やっと自分の気持ちに気づいたけど、それは良くなかったように思う。だって気づいたと同時に失恋が決まってるなんて、辛すぎるよ。
俺は強い人間じゃない。何かにぶつかると必ず落ち込んでしまう。どんなに強がって見せたってしっかり一哉にもばれてしまう。
どうすればいいのかわからないけど、涼次との関係は止められない。
俺はまた馬鹿な恋をした。これからどうしようもない思いを抱えて、涼次と平気な顔して会わなくてはならない。そんな事、俺に出来るだろうか。涼次みたくポーカーフェイスなら良かった。そしたら誰も気付かない。
あれから、また涼次から連絡が頻繁に来るようになった。学校にいる時に携帯が鳴り、会う約束をする。
今まで携帯が鳴る事は楽しみだったけど、最近は苦痛の方が多い。
ただ会うだけならいい。
でもそうじゃないから辛い。
誰かに助けを求めたいけど、そんな事出来ない。
今日もまた、涼次と会う。会って、セックスして、金を貰って。でももう金は貰うだけで使ってない。もともとそんなに使ってなかったけど、今使ったら本当に虚しくなると思ったから、机の引出しの奥に仕舞っておいた。
いつもは長く感じる授業も、今日はあっという間に終わってしまった。
きっと外にはNSXが停まっているだろう。


久ぶりに涼次に抱かれた翌日、その日に反故にされた一哉との約束を果たすため、俺は一哉の家を訪れた。一哉の両親は共働きで、夕方まで帰ってこない。だから家には俺と一哉だけだった。
『俺の部屋に来いよ』
一哉は飲み物を用意すると、階段を上って自分の部屋に向かった。俺も後に付いて部屋に入った。すぐに一哉はその日のことを訊いてきた。
もう隠してもしょうがないと思った俺は、何も隠さず俺の気持ちを話した。一哉は頷きなから、最後まで訊いてくれた。
『一哉が言った通り、俺、好きだったんだな。涼次のこと』
最後に俺はそう言った。そんな俺を一哉は複雑そうな顔をして見てきた。何か俺を憐れんでいるような、そんな表情だった。
『お前、涼次さんに言ってないんだろう?好きだって事』
俺の話を訊いて、最初に一哉が口を開いて言った事はそれだった。
『言ってないけど…?』
『どうするつもりなんだ?今のままじゃ、言えるような状況じゃないだろう』
一哉は冷静だった。状況を大体だけど把握していて、これからどうするべきか、一緒に悩んでくれる。
頼りになる親友だ。
俺は涼次に、気持ちを伝える気なんてない。言ったら俺が惨めになるし、何より傷つきたくない。伝えて、受け入れてもらえれば何の問題もない。でも受け入れられる事はない。
俺と涼次は金と身体だけで繋がってるんだから。
それ以外は何もないんだから。
金なんか、受けとらなきゃ良かった。そしたらもっと楽だったかもしれない。こんなに苦しむことも無かった。
悪い事の堂々巡りだ。
『俺さ、涼次さんに言ってもいいと思うんだ。きっとどうにかしてくれるよ。俺にはあの人が、身体だけが目的でお前と寝てるなんて思えないんだよ』
そうだろうか。だって一度も『好きだ』なんて言ってもらってない。今まではそんな言葉、望んでなかったけど、今は違う。言って貰えたらどんなに幸せだろうか。
そんなこと有り得ないけど、願ってしまうのは人間の性。仕方ない。
『言うつもりはねえよ。このままでいいんだよ』
俺は窓の外を眺めて、晴れ渡った空を見た。
こんな天気の好い日にドライブでもしたら気持ちいいだろうな。いつも俺が座ってるNSXの助手席に座って、どこか行けたらいいな。
『よくねえだろ。お前もっと自分を大切にしろよ!』
ぼんやり空を見上げている俺に腹が立ってきたのか、一哉が声を荒げた。でも一哉はそう言うけど、どうすれば自分を大切にすることなのか、よくわからない。本当に涼次に好きだって伝えることが、俺にとって自分を大切のすることになるのだろうか。
『お前、大人だねえ。そんな事言うなんてさ。本当に十六か?』
どう答えればいいのかわからなくて、ついつい茶化してしまった。案の定一哉はムッとした顔付きで、俺を睨み付けてきた。
『ごめん…。でもこの話はもういいよ』
もう何も考えたくなくて、一哉にそう告げると、俺は入り口に向かって歩いた。
『ありがとう。話を訊いてもらっただけでもすっきりしたよ』
一哉はそんな俺をただ見ているだけだった。


「あぁっ…はあ、りょう…じ…やぁ…」
またいつもと同じ部屋で、俺は涼次に抱かれていた。
約束どおり外にNSXが停まっていて、俺は躊躇いもなく助手席に座った。一瞬だけ、涼次と視線が絡み合った。
涼次は微かに微笑んだ気がした。
「んん…、ああっ…は…はぁ…」
腰を抱き込まれて、深く突き上げられる。
「っ…わた…る」
俺の肩に、涼次の荒い呼吸を感じる。
今日はもうこれで四回目。お互いけっこう疲れていたけど、それでも求め合った。何度もイかされて、それでも節操なく涼次を求めた。涼次はそれに応えてくれた。
「はっ…い…いい…んぁ…あ…」
無意識に、乾いた唇を舐めた俺を見て、涼次がキスしてくれた。
涼次には俺が何をして欲しいのか、何でもわかってしまう。セックスしている時はとにかく無防備だから、余計悟られる。
「あっ…ああん…ふっんん…」
涼次が離れてしまわないように、脚を涼次の身体に絡めた。浮いた腰を引き寄せられ、深く涼次を咥え込む。
「あああぁっ…はっ…あぁ…」
「んっ!わた…る…っ!!」
涼次は俺の中に放った。それを感じて、俺も涼次の手の中で果てた。
さすがにぐったりしてしまい、二人でベッドの上に暫らく寝転んでいた。涼次はサイドテーブルに腕を伸ばし、煙草を銜えた。美味そうに煙を吐き出し、また口に銜えて吸う。その一連の動作を、俺はじっと見ていた。動きに無駄がなく、とても綺麗だった。
「どうした?」
俺の視線を感じたんだろう。涼次が俺の方を見て、不思議そうな顔をしていた。
「何でもないよ。ちょっと疲れちゃって…」
目を伏せて、そっと溜息をついた。
こうしてセックスの余韻に浸っていると、何だか恋人みたいに思う。今は穏やかな時間が流れていた。
ずっとこのままでいたいと切実に願った。
この静かな部屋で、涼次を独占出来たらどんなにいいだろうか。
そんな叶うはずもない、ささやかな願いさえ打ちのめされたのは、翌々日の事だった。

その日、俺は一哉と何をするわけでもなく、新宿を歩いていた。ずっと俺が元気がないのを一哉が察して、二人で気晴らしの為、学校を早退し、ぶらぶらする事にした。俺は学校にいても退屈だったから、とくに反対もしなかった。
「ったく、昼間なのに人が多いよなあ。働けっつうの」
「俺らだって人のこと言えねえじゃん。こうして学校サボって、ぶらついてんだからさ」
「まあ…、そうか」
昼の新宿にはいろいろな人がいる。働いている人もいれば、こんな昼間っからナンパに精を出す奴、俺達みたいに制服でうろついている奴、様々だ。
こんな沢山の人の中から、知っている人間を見つけるのはかなり困難だ。そうそう出来るもんじゃない。
しかし、俺の目敏さは野生並だった。
見覚えのある後姿を、人込みの中で見つけた。目立つほど高い身長に高価そうなスーツ、綺麗な茶色い髪。その人物が横を向いた。確かに涼次だった。見間違いなんかしない。
「あ…、涼次だ…」
確信すると、すぐに口を突いて出た。
「え?どこ?」
一哉が興味深そうに探す。なかなか見付からないみたいで、俺は指を指して教えてやった。
「あ、ホントだ」
涼次は腕時計を覗き、誰かを待ってるようだった。
一体誰を待ってるんだろう…?
何となく見たくなって、俺は一哉とそっと観察した。
涼次は愛車のNSXに凭れて、煙草を銜え、火を点けた。よほど待たされているんだろうか。何度も時計を見ては辺りをキョロキョロ見回し、誰かを探している。
「なあ、涼次さん、誰を待ってんだろうな」
「さあ…」
俺は涼次に視線を向けたまま、一哉に気のない返事を返した。
「涼次さんさ、仕事は大丈夫なのかなあ。こんなトコにいるのが仕事じゃないだろ?」
「知らねえよ」
「変だよなあ。ホントに何してんだろ?」
「少しは黙ってろよ」
「ごめん…」
ついキツイ言い方をしてしまい、俺はすぐに後悔した。一哉は何も悪くないのに、八つ当たりしてしまった。涼次の事を知らなさ過ぎる自分にイライラして、一哉も巻き込んで…。
「俺の方こそごめん…。ちょっと苛ついててさ…。ごめん…」
「いいよ。気にするな」
一哉は笑って俺を許してくれた。一哉はこんな俺を見捨てない。そんな一哉の優しさが、今の俺にはとても嬉しかった。
「それよりさ、声かけたらいいんじゃねえの?」
「えっ!?」
「だってずっとここにいても埒、明かないじゃん」
「そりゃそうだけど…」
でももし仕事で、大切な用事があってここにいたんなら、涼次の邪魔をしてしまう事になる。それだけはしたくない。
「悪いけど、もう少しだけ見てていいか?あと十分して、誰も来なかったら、もう行こうぜ」
「いいよ。来るまで見てたっていいよ」
「サンキュ…」
一哉は身体も大きいけど、心も大きい。一哉と出会えてよかった。一哉がいなかったら、俺きっとダメになってた。
先輩との時だって、話を訊いてくれたし、今は涼次のことで真剣に相談にのってくれる。何があっても俺の味方でいてくれる…。
「ちょっと煙草、吸っていい?」
「何、今更俺に気、使ってんだよ」
「それもそうだな…」
一哉は苦笑して、煙草を吸い始めた。
そして俺がまた涼次に視線を向けたとき、待ち人がやって来た。
それは……。
綺麗な女の人だった。
「涼次…」
俺は瞬き一つ出来なかった。
茫然としてしまい、一哉に肩を揺らされるまで、動く事が出来なかった。
俺の全身を絶望が襲った。
涼次はその人を助手席に乗せた。
そこはいつも俺が座っていた場所。
涼次が煙草を吸うから、空気を入れ替えるために窓を開けたり、ぼんやり景色を眺めたり、涼次の運転する姿を見たり、俺が涼次に向かって話したり、車を降りる時にたまにだけど身を乗り出してキスされた場所…。
そこに俺じゃない、別の人が乗っている。その事実は俺を打ち砕き、悲しみのどん底へ突き落とした。
「渉…。ほら、きっと会社の人だよ。取引先のお嬢さんとか。涼次さん、社長だから、そういう付き合うもしなくちゃいけないんだよ。きっと」
一哉は懸命に慰めようとしてくれたけど、今の俺には何の効果もない。
「ごめん…。俺、帰るよ…」
俺は涼次達がいる方と反対方向へ歩き出した。
「ちょっと待って!」
慌てて一哉が俺の後を追ってきた。
「涼次さんに、ちゃんと訊けばいいだろ。な?そうしろよ!絶対そうしろよ!」
「ありがと、一哉。でももう少し冷静にならないとダメかも…」
半泣き顔を見られたくなくて、俺は俯いてそう呟いた。
「お前、そんな顔して家に帰るつもりか?」
ぐっと顔を引き上げられ、一哉に顔を見られた。俺の目にはしっかり涙が溜まって、今にも零れそうになっているのが、自分でもわかる。
「とりあえず、俺に家に寄ってけよ」
「悪い…」
「気にするな。今度、俺に何かあったら慰めてもらうから」
「ばーか…」
一哉の悪い冗談に俺は苦笑した。
大丈夫だ。まだこうして笑う事が出来る。今度涼次から連絡が来ても、きっと普通に接する事が出来る。確かめる事も出来るかもしれない。
心にまた深い傷を負ったけど、いつかはこの傷も癒えるのだろうか。前みたく、また誰かを好きになって、癒されていくんだろうか。
少し、自信がない。
今回の傷はけっこう深いから。涼次を本気で愛した分だけ、血が流れてるから。

翌日、思った通り涼次から連絡がきた。訊けるかな、あの女の人の事。
俺はまだ、何もわからない…。