涼次の車に乗りながら、いろいろな事を考えた。この助手席に女を乗せたのは、つい昨日の事だ。その情景が俺の目から離れず、鮮明に記憶されている。 綺麗な女の人だった。俺と違って真っ白で、雪のような白い肌に、細く折れそうな脚。涼次の隣に並んで歩いても、ぜんぜん見劣りなんてしない。均整がとれていて、とても似合いの二人だった。 涼次も俺みたいな男を連れて歩くより、あの人みたいに綺麗な女の人を横にして歩く方が、好きなのかな。 そりゃそうだよね…。 女の肌は柔らかくて、いい匂いがして、セックスしたって、俺とやるより気持ちいいんだ。そうに決まってる。 セックスはいつも、俺に災いをもたらす。先輩と付き合ってた時だって、結局はセックス出来なかったから、浮気されたんだと思ってる。いつも俺が痛がって、そんな俺に先輩なりに気を遣ってくれて、最後までやらなかった。 あの時の先輩は今の俺と同じ年齢で、今ならわかる。先輩がどれほど自分の性欲を我慢して、俺と付き合ってくれていたか。性欲が盛んで、本当は手当たり次第にでもセックスしたい時なのに。それでも我慢、していてくれたんだ。 今から考えると、やっぱり俺は愛されてたのかな、って思う。こんな事考えるなんて俺、相当きてるな。 「どうした?今日は珍しく静かだな」 ボーっと窓の外を眺めて考え事をしていたら、涼次がクスッと笑って俺を振り返った。 笑ってる…!! 涼次、その笑顔は今の俺にはキツイよ。 「俺だって静かな時ぐらいあるよ」 なんとかいつもの笑顔を作ろうとしたけど、失敗した。俺はすぐに感情を表に出してしまう人間で、上手く嘘がつけない。それを今ほど呪った事はない。 「何かあったって顔してるぞ」 途端に笑顔が消えて、心配そうな顔つきになった。 「……」 どうしようか迷ったけど、いつまでもこんな気持ちを抱えてるのは辛い。今、ここで聞いてしまおうか。でも、もし涼次の口から『付き合ってるんだ』っていう言葉を聞いたら、俺、きっと泣いてしまう。情けないくらい、泣くだろう。そんな姿、涼次に見られたくない。 「勉強が大変で、ちょっと悩んでるだけだよ」 また、嘘をついた。短い言葉だったし、顔を背けていたから涼次は俺の表情を見ていなかった。だから上手く嘘を言えた。 「俺が教えてやろうか?」 「え…」 「高校生の勉強なら、俺にだって教えられるぞ」 「涼次、頭いいもんね」 涼次はまた俺を見て、微笑んだ。今日の涼次は奇妙なくらい、機嫌がいい。よくしゃべるし、それに何と言っても笑ってる。 あの綺麗な彼女と何かあったのかな。結婚する事が決まったとか…。どうしよう、もしそうだったら。俺、自分の考えに落ち込んでるよ…。決まったわけじゃないのにな。 それから俺達は何も話さず、静かになった車の中で、エンジンの音だけがやけに大きく響いていた。 今日もいつもの部屋が取ってあり、俺達はそこに向かった。さっきから俺は何も話さず、ずっと俯いている。たまに涼次の視線を感じて、ドキドキした。きっと今の俺の顔は暗く沈んでいるだろうから、あまり見て欲しくなかった。 「渉」 部屋に入ってすぐ、俺は涼次に抱きしめられた。 えっ…、なんだろう…? 俺の心臓は壊れそうそうなくらい早く脈打ち、顔が火照ってきたのがわかった。 「りょ…、涼次…?」 驚きながら顔を上げると、涼次の顔が降りてきて、すごく優しくキスされた。啄ばむように何度も何度もキスされて、昨日見たことを忘れそうなくらいだった。 「渉…」 そのまま腕を引かれて、バスルームに連れられた。そこでまた抱きしめられ、キスされて、服を脱がされた。今までそんな事なかったのに、今日は一体どうしたんだろう。 疑問に思ったけど抵抗しなかった。好きだから。涼次の事好きだから、少しでも一緒に時間を過ごしたかったから、抵抗なんてしない。 「なんか照れるね」 シャワーの下で抱きしめられて、俺の鼓動は最高潮に達していた。 「渉…」 涼次が身体に舌を這わせ、擽ったいような愛撫を仕掛けてきた。俺を壁際に立たせ、首筋や耳朶、喉や胸の尖りを舐められた。 俺はそれだけで感じてしまって、下肢が脈打ち始めた。膝はがくがくして、一人じゃ立っていられなくなる。 「っ…りょう……じ、はぁ…、ベッ…ド…、行こう…。立ってられない…」 途切れ途切れになりながらも、俺は何とかそれを口にし、許しを請う。 「わかった」 涼次はそう言って、俺を抱き上げた。俺だって一人前の男で、それなりに体重はある筈なのに、涼次は俺を軽々抱き上げた。綺麗な顔をしているのに、どこにそんな力があるんだろう…と、俺はまじまじと涼次の顔を見つめた。 「涼次…」 また名前を呼んで、俺は目を閉じ、そっと涼次の胸に寄り添った。俺を抱えてくれる場所から涼次の体温が伝わってきて、気持ちよかった。 でもこの温かさは俺のものじゃない。あの綺麗な女の人のものなんだ。俺に与えられるのは、このホテルの中にいるときだけ。 やばっ…!!泣きそう… 俺は零れ落ちそうになっている涙を、顔を拭う真似をして誤魔化した。俺は涼次の腕の中にいるあいだ、ずっと目を閉じていた。 次に目を開けたとき、俺はベッドの上にいた。その上には涼次の顔があり、真剣な顔で俺を見ていた。何だか擽ったい視線が、俺の身体中を這いまわる。 「涼次…」 両手を伸ばして、涼次の身体を抱き寄せた。 さっきから俺は涼次の名前しか呼んでない。馬鹿の一つ憶えみたいに、ただ呼んでいるだけ。でも涼次は名前を呼ぶとちゃんと応えてくれて、優しく抱きしめてくれる。 好きだって思う。応えて貰えないってわかってるけど、どうしようもなく涼次が好きなんだ。 「涼次…、早く…」 早く涼次と一つになりたくて、俺は行為を急いだ。抱かれているあいだだけ、涼次のものになれた気がする。 「っ…ああ…、んん…」 俺がせがんだからか、それとも涼次も俺と同じ気持ちだったのか、性急な愛撫が始まった。火照った俺の身体はもう貫かれる事を望み、昂ぶった俺のものは先端から蜜を零していた。 「あぁぁっ…、あっあっ…はぁ…」 後ろを舐められて、もう我慢が出来なくなる。涼次に抱かれ慣れた俺の身体は、すぐに限界を向かえる。 「やっ…、もう…んっんん…」 「渉…、いいか?」 いいか、って訊かれて、俺は何度もがくがくと頷いた。熱く昂ぶった涼次のものが押し当てられ、ゆっくりと入ってきた。 「くぅ…、んん…ぁっ…」 「渉…、力、抜いて…」 知らない間に身体に力が入っていてみたいで、涼次のきつそうな声が聞こえた。 「う…ん……」 俺のものを握り込まれて、すっと身体から力が抜けた。その隙に涼次が、一気に奥まで押し入ってきた。 「ああ…、ふっあぁ」 身体が熱くて、どうにかなりそうだった。 意識はもうすでに飛んでいる。 それでも涼次にしがみ付いて、快楽の底へ涼次と一緒に落ちていった。 「どうした?何で泣いてるんだ?」 セックスが終わって、うつ伏せて枕に顔を埋め、小刻みに震えている俺を見て、涼次が心配そうに声をかけてきた。 「どこか痛いのか?」 俺は何も言わず、ただ首を振って否定した。泣いてる理由なんて言えない。涼次が好きだけど、どうにもならないから泣いてるなんて。 不意に温かいものに包み込まれた。俺は驚いて顔を上げると、涼次が俺の上に覆い被さっていた。 「な…に…?」 涼次はそっと手を伸ばし、まだほんのり熱い俺の背中を撫でた。 「泣かないでくれ…」 「涼次…?」 涼次は俺の顔に頬を寄せて、温もりを分けてくれた。そして掌で包み込んで、キスしてくれた。柔らかい感触が、俺を虜にする。角度を変え、何度も口づけた。 俺は次第に涙が止まり、幸せに覆われた。 「渉…」 甘く囁かれて、瞳を開けた。目の前に涼次の顔があった。そっと息を吐き、俺は自嘲気味に笑った。 「渉…?」 「ごめんね、涼次。俺、涼次の事好きになっちゃった…。でも諦めるから。だから今だけ…。今だけこうしててくれる…?」 俺は涼次の胸に顔を押し付け、また泣いた。でもすぐに涼次に顔を上げされられ、涙を拭われた。 「涼……次…?」 ぼやけた視界に涼次の綺麗な顔が映った。 「いつから?」 「え?」 「いつから好きだって思ってくれてたんだ?」 俺は何も言葉が出なかった。どうして涼次がそんな事を訊いてくるのかわからなかったし、何て言っていいのかもわからなかった。そんな俺から応えを訊くのを諦めたのか、先に涼次が口を開いた。 「俺はずっと渉のこと、好きだった。はじめて渉を雨の中で見たときから、好きだったよ。一目惚れ、したんだ…」 「な…に、言ってるの?」 涼次の言葉を信じられず、俺の顔が強張る。 声が震えているのがわかる。 「言えなかったんだ。お前の心の傷がまだ癒えてないのはわかっていたし、俺自身、周りのことが片付いてなくて、そんな状態で好きだって言ってもお前を傷つけるだけだと思ったんだ」 「周りの事って?」 「俺にはずっと婚約者がいた。俗に言う、政略結婚っていうやつ。それを片付けないと何も始められないと思った。暫らく会えなかった時、あっただろ?」 そういえば以前、忙しいから会えなくなるって言われた。 「その時に周りの人間に、俺は結婚しないって言った。婚約者にもそう伝えた」 「でも…」 そう。まだ片付いていない事がある。昨日の女の人のこと。 「涼次昨日、新宿にいたでしょ?綺麗な女の人と」 まさか俺が、そんな事を知っているとは思わなかったんだろう。涼次は目を見開いて、俺を凝視した。 「偶然、見たんだ…」 「その人が婚約者だった人だ。昨日で最後だからって言うことで、彼女の買い物に付き合ったんだ」 涼次の口から語られるいろんな事実。俺はその言葉を聞き逃すまいと、一字一句懸命に訊いていた。 「渉が俺のことを、そんな風に思ってくれているなんて思っていなかった。だからこのままでいいだろうと、思ってたんだ」 「涼次…」 「俺なりにどうすれば一番いいのか、ずっと考えてた。なかなか答えが出なくて、ここまで来てしまったけど」 俺は堪らなくなって、涙を零した。だってそこまで涼次が俺のことを考えてくれてたなんて、思いもしなかった。 馬鹿だ、俺。何もわかってなくて、涼次を苦しめてた。だた自分の気持ちのことばかり考えて、涼次のことなんて考えなかった。 「俺は涼次がどうして俺を抱いたのか、わからなかった。毎回お金くれたし、きっと涼次とは金だけの繋がりしかないんじゃないかって、ずっと思ってた…」 「金を渡したのは、渉を手放したくなかったからだ。そうすればずっと俺と会ってくれると思ったからな」 静かな部屋には涼次と俺の呼吸の音しかしていなかった。 「でもそれがお前を苦しめる原因になったんだな。ごめんな…」 饒舌な涼次なんて涼次らしくないけど、かっこいい所は変わらない。綺麗過ぎる顔で囁かれる言葉が、俺の心を癒していった。もうどこにも傷なんてない。涼次がすべて癒してくれた。 「俺もいけなかったんだ。傷つくのを恐れて、涼次に本心を何も言わなかった。いろいろ話したけど、肝心な事は涼次に伝えなかった…」 さらに抱き寄せられて、涼次の唇が俺の唇を覆った。気持ちを伝え合って、心も身体も軽くなった。 俺の身体は涼次を求めている。 身体の奥底から熱が噴き出し、抱かれたがっている。 「抱いて…、涼次。もっと涼次が欲しい」 俺は素直に気持ちを口にする。だって言葉が足りないばっかりに、俺達は遠回りをしてしまった。もっと言いたいことを言い合って、求め合っていれば、もっと早く俺は幸せになれていたんだ。 「渉…」 艶笑する涼次の顔は、今まで以上に綺麗で、くらくらしてしまう。その顔に手を伸ばし、頬を撫でた。 「綺麗だね、涼次」 「渉の方がもっと綺麗だよ」 額にかかっていた髪を掻き上げられ、俺達は見つめあった。 「好きだ、渉……。愛してる」 大嫌いだった『好きだ』っていう言葉と『愛してる』っていう言葉が、今、大好きに変わった。涼次の口から囁かれるから、もっとその言葉も欲しくなる。 「もっと言って、好きって。まだ…、足りない」 「好きだよ。好きだ。愛してる。渉、ずっと愛してる…」 「涼次…。大好き!」 俺は涼次を激しく求めた。やっとお互いの気持ちを打ち明けあって、心も体も繋がる事が出来た。それが堪らなく嬉しかった。 「りょ…じ…もっ…と」 「渉…」 「もっ…と奥までっ…!!」 涼次は俺の腰を引き寄せ、ぐっと腰を押し付けてきた。身体の奥深くに涼次を感じる事が出来る。 俺の身体の中に涼次がいる。 「っ…あぁあっ…はぁ…っ…」 「渉……愛してる…」 耳元に囁かれた言葉が、俺の心に染み渡る。涼次と繋がっている部分から、淫靡な音が聞こえてくる。 もう迷わない。 何があっても涼次に付いていくんだ。 身体も心も深く繋がる事が出来たんだ。 俺の心はもう揺るがない。 翌日は学校を休んで、家で寛いだ。そして次の日、学校へ行き、一哉に全部話した。 「そうか…。よかったな」 一哉は嬉しそうに、俺を見ていた。 「ありがとな、一哉。いろいろ迷惑かけたけど、もう俺は大丈夫だから。涼次と幸せになるから」 「すごい奴だよな、お前は。まだ高校生なのに、そんな真剣に人を好きになって、幸せになっちまうんだモンな」 「普通いねえよな、こんな奴」 一哉と俺は顔を見合わせ、同時に笑いあった。 「そういや昨日聞いたんだけどさ。森下先輩、結婚したんだってさ。子供も出来たって」 「そっか…」 これでやっと俺の恋が一つ片付いた。今はまた新しい恋をしている。先輩みたいに結婚も子供も出来ないけど、涼次がいてくれれば俺は幸せだからそれでいい。 屋上から見上げた空には雲一つない、いい天気。今日は放課後、涼次と一緒にドライブに行く。NSXの助手席に座って、涼次といろんな道を走るんだ。行き先を決めない、果てしないドライブ。まるで俺たちの恋みたいに、道路がなくても涼次と一緒なら平気。 きっとどこまでも走って行けるから。
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