恋愛の規則 |
「んっ……あぁっ、テツ……」 暗闇の中に、緑と鉄朗の裸体が浮かび上がる。 「緑、愛してる――」 鉄朗は、自分の身体の下で快感に酔い、一番最初に惹かれた綺麗な笑みを浮かべる緑に、想いのままを言葉にのせる。 「はぁ、ああぁっ……あっん」 悶える緑を軽く揺さぶりながら、腰を引き寄せ、さらに深く繋がった二人は、ともに絶頂を迎え余韻に浸った。 「愛してる。一生、放さないよ、緑」 「うん――。俺、ずっとこうしてたいよ。ずっと、テツのそばにいたい」 「いろよ、ずっと」 優しい眼差しは、緑を捕らえた。緑は暖かな鉄朗の胸元にもぐり込んで、襲ってきた睡魔に堪えられず、眠りについた。 「愛してるよ――」 汗で乱れた髪を梳き、鉄朗はもう一度緑に囁きかけ、目を閉じた。 心地良い疲れと胸元の体温のため、鉄朗もすぐに暗い闇に引き込まれていった。 「緑、行くぞ」 「わかってる。ちょっと待って」 緑はカバンに財布と携帯、そしてこの家の鍵を大切そうにつめ込んで、玄関先で待っている鉄朗に駆け寄った。今でも鍵をカバンに入れるとき、知らないうちに緑の顔は微笑んでいる。一緒に暮らしている、ということが直に実感でき、嬉しくなるのだ。 「用意、できた?」 スーツを着こなした鉄朗に問いかけられ、緑はその口唇に、そっと自分の口唇を重ねた。 「できた」 極上の笑みを浮かべ、愛しい恋人を見つめた。 「そんなかわいい顔、今するな。俺が、仕事に行けなくなるだろ」 抱きしめた感触を確かめるように、鉄朗は身体のラインを手のひらで辿る。まだ昨夜の余韻が漂う緑の身体は敏感で、その感触にも反応し、口唇から甘い吐息が洩れる。 「テツ――。俺……」 潤んだ瞳で鉄朗を見上げた緑は、自分の身体の変化に戸惑い、頬を紅く染めた。 ただ触れられただけなのに……、と思うけれど、それは相手が鉄朗だからだ。一人の人間に愛され続け、身体を重ねた続けたことなど、鉄朗に出会うまではなかったから、心も身体も変化した。 鉄朗は感よく、緑の身体の変化に気づいた。時間は少し、余裕がある。鉄朗は細い腰を引き寄せ抱きしめると、薄く開いている口唇に優しく口づけた。 「んっ、テツ……。あふっ……ん」 合わせた口唇を離し、鉄朗は身体をずらして床に膝をついた。 「テ、ツ?」 緑は鉄朗の行動の意味することを理解できず、首を傾げて見ていた。しかし鉄朗が、穿いていたズボンのベルトに手を掛け、下げようとした時、緑は慌てて腰を引いた。 「やっ……、だめっ! テツ!」 「大丈夫だよ、緑。ちょっとじっとしてて」 「でもっ! んっ、あぁぁっ」 緑のズボンと下着を足元まで下ろした鉄朗は、息づく緑のものを手にし、口に含んだ。 「ああん、あっ……やぁ、テツ……」 ゆっくりと全体に舌を這わせ、緑の快感を引き出す。先端を舌先で突付き、舐め上げる。そのたびに緑は感じて、鉄朗のスーツを握り締める。 「んんっ……はぁ、ああっ」 抵抗しようにも、鉄朗に腰を力強く引き寄せられていて、逃げられない。 「ああん、あっ……はぁ、んん」 とめどなく緑の口から熱い吐息が洩れ、がたがたと両足が震える。 鉄朗は片腕にさらに力をこめ、細い腰を抱き寄せる。 「テツ、たっ……てられ、ない……」 切れ切れになりながら、限界が近いことを鉄朗に訴える。 どんなに淫らに乱れても、鉄朗は優しく受け止めてくれる。何をしても必ず、笑って許してくれる。その心の支えが、今の緑のすべてだった。 鉄朗は含んだ緑のものが、限界を迎えているのに気づき、さらに深く銜え込んで、追い上げた。 「ああぁっ、テ、ツっ……!!」 緑は大きな声を放ち、禁を解き放った。迸る熱い体液を嚥下した鉄朗は、ぐったりと倒れ込んでくる緑を受け止め、落ち着かせるため背中を撫でた。 「大丈夫か?」 玄関先での行為に、少しばかり羞恥を覚えたが、それもすべて鉄朗が受け止めてくれ、優しく抱きしめられると、羞恥は忘れ力強い腕の感触だけがすべてになる。 寄りかかっているうちに、服装を正してもらい、緑の口唇は暖かいものに包まれた。 「テツ、ごめんね。出掛ける途中だったのに……」 口唇が離れた途端、緑の口から洩れた謝罪の言葉を、吐息ごと鉄朗は飲み込んだ。 「愛してる、緑。何よりも大切だよ。仕事や時間より緑が大切だから、緑の欲してるものは、俺があげられるものなら何でもあげるよ。欲望も、すべて俺が受け止めてやる。もう謝ることなんて、するな」 「うん――」 見上げた先には、緑の一番好きな笑顔がある。緑は細い指先で、鉄朗の頬や瞼、口唇、顎などをなぞり、そこに存在する一つ一つを身体に刻み込んだ。 「じゃ、行くか」 二人は玄関を開け、照りつける太陽の下を歩き、駅に向った。 同じような、会社に向う人や学校へ行く人でごった返す駅で、緑は鉄朗が改札を抜ける姿を見届けるため、立ち止まった。 「行ってくるな」 出会った頃より、さらに色気が増した緑の髪をクシャッとかき混ぜ、鉄朗は改札を目指す。 「いってらっしゃい。ご飯、作って待ってるから」 「ああ」 キスしたい衝動を堪え、鉄朗は緑が見送るなか、ホームへと急いだ。 それきりだった。 鉄朗が、緑を見たのは。 仕事を終えて帰宅したマンションの部屋に、緑の姿はなかった。いつもは部屋に灯りをつけて、夕食を作って待っている。鉄朗が玄関を開ける音で帰宅したことを知り、笑いながら駆け寄ってくる、緑の姿が今日はない。 心配になり、バイト先であるコンビニに電話すると、緑はすでに帰ったという。いつも持っている携帯にも電話してみたが、アナウンスが流れるだけで緑が出る気配はない。 (一体どこ行ったんだ? もしどこかに寄ってくるなら、絶対電話の一本ぐらいあるはずだ) 心の胸騒ぎとは裏腹に、時間だけが残酷に過ぎ去っていく。 鉄朗は、アドレス帳に載っている、唯一緑が書いた電話番号を押す。それは緑が初めて友達と思えた、北原隆史のものだった。 「突然すいません。鷺宮緑と一緒に暮らしてる、明智と申しますが」 鉄朗が隆史に電話するのは、もちろんこれが初めてだった。失礼だとは思ったが、今はそんなことを構っていられない。 『ああ、テツさんですか?』 返ってきた言葉は、気さくな明るいものだった。 「俺のこと、知ってるの?」 『ええ。緑から、よく話は聞いてます』 緑は隆史に、鉄朗のことを話していた。もちろん恋人だとは言ってないが、一緒に暮らしていて、よくしてもらっていると嬉しそうに語っていたのだ。 「そうなんだ。じゃあ話は早いかな。今日、緑と一緒にバイト、してた?」 一刻も早く緑の所在を知りたい鉄朗は、挨拶もそこそこに、用件を切り出す。 『一緒にやってましたよ。でも、帰る時、緑の知り合いらしい男が店の外にいて、そいつと一緒にどこか行きましたけど』 (嫌な予感がする――!!) 隆史の言葉に、鉄朗は緑に何かあったんじゃないか、そう思えた。ただの友達なら、連絡くらいはするだろう。しかし電話の一本もない。すでに緑のバイトが終わってから、三時間も過ぎていた。 「その一緒にどこかに行った奴って、どんな感じの人かな。例えば髪型とか、服装とか、身長とか」 『髪は茶色くて長め、身長は、そうだな、緑よりも少し高いくらいで、えらい綺麗な顔してましたけど』 「綺麗な顔、か……」 どうしても、その言葉に引っかかるものがあった。鉄朗が知る緑の知り合いは、『club Trip』店の人間しかない。売春クラブでもあるその店には、当然綺麗な顔をした男がいるだろう。 「ありがとう。突然、悪かったね」 『いえ。でも、緑がどうかしたんですか?』 「何でもないんだ。ごめんね。じゃあ」 一刻も早く緑を探しに行きたい鉄朗は、急いで電話を切り、部屋を飛び出した。 |
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