「 高  架  下 」その2 

作・古川高校演劇部

登場人物   A (八津)・・・・十代後半、男

       B (由利)・・・・二十代半ば、男

       C (店長)・・・・四十代、男

       D (田辺)・・・・二十代前半、男

 

  次の日の職場・・・Aが一人でぼーっとしている。 

あ、八津君。
はい。
D  昨日、店長来ただろ? 何を話したんだ?
A  ・・・いや、別に。
 あ、そう。‥・そういえば、聞いた? 八津君のお姉さん、今度結婚するんだって。
A  え・・・
それで・・・こっちに来るって。
A  ・・・なぜですか。
 あいさつもあるだろうし‥・遠くに嫁ぐことになっちゃうから、いろいろと々と・‥いや、よくわかんないけれど、とにかく来るっ
て。
あ・・・はい。
D  いつ以来なんだい?
え?
D   

お姉さんと。

三ヶ月前ぐらい。ここで。
D  お前の部屋、教えておいたからね。そっちに来ると思うよ。
A  え・・はい。
D  二人でゆっくり話せば?
・・・(上を見上げる)
   
 回想・・・職場。Dはいない。A、むっつりしている。Bがくる。
A  ・・・
B  どうした。
A  姉が、来たんです。
B  そう、帰ったの?
帰しました。・・・あんなの。
B  何かした?
A  何もしませんよ。
そう・・・う、慣れてきた? ここでの生活。
A  まぁ・・・思ったより楽だし。
B   暇なときは漫画読んでりやいいからな。・・・忙しいときなんてないけど。
A   随分、本が好きになりましたよ。今までは、全然興味がなかったのに。
B   そうか。俺の場合、一人っ子だったから、昔から自然と本には、触れてたからな。
A  だからここに?
B  そういう訳じゃないけどさ、少しはあるかもね。
A  由利さんはどんな本が好きなの?
どうだろうねえ。ここら辺、俺のお気に入り。
・・・(見る)結構難しそうだね。
B  そうでもないさ、慣れると。
写真集とかも見るの?(高層ビルの写真集を見ながら)
B  まあ、風景とかはね。
時間つぶせなくない?
B   別に本は時間つぶしのためにあるわけじゃないし。
A     そうなの? わざわざ時間を作ってまで、本を読もうとは思わないよ。(本を表紙が客席に見えるように置く)
B 

 まあ、いずれわかるよ、多分。みろよ、これ。(一冊の本を取り出して)

A 

 何?昆虫。(見とれる)。好きだね、由利さん。

B  理科全般ね。まあ、中でも生物は。
A   そういや天体望遠鏡あるもんね。でも、あれ全然使ってないでしょ。ほこりかぶっちやつてる。あれじゃもう見えないよ。 
B  ん〜
A   でも、わかるよ。飽きるんでしょ? 何度見ても、あの窓からじゃ景色は変わらないもの。
B   違うんだ、俺はあえて、使ってないの。わざと挨を、かぶせておいているんだよ。
A  なんで?
肉眼でみる景色が美しく見えるだろう?
A  適当なことを・・・
B  欲しいんならやろうか?
A  いらないよ、意味がない。
B   お前が使うんなら、勿体無くないさ。
A    壊れてんでしょ。
B  まあ、いいや。欲しくなったら言えよ、いつでもやるからさ。
  B、辞書を引きながら。
なあ、(天体)ってどういう意味だか分かるか?
知らないよ。
B  太陽、恒星、惑星、宇宙に存在する物体の総称。
A   だから?
ここも、お前も、天体なんだよ。
・・んなことは、無いよ。天なんて、程遠い。
B  あ? 地に足ついてないくせに、よく言うよ。
A  意味が違うよ。
B   いいんだよ、浮き足立っててさ、せかせかしてたって。
A    だから・・・
B  だからさ、やるよ、あれ。
A   いらないってば、埃しか見えないじゃん。
B   埃だって天体なんだって。
A    言い訳。
B  見えないから、見えるんだぞ。
A  何が・・・
B  ま、とにかく大事に使ってくれよ。
   
  回想終わり・・・

   

   Cが来る。
   
ねえ、八津君、聞いた?
何ですか?
C  お姉さん。
あ、はい。聞きましたよ。
え? 誰から?
・・・田辺から。
C   ‥・なんだぁ。ま、いいや。んじゃあ、もう帰りなさい。
A  え?
C   え?って‥・肝心なところ聞いてないな。今日来るんだと。だから、もう、帰っていいよ。
A  なんでですか? まだ時間ありますよ。
C  いいから!・・・ゆっくり話しなさい。
A   ・・・じやあ失礼します。
C 

うん・・・。

   
    A、去る。D、出てくる。
   
D  どうなるんでしょうねえ。
なんでだよ。
D  多分、連れ戻すか、病院か、どっちかですね。
なんでだよ。
D  だってそうじゃないですか。
C   彼はここでしか治せないよ。‥・なんで余計なことを言ったんだ。部屋まで教えて・・・
D   すみません‥・でも、余計じゃないですよ。家族に黙っているほうがおかしいです。
C  ・・・そうかもしれないけど。
D   店長、もういいじゃないですか。こんなこと、長続きさせていいわけがないんです。
C   そうはいかない。それじゃ、八津君の由利君への気持ちはどうなる。 
D  いずれ、忘れます。
C    それができてないから、こうなっているんだろ。
D  ・・・そうですね。じやあ、どうするんですか?
C  ・・・。
D   今はお姉さんに任せてみましょうよ。
C  そんな。
D  そうでもしなきゃ。
C  ・・・お前の言い分も分かる。けど、
D  そんなにいうならあなたが行くしかないんじゃあ・・・
・・・だよなぁ。なんとかならないかなぁ・・・
   
     回想―職場。Dはいない。Cがぼーっとしている。
   Bがやってくる。
   
B  お疲れ様です。
C  ああ、よろしく。
B   ・・・(本棚の整理をし始める)
C  もう、何ケ月になるかなぁ。
B  ?・
C  八津君が来てからさ。
B  ・・・よくやっていると思います。
C    だよねぇ! 覚えが早いからさ、安心して見ていられる。しつかりしている。
B  こないだの、お姉さんの件はありましたが。
 それは別の話だよ。‥・それを踏まえたって、ここじやあ勿体無いぐらい。
B   えぇ・・・。
・・・(にらむ)
B  いや・・・。
C  いいんだよ、事実だから。
・・・
C  それに、由利君の指導力のおかげだよ。
B  いえ。
C  君もここに来て、長くなるなぁ。
B  まあ。
C   最初は、どうだろ〜って思っていたんだけど。しつかりしている。芯が強いからねえ!
B  どうも。
C  君たちといるとさ、俺まで、若くなったように。
B  そうですか。見えますよ、若く。
C  あ、そう? よく言われるんだ。
でしょう・・・
   
    B、店をでて、空を見上げる。
 
C  どうしたの?
B  雨が降りますね。
C  え・・・(見上げて) そう? なんで?
B     『ツバメが低く飛ぶと雨が降る』 っていうでしょう。ほら。
C  迷信だろ。
B   そうでもないですよ。きちんとした理由がある。
C  どんな?
B   雨が降りそうになるときは気圧が下がり湿度が上がるので、昆虫が地面に這い出してきたり飛んだりするのを、ツバメが低空飛行でもって狙うからだ・・・という。
C   へぇ・・・じやあ『虫が地面の近くで活動する時は雨が降りやすい』が正しいわけだ。
 まぁ・・・昔の人はそこまで気がつかなかったのでしょう。
C  ・・・その心は?
B   上ばかり見上げてたから。何も知らず、それ故知識を求めた時代です。人々は下なんか向いてる余裕がなかった。
なるほどね・・・そういえば、君は生物に興味があったね。
B  いや、音の話です。
C  そんなこと言って、実は・・・
B    違いますって。本当は全部、さっきテレビの天気予報で言っていただけですから。
C  あ、そう・・・でも、どう? まだ、やりたいこともたくさんあるだろう。
B  いえ、今が精一杯です。
C     そういってもらえれば嬉しいけどねぇ。やりたいことがあるうちは、好きにやっちゃいなよ。
え・・・今は今で、満足してますから。
C  そう・・・俺も見上げていた時代あったんだけどなぁ。
B  そうですか。
うん、・・・遠くを、届きそうにもないのに。
B  ・・・。  
C   まぁ、今思えば目指していたものなんて、外灯の明かりぐらいのもので俺はそれに群がっていただけなのかもしれないけどさ。・・・君は、このままでいいの? 
B  なぜですか?
C   こういうと失礼だが、どうも心がどこにもないような気がしてね。
B  ・・・
C   しっかりやっているのだけれども、ね。もちろん、ここには来たくて来ているわけでは無いだろうし、俺の責任もあるし。それに・・・若い人っていうのがみんなこんなもんなんだ、って言われれば、そうなのかもしれないけどさ。
B  ・・・どうでしょう。でも、確かに、そういう部分があるのかもしれません。
C   もし、やりたいことが見つかって、すぐにでも飛び出して行きたいのなら、行きなさい。なんの断りもいらないから。
B  はい・・・じゃあ、その時は遠慮なく。
C  おう。『お先真っ暗』ではあまりにも窮屈すぎる。
B  でも、本当にそうなる日が来たら、
なんだ?
B  あいつのこと、よろしくお願いします。
・・・わかった、約束しよう。
   
  部屋・・・Aが天井をじっとみつめている。
 
A  ・・・。
   
  ラジオが流れる。「もうすぐ満月です・・・」など、くだらない  話をしている。
 
C 

くだらないな。

   
  C、ラジオを消し、退却。
  A、うなだれている。B、買い物袋をもって入ってくる。
  
Cはいない。
  
B  どうした・・・随分、早いじゃないか。(袋の中のものを取り出しながら)
A  姉ちゃんが来るって。
B  ・・・俺、外に出てようか?
A  いいよ、別に。いたって。
B  そういうわけにもいかないよ。
A  いいんだよ。あんなやつ。
B  こっちが困るだろ。
A  じゃあ追い返すよ。
B  なんでだよ。無茶言うな、お前・・・
A  いいんだよ!
B  ・・・じやあ、好きにしろよ。・・・何がいやなんだよ。
わかんない。でも、苦手。
B  崩れるのがこわいのか? (無機質に)
え?
 現実に戻ってしまいそうで。これまで築いてきたものが、壊されそうで、こわいのか?
違うよ・・・俺はただ、
B  夢を見るなよ。
A  なんで・・・
B  誰にでも見ていいものじゃない。
A  何を・・・
B  雨宿りはお終いにしろよ。
A  ・・・
知っているんだろ、本当は。
やめてくれー・
   

  B・・・黙っている。いつの間にか消える。暗くなる。

  インターフォンが鳴る。何度も鳴り響く。

  ・・・夜になる。ラジオが流れる。「今夜は満月です・・。」

  それをさえぎるようにCが来る。

 

C  ・・・入って、いいかな。
A  ・・・
・・・お姉さん、来た?
・・・
C  正直に、言いなさい。
A  ・・・ 
C   出なかった、ね。さっき、こっちにお姉さんが来たよ。今日は帰るってさ。
A  ・・・そうですか。
C  なんで、そんなことしたの?
・・・
C  前もそうやったよね。・・・どうしたの? お姉さんが、嫌いなの?
A  そうじやない。
C  じゃあ・・・どうして。
A  ・・・
C  崩れるのが、怖いの?
A 
C   でもね、そんなことしたって何も変わらないんだよ。いずれ、くること
A  ・・・何が、ですか?
C  ・・・
A  言ってください。
C  由利君のことだよ。
A  ・・・何のことですか?
C  君がそうやっている以上何も変わらないんだよ!
A  何を言っているんだ・・・。
C  君と、由利君のことだよ。
A  由利さんは・・・由利さんは・・・?
C    ・・・。苦しいかい? そうだろう、けどしっかりと向き合って、
A  違う! 由利さんは・・・
C  何が違うの?
A  ねぇ、由利さん、どこにいるの?
C  ・・・。いいかい、よく、聞きなさい。
A  何?
由利君は、もう、いないんだよ。
どうして、出て行ってしまったの・・・
C  ・・・出て行ったんじゃない!
A  ・・・じゃあ、どうして!
C   いい加減にしなさい!いつまでも、自分勝手にやっていては駄目だ。
A  知らない。
八津君!
知らない!
   
  Aが天井をじっとみつめる。
   
A  ・・・。由利さん、由利さん!
C  いいかい。認めるんだ・・・。彼は、死んでしまったんだよ!
   
  C、座る。
   
C   親しい人が亡くなったなんて、初めてだよな。すごく、つらい。その気持ちはわかるけど、どこかで区切りをつけないと。
A  ・・・。
C   誰だって悲しい気持ちは一緒だよ。でも、だからって・・・こっち向きなさい。
A  ・・・
C   こっちを見なさい!(A、向く。
C   自分で、自分のために、目標を見つけ、それに向かってがむしゃらに努力した結果、どうしても駄目で年をとってしまったとき、その時は何も見えなくなるだろう。でも、それだっていい思い出になるものだ。でも、今の君は違う。過去ばかりを見て、それだけを糧にして生きている。折角持った健康な体、何でもできる可能性を秘めた若さが、もったいないよ。
・・・俺は、何もできませんよ。
C  出来る。
A  ・・・。
C    もうすぐ、君は年齢的に大人になる。ただ、ほかの人よりちょっと社会性が弱くて、協調性がないだけで、あとは何も変わりない。何でもやれる。
A  ・・・。
C   ここはね、君にとっての勉強の場にしてあげたいと思っていた。人とのコミニケーションや対人関係、上下関係・・・。君を世間的に大人にしてあげたかった。その気持ちは、由利君も一緒だった。
A  由利さん・・・。
C   ただ彼は、その仕事を途中でやめてしまった。本人が望んでいなくてもやめざるを得なかった。どこかに行っちやったんだよなあ 
C   ずーっと前、私はふと、新幹線の高架鉄道の下から、線路に沿ってずーっと歩いていた。川を挟む堤防が現れ、私はそこで立ち止まった。そこには、初老の男性が住んでいて、ぼーっと上を眺めていた。一瞬にらまれ、私は高架下をすぐに引き返した。逃げたんだ。・・・何年かしてその男と同じくらいの年になり、また意味も無く行ってみると、もうそこにはその男性も住居であるダンボールも消えていた。むなしい気持ちになった。それから毎日私はそこに通った。そして雨の日、君を見つけた。償いだと思って、すぐに家に連れ込んだ。・・完全な自己満足だった。今の、天井をにらみ続けている君の目は、その男性によく似ていて、逃げだしたときのことがぶり返してきて‥・。あの頃から何も変わっていない自分を感じ、それが、とても、情けない。
   
  Bが出てくる。
 
B  お前のやってることは、悪いことじゃないんだよ。
A  ・・・
B   俺のことを思ってくれているのも、わかる。無理やり社会に出る必要も無い。ただ、永久に変わらないものなんて、ありえないんだ。森羅万象の流転は留まることを知らず、つねに廻りまわる。それは、もう、自分が変わることに繋がっている。
A  でも、
B    世界の自転をとめられるのは、時間だけだ。それがわかったとき、俺は変わることをやめてしまった。
そんなの勝手だよ!
B  

・・・何にも縛られずに、生きてみたいもんだな。

   
  照明、もとに戻る。
 
A  あの日から、もう、何も見えないんです。何も、
C    いいんじゃないの?上で何があろうと、ここはここで、やってるからさ
A   ここは高架下だから?
C  きっと、ね。
   

  暗転。ラジオが流れる。「今夜の月は突然の雲により、見えなく  なりました・・・」

  ラジオから「上を向いて歩こう」が流れ、フェードアウト。

  夜、部屋、うっすらと雨の普。Aが天井を見上げている。

  職場、Cもぼーっと見ている。

・・・。
   
  ふと、思い出したように天体望遠鏡の埃をはらい、覗き込む。
 
・・・。
   
  じっと覗き込む。雨だからか、何も見えない。目を外し、窓を開  け、空を見上げる。(雨音、強くなる。)すると、空には無数の  赤い星が。よく見るとそれは、遠くのビルの 航空障害灯。
   
・・・(声にならない。)
   
   A、部屋の明かりを消し、コンセントを抜きまくる。興奮冷めや  らぬ様子で、騒がしい。Cも、見上げている。
  回想−Bが登場する。 
   
A  今、わかったんだ。世界の自転は、止まらなかった。
B  俺さ、ここを出たらさあ、
A  何?
B   好きなことやってさ、でも、世間に出てさ。昔見た夢の続きをさあ。
A  それが、由利さんの夢なの?
B   でも、もう叶わないよなあ・・・。
A  由利さん・・・俺は、後悔しないように、生きるよ。
B 

雨宿りは、いつか終わらせなきや。

   

B、微笑む。ゆっくりと暗くなる。
A、ラジオを消し、雨の中歩き出す。(舞台からはける
航空障害灯もゆっくりと消える。

   
   朝、職場−CとDがいる。
 
C  はぁ・・・言い過ぎたかなぁ。
D  後は、なるようにしか、なりませんよ。
C  大丈夫、だよね。
・・・(入り口を見る)
   
   A、登場。遅れてBもやってくる。
 
八津君・・・あの・・・
ごめんなさい。
C   ・・・いいんだよ。何も間違えたりは、していないんだから。
A  ・・・許して。
・・・。
 いいんだよ。何も、誰も間違えてはいないよ。ねえ? (Bに向かい)
   
   B、微笑む。ゆっくりと部屋へ行く。
   A、C、D、三人の日々が始まる。

―――― 幕 ――――