが何なのか、お前が欲しいものは何なのか、ここではっきりさせたらいいじゃないか。 |
女 | おかしいんじやないの? |
男 | お前が常識を教えるんじゃない。 |
少年 | わかりまレた。 |
レボーター | 犯人から要求が出されたようです。(演されたメモを見て)おい、ほんとにこれでいいの?失礼しました。犯人からの要求は、……特にありません。以上です。 |
男 |
バカかお前は。特にありませんって要求があるか? |
少年 | でもぼくらには何も足り無くないんですよ。 |
男 | 欲しい物はあるだろ。 |
少年 | 特に。 |
男 |
わかってないだけじゃないのか。何が欲しいのかが。 |
少年 | そんな気もしますが。 |
男 | ぐずぐずしてると俺が要求を出すぞ。 |
女 | ばかね、あんたは人質じやないの。ところでさ、さっき人質二人って言わなかった。 |
男 | いち、に、さん。あれ、あの野郎どこへ行きやがった。 |
女 | あ、何あれ。 |
レポーターの声大きくなる。 | |
レポーター | それでは犯罪心理学の立場から、一連の少年による凶悪事件を分析していきたいと思います。今日はどうもありがとうございます。早速ですが。 |
占い師 |
要するにですね、彼等はヒーローの裏返しなんですよ。言ってみれぱ負のヒーローってわけですよ。 |
レポーター | 負のヒーローですか。つまりマイナスだと。で、何がマイナスなのかを。 |
占い師 |
つまりだね、ヒーローがいない時代にあって、彼らはああいう形で世間を騒がすという役割を負わせられてるわけですよ。 |
レポーター | なるほど、つまりマイナスだと。で、何がマイナスなのかを。 |
占い師 | 要するにね、彼らは笑いのない、道化なんだよ。 |
レポーター | な−るほど、結論として、つまり、マイナスだってことですね。で、何がマイナスなんでしたっけ。 |
占い師 | あ−ぜんぜんわかってないんだねえ。つまりね、私の言いたいのはね、マイナスをブラスにするにはだね、いくらプラスを足していってもゼロに近づくぱっかりなんだよ。だからね、マイナスにマイナスをかけれぱね。いっきにプラスになるじゃないか。 |
レポーター | ありがとうございました。現場からでした。スタジオにお返しします。 |
占い師 | おい、まだ話が、おい、つまりだな、ヒーローをよみがえらせなきゃいけないってことなんだ。おい、ここからなんだよ大事な話は、おい、お−い。 |
占い師、戻ってきて。 | |
占い師 |
ふ−、危ないところだった。 |
男 | お前はいったい何をやってるんだ。 |
占い師 | まったくわかっちゃいないよ、あいつらは。 |
女 | あんたが一番わかんないわよ。 |
男 | 要求はともかく、言いたいことを言ったらいいじゃないか。お前が今考えてることを、親や先生や社会に向けて言ってみれぱいいじゃないか。 |
少年 | わかりました。 |
レポーターの声大きくなる。 | |
レポーター | 今度こそ犯人からの要求が出たようです。さきほどのは何かの間違いだったと思われます。失礼しました。(メモを見て)しらないよ、俺は。要求は、……ぼくらの言葉を返してください。 |
男 | わかりにくいだろ。もっとさ、ストレートにさ、社会の仕組みとか、社会の病んでいる部分とかそういうものに対してさ、するどく切れ込んでいくっていうか。 |
少年 | おじさんは、そういう時代を生きてきたんですね。 |
男 |
まあ、そうだ。 |
少年 | 反対できるものがあったんですよね。 |
男 | まあ、そうだ。 |
少年 | 問うべきものがちゃんとあったんですよね。 |
男 | ああそうだ。俺達にはやるべきことがたくさんあったんだ。社会に対して世間に対して言いたいことがやまほどあったんだよ。誰でもそれが言えたんだ。言うべき事がみんなわかっていたんだよ。……そしてそれを歌にした。そんな歌を俺は歌ってきたんだよ。 |
女 | え? |
男 | そして歌うことがなくなっちまったんだ。歌うことがなくなって、歌はそれぞれの恋の行方を歌うようになっちまったんだ。そして俺は歌うことをやめてしまったんだよ。 |
女 あんた。 | |
少年 | おじさんだってさがしてるはずだよ。ぼくらみたいに。この手応えのない社会の中で、もう一度歌いたいと思っているはずだよ。 |
男 |
人のことはどうでもいいじゃないか。お前のことだろう。 |
少年 | ぼくらにはすべてがあったんです。すべてが準備されていたんです。ぼくらは何もないって事のぜいたくを知らずに育ってきたんです。ぼくがここに来たのもきっとそういうことじゃないんでしょうか。でもわかったんです。ここへ来て。ぼくらには自分の言葉さえもなくなっていたことが。 |
占い師 | 少年は「存在感・欲しい」と打ち込んだ。言葉は音を失い、パソコンのモニターに活字になって貼り付いた。二進法が生み出す言葉を複雑に操りながら、でも自分の名を呼ぶ母親の言葉だけがただひとつの確かな存在だった。つるつるしたプラスチックの箱の中で、必死に手応えを求めようとする少年達の悲劇は、正義だけでは裁ききれるはずがない。 |
女 |
動いた。 |
少年 | 男の子かな女の子かな。 |
女 | きっと男。そう、きっと男の子よ。あたしの夢に出てきた通り。 |
占い師 | 「夢は?」と聞くと、少年は「別に」と答えた。アームストロング船長がウサギを追い出した時から、人間はつぎつぎと夢をかなえてきた。そして夢見る夢をなくしてしまった。さあ夢見る夢を取り戻し、夢のような現実を葬り去ろうじゃないか。 |
女 |
また勤いた。 |
占い師 | 今生まれようとしているものは。 |
父親・先生・警察官が詰め寄る。 | |
父 | もうお前は私たちの手にはおえないようだ。 |
先生 | 現実を消し去るなんて、お前自身が消えてしまうんだぞ。 |
警官 | この頭でっかちのテロリストめ。正義の銃弾を食らうがいい。 |
女が少年の前に立ちはだかる。 | |
女 |
あなたたち、正義のふりしてるけど、ほんとうにそうなのかしら。それとも何が正義かも忘れてしまっているのかしら。少なくとも私には、正しいことが一つだけあるわ。ほんとうに守るべきものを守ること。それは、この子よ。(少年を見つめて)坊や、早く出ておいで。そして母さんって呼んでごらん。 |
少年 | かあさん。 |
女 | 出ておいで、聞こえる ? 私の声が。 |
少年 | 聞こえるよかあさん。この街から、かあさんの体から、もう一度生まれ直すためにぼくはここへ来たんだね。 |
占い師 | さあ、出発しよう。 |
少年 | どこヘ。 |
占い師 | いつまでも母さんのお腹の中にいるわけにはいかないじゃないか。出ていくんだ、この眠らない街から。そして見つけに行こうじゃないか、それぞれの探し物を。 |
男 | でもいったいどこへ向かうっていうんだ。何があるんだそこには。知ってるんだろうお前は。 |
占い師 | 正しく物の滅ぴていく所。母なる大地。どこまでも続く地平線の彼方にそいつはあるのさ。 |
男 | だけど、どうやって。 |
占い飾 | あいつに最後の仕事をさせてやろうじゃないか。そしてそいつがひび割れ、錆び付いていく姿を見届けてやろうじゃないか。 |
汽笛の音。 | |
少年 デゴイチ。 | |
占い師 さあ、長い長いトンネルを抜けてこい。 | |
汽笛の音。 | |
少年 | どこまでも続く地平線と交わるように。まっすぐに線路は延びている。 |
女 | そして二つの直線が交わる遥か彼方の交差点に。 |
交差する二人の腕。 | |
男 |
スペシウム光線。 |
占い師 | ウルトラマン。伝説のヒーロー。 |
汽笛の音。 少年の右手が高く差し上げられる。姿を現すデゴイチ。 暗転。 |
L 深夜のアーケード。男登場。 |
|
男 | やあ、久しぶりだね。 |
占い師 |
やあ、みんないなくなっちまったよ。でもごらんよ。ずいぶんいろんな人が歩いているじゃないか。 |
男 |
確かに、よく見るといろんな人がいるもんだな。 |
占い師 | ああそうだ、これ。 |
男 | 何だい?…楽譜じゃないか。 |
占い師 | やっと自分の歌が見つかったんだな。 |
男 |
歌だけが残っちまったか。 |
占い師 | 生まれたと言って欲しいな。それから、これ。(ギターを取り出す) |
男 | これは。 |
占い師 |
これはやっぱりお前さんが持つべきだよ。 |
男 | 伝説なんて、現実にはありやしないのさ。それに俺は何も探しちゃいないよ。 |
占い師 | いいから。 |
男 | 俺ももう一度この街角に立ってみるか、あいつみたいに。……占ってくれよ。 |
占い師 | 先のことは知りたくなかったんじやないのかい。それにその必要はないさ。だってあんたの探し物はもう見つかっているじゃないか。 |
楽譜を見つめる男。若い男通りかかる。 | |
若い男 | おい、おっさん。ははは、何やってんだよ。歳を考えろよ。演歌でも歌おうってのかい。 |
男静かに歌い出す。しだいに男の歌に熱がこもっていく。 ……新しい歌が生まれた。 幕
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