俺は中学二年の時、二つ年上の高校生と付き合っていた。その人は男だった。それまで女しか恋愛対象に考えてなかった俺は、戸惑いもあったけど、その人の事が本当に好きだったから気にしなかった。 ただ純粋にその人が好きだった。 その人の名前は森下稔彦。同じ中学の先輩だった。 よく二人で遊んだり、悪戯したりしていた。仲のいい先輩と後輩だった。 卒業式の日、俺は先輩に呼び出され告白された。ずっとかわいがって貰っていて、俺も密かに好きだった。だから告白された時は本当に嬉しかった。即オーケーして、付き合い出した。 先輩は高校生になってしまって、なかなか会えなかったけど、休みの日はデートして、いろんな所に行った。遊園地にも行ったし、公園や、ゲームセンターにも行った。二人だけでスノーボードに行ったこともあった。 本当に幸せだった。 何度も『愛してる』とか『好きだよ』って言ってくれた。 その度に俺はどんどん先輩を好きになり、もう他は何も見えなかった。何度も抱き締めてもらったし、何度もキスした。 先輩とセックスしようとした事も何度もあった。でも結局上手くいかなくて、最後までした事は無かったけど、それでも俺はよかった。先輩と一緒にいられるだけで幸せだったから。ずっとそのままの時間があると思ってた。先輩の横にいるのは俺だけだって、純粋に信じていた。 ────でも、違った。──── 先輩は中学の時、すごく人気があった。たくさんの女に告白されてたし、友達もたくさんいた。その度に断ってたみたいだった。今から思うと俺が好きだったからなのかもしれない。 あれだけ俺を好きでいたくれた先輩が、高校に入って暫らくたった時、浮気した。 しかも女と。 俺はショックで何も手がつかなかった。激しい喧嘩をしたけど、最後に俺が折れて、浮気の事は許した。だって許さないと先輩と別れる事になると思ったから。好きだから仕方なかった。 それから俺は先輩の事を束縛するようになった。毎日何度も携帯に電話して、毎日のように会いに行った。 先輩は優しく俺を受け止めてくれていた。 だから俺はまだ幸せだった。先輩も俺のことが好きなんだって信じられた。 でも先輩の浮気は止まらなかった。 ある日、俺は浮気の現場を目撃した。女とキスしてるところを見てしまったのだ。もちろんそのあとは大喧嘩。俺の心はもう傷だらけで、修復の余地なんて無かった。 一年と三十五日。俺の恋は終わった。 先輩との恋は俺なりに真剣で、すべて先輩にあげてもいいと思ってた。 そのとき俺は十五歳。 それから誰も愛せなくなった。あまりに真剣過ぎて、信じていた事を裏切られた心は癒される事無く、中学を卒業し、高校に入った。 一哉に話したのは卒業間近で、すでに別れた後だった。付き合っていたときに話さなかったのは、先輩からそう言われたからだった。幸せだという気持ちも、悲しいという気持ちも誰にも話さなかった。 一哉は俺を慰めてくれたけど、心が癒される事はなかった。 すべてどうでもよかった俺は、自棄になっていた。無茶して病院に運ばれた事もあった。そんな状態のまま、涼次に出会った。 俺が雨の中、傘もささずぼんやり歩いていたら声をかけられた。 『そのままじゃ風邪引く。ついて来い』 たった一言そう言って、俺を車の助手席に乗せた。俺は何も抵抗しなかった。誘拐されるとか、悪戯されるとか、そんな事考えもしなかった。俺は腕を引かれるまま車に乗り、連れて行かれたのはそれから頻繁に使うようになったホテルだった。 涼次は最初から優しかった。動こうとしない俺の服を脱がせ、バスムールに放り込まれた。涼次からは欲望の欠片も感じられなかったから、俺は安心できたのかもしれない。 バスムールから出てきた俺は、ただじっと涼次を見ていた。 綺麗な男だと思った。その時から琥珀色の瞳が気に入った。 何もしない俺の髪を煙草を咥えたまま拭いてくれて、ソファに座らされた。温かいミルクを飲ませてくれたりと、俺の世話をしてくれた。 『何でそんなに優しくしてくれるの?』 最初に俺が話したことはそれだった。名前を訊いた訳じゃなく、素朴な疑問だった。 『何でだろうな』 無表情のままだったけど、その一言が俺は嬉しかった。こんな訳のわからない高校生を拾ってくれて、世話を焼く涼次。綺麗な顔をしているだけに、何だか滑稽だった。 『服が乾いたら送ってやる』 涼次は俺から離れて、煙草を買いに部屋を出た。 俺はその時初めて、自分がどういう部屋にいるのか気付いた。扉がたくさんあって、机にはフルーツまで置いてある。すごい人に拾われたんだってわかった。 部屋に帰ってきた涼次から、俺は少しだけ涼次について訊いた。名前と仕事、年齢。それに涼次は答えてくれた。 たくさん話したわけじゃない。涼次は無口だったから、俺が一方的に話しただけ。素っ気無い返事が返って来たけど、真剣に俺の話を訊いてくれた。俺は自分から先輩との事を話した。涼次は男とそんな事があった俺を、軽蔑もしなかったし、蔑んだ目で見た事も無かった。 『馬鹿だろ?俺。そんな事で傷ついてさ』 自嘲気味に言った俺を、涼次はそっと抱きしめてくれた。それまで先輩の事で泣かなかった俺は、涼次に優しくされて初めて泣いた。馬鹿みたいに泣く俺を、涼次はずっと背中を撫でて慰めてくれた。 その時は、見ず知らずの涼次の前なら、強からずにいられるから泣けたんだと思ってた。一哉にも傷ついてない振りをして強がった。 涼次からはコロンのいい香りがしていた。 『もう大丈夫か?』 そう訊かれて俺は頷いた。 『じゃあ着替えろ。送ってやるから』 鍵を持って入り口に向かう涼次を、俺は咄嗟に引き留めた。高そうなスーツの裾を掴んで放さなかった。 『どうした?』 嫌な顔一つせず、俺の顔を覗き込んできた。 『もう少し一緒にいていい?』 俺は俯きながらそう呟いた。涼次は何も言わず俺の腕を掴んで、部屋へと戻った。 その日、俺は涼次に抱かれた。誘ったのは俺の方だった。どうして涼次が俺を抱いたかなんてわからない。でも緊張する俺を優しいキスで落ち着かせてくれた。 痛かったけど、嫌じゃなかった。 帰る時、涼次は俺に金を差し出した。どうしてなのか、これもわからなかった。だから俺は何も考えず、受け取った。 それから何度も会うようになった。 携帯を貰って、涼次からの連絡を待つ。 それは知らないうちに俺の楽しみになっていた。 「おい!渉!どうした?急に黙り込んで」 学校の昼休み。弁当を食べ終わって俺は考え事をしていた俺に、一哉が声をかけてきた。 「ちょっと考え事してたんだよ」 俺は涼次のことをずっと考えていた。出会った日から、最後に会った日までの事全部。今まで考えもしなかったけど、どの時間も楽しかった。何をしていても俺は笑っていたような気がする。 「涼次さんの事だろ?」 一哉はいつも鋭く俺の考えている事を当ててしまう。そこがたまに癇に障る事がある。俺が否定も肯定もしないでいると、一哉は俺の机の目の前に座り、顔を近づけてきた。 「何だよ?」 「お前、一人で考え込むなよ。そこがお前の悪いとこだ。俺だけには何でも言えよ。森下先輩の時だって、お前一人で苦しんでたんだろ?別れてからすべて話されて、俺ほんと言うとショックだったんだぜ?」 「一哉…」 俺は一哉を裏切っているんだろうか。肝心な事を何も話していないかもしれない。やっぱり一哉を裏切ってるんだ…。 「今日、帰りお前の家に行っていい?そこで話、訊いてよ」 「おお。全て話せよ?」 「わかってる」 一哉に俺の思いを全て話したら、何かわかるだろうか。わからなくても、このもやもやした気持ちはすっきりするかもしれない。 「とりあえずは元気出せよ?」 「元気だよ」 俺は苦笑するしかない。 涼次から連絡がなくなってから、俺は元気がないようだ。自分では気付かなかったけど、周りの奴らにそう言われる。 それから暫らく、俺は一哉と他愛も無い事を話していた。もうすぐ休み時間も終わりだという頃、暫らく使われていなかった携帯が震えた。慌てて取り出すと、着信していた。 「もしもし?」 俺はいつになくドキドキしていた。淡い期待が胸に広がる。 『渉。俺だ』 電話の向こうから聞こえてきたのは、心地よく耳を通る涼次の声だった。 「涼次…?」 誰かわかっていたけど、確認してしまった。 『ああ、そうだ。久ぶりだな』 「うん…」 『今日の放課後、迎えに行く。大丈夫だろ?』 大丈夫じゃない。ついさっき、一哉の家に行くって約束したばかりだ。だから俺はまだ目の前にいた一哉を見た。一哉は電話の相手が涼次だって事に気付いたみたいで、口ぱくで『行け』って合図した。 「大丈夫。うん。いつものところで待ってる。うん…。うん…」 涼次は言いたいことだけ俺に言って、一方的に切ってしまった。何だか急いでいるみたいだった。この時間はまだ会社のはずだ。仕事が忙しいのだろうか。 「良かったな。今日会うんだろ?涼次さんに」 まだ携帯を眺めている俺を、一哉は嬉しそうな声を出して見てきた。 「お前、今自分の顔見てみろよ。嬉しそうな顔してるぜ?」 「え?」 俺は動揺し、危うく携帯を落とすところだった。 そんなに嬉しそうなのか?俺。 たかが涼次に会うだけなのに。 そりゃ久ぶりだけど、今までと変わらない事なのに。 「話訊くのはいつだっていいからさ。今日、涼次さんに会えばわかる事もあるんじゃないか?」 「そうだね…」 俺は早く放課後が来て欲しいと思った。 だらだらと授業を受けて、放課後になった。そっと窓の外を見ると、暫らく見ることの無かったNSXが停まっていた。 (涼次…) ここからは見えないけど、きっと煙草を吸って俺を待ってるんだ。車中に煙が充満していて、なかなか匂いが無くならなくて。だから俺は窓を開けて空気を入れかえるんだ。 俺が外を見ていると、知らないうちに先生が帰っていき、教室からクラスの奴らも出ていく。 「何ボーっとしてんだよ。早く行けよ。涼次さん、もう来てんだろ?」 椅子から立ち上がらない俺を不審に思ったのか、一哉が俺の椅子を退いた。 「来てるよ。じゃあ俺行くから」 「行って来いよ」 一哉が見送る中、俺は急いで階段を降り、NSXに駆け寄った。 「涼次!」 「どうした?そんなに息を切らせて」 相変わらず無表情だけど、涼次の顔だから安心できる。 「行くぞ」 ぼんやり涼次の顔を見ていたが、急いで後ろを回って助手席に乗り込んだ。この座り心地も懐かしかった。 俺と涼次は、楽しそうに話しながら帰る生徒の間を通り抜けて、ホテルへ向かった。車の中では、やはり俺が話すだけだったけど、涼次は何も言わずずっと訊いていてくれた。 ホテルまでの道程は今までと変わらない筈なのに、何故だか今日は短く感じた。 部屋に着き、俺はすぐにバスルームに入った。綺麗に体を洗って、バスローブを着込み涼次の前に立った。 涼次はどんな時ときも必ずシャワーは浴びていた。風呂が好きらしく、いつもなかなか出てこない。 でも今日は違っていた。涼次はシャワーも浴びず、俺を抱きしめ、キスをしてきた。どこか切羽詰っていたように感じた。 「涼次…?」 唇が離れ、俺は涼次の顔を覗き込んだ。 「ごめん…」 そう言った涼次の顔が、少しだけ赤かった。 もしかして、照れてる…? 「どうして謝るの?」 「いや、出てきた早々こんな事したから」 「別にいいよ、そんな事」 俺はまだ仄かに赤い顔をしている涼次の顔を眺めた。涼次も俺を見ていたが、それも長くはなく、俺の頭を撫でてからバスルームに向かった。 どうしよう…。 俺、緊張してる。 これから涼次に抱かれるんだって思うと、どうしようもなく緊張する。こんな事初めてだ。 涼次がバスムールから出てくるのをじっと待っていた。ここのベッドはやっぱり心地良かった。 このベッドの上で何度も涼次に抱かれた。抱きしめてもらって、キスして、愛撫され、貫かれた。もう数え切れないくらいだ。 一体どれだけの時間を、涼次とここで過ごしただろう。 セックスし終わった後も、俺はここでごろごろ転がっている。涼次は何も言わず、そんな俺を見ている。いつもその視線が恥ずかしくて照れてしまう。 涼次がバスルームに行ってもう三十分以上経つ。今日はまた一段と長い。だから俺は退屈になってベッドに転がった。 次第の俺は眠くなってしまった。涼次がいつまでも待たせるからいけないんだ。 気付いた時、俺はしっかり布団の中で寝ていた。丁寧に掛け布団まで掛けてあった。 「ん…。あれ?涼次…?」 俺は布団から這い出て、涼次を探した。涼次は隣の部屋で煙草を吸いながら、テレビを見ていた。 「ごめん、涼次。俺寝ちゃったみたい。起こしてくれればよかったのに」 「気持ちよさそうに寝てたから」 「涼次…」 ソファに座ったまま、涼次は俺を見上げた。そんな涼次の優しさが嬉しかった。 本当に俺は今まで涼次と心の篭っていないセックスをしていたのだろうか。 俺に心は篭ってなかったのだろうか。 もしかしたら知らない間に涼次を好きになっていたのかもしれない。 だって今、こんなに涼次を愛しく思う。 抱きしめて貰いたくなる。 俺は何も言わず、涼次の腕を掴んでベッドルームに向かった。そして初めて、俺からキスした。 「渉…?」 「涼次、早くしよ?」 首に両手を絡めて、引き寄せた。涼次は驚いた顔をしていて、かわいかった。 「おい!!」 涼次は咄嗟に両手を俺の脇に置いて、身体を支えた。 「しようよ。ね?」 きっと今日抱かれたら辛くなるってわかっていた。好きな人と金で繋がっているのはやっぱり哀しい。でも、ここで止めてしまったら俺と涼次の関係が終わってしまう。その方が辛かった。 やっと気付いたから。 一哉にも言われて、俺も考えてやっとわかった。 俺は涼次が好きなんだ。 涼次に会って、安心した。そこでもう気づくべきだったんだ。 でも、涼次には言えない。言ったら俺がもっと辛くなる。報われないってわかっているのに言うなんて俺には出来ない。傷つくのが怖いから。また、あんな気持ちになるのはごめんだ。 「渉、何かあったのか?」 不審に思ったのか、涼次はそう尋ねてきた。 言ってしまえたらどんなに楽だろうか。 好きだって言えたら…。 「何もないよ。ねえ、早く!」 涼次はまだ疑うような顔つきをしていたが、俺はキスをして誤魔化した。 絶対に気づかれちゃいけない。 涼次にだけは何としても。 「渉…」 唇を近づけてきたので、目を瞑った。涼次はもう何も訊かない。 舌を絡めあって、激しく口付ける。涼次が俺の口を舌で犯す。だんだん息が上がって苦しくなってきたが、離したくなかった。 涼次の手が俺の身体を這いまわる。 胸を弄られて、身体が跳ねた。快感が俺を覆う。 「あぁん…っ…あぁ…りょう…じ」 「渉、気持ちいいか?」 「う…ん…っ…ああ…はぁ…」 ゆっくりバスローブを脱がされ、涼次に俺の全てを曝す。何度も見られた事あるのに恥ずかしかった。 俺の腿に涼次の手が滑り込んだ。 「んっ…ああ…」 ぞくぞくした感覚が俺の背筋を突き抜ける。 「はぁ…ああ…んん…」 俺のものはすでに勃ち上がり、涼次に触ってもらいたそうにしている。それに気づいたのか、大きな掌が俺を包み込んだ。上下に擦られ、先端から雫が溢れ出した。 「ああ…っ…ふっん…」 止めど無く、俺の口から喘ぎが洩れる。すぐに俺は限界を向かえ、涼次の手を濡らした。涼次はそのまま後ろに手を移し、蕾に指を挿し入れた。 暫らく抱かれてなかったから、多少痛みがあったけど、そんなのは我慢できるほどだ。 「うっ…んんん…あぁ」 何度も抜き挿しされ、痛みも感じなくなった頃、涼次がゆっくり押し入ってきた。 「あぁあっ…ああ…んん…」 「大丈夫か?痛そうだけど…」 「いた…く…ない…」 俺は涼次に掴り、揺さぶられた。涼次のリズムにあわせて、俺も腰を遣った。 涼次の重みを感じながら俺は涙が出てきた。いつまでこうしていられるんだろうか。涼次を受け入れて、揺さぶられて、熱い飛沫を感じて…。 ぼやけた視界に涼次の顔が映った。涼次はそっと俺の涙を舐めて消してくれた。 ねえ、涼次、そんなに優しくしないで。 俺、馬鹿だから勘違いしちゃうよ。 この行為に、涼次も心が篭ってるんだって思ってしまう。 俺はもう傷つきたくないから。 突き上げられて、身体の奥に涼次の放った体液を感じた。 この感じかとても懐かしく思えた。 |
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