馴染み深い鐘がなり、クラスの奴らが慌しく帰っていく。俺はその光景を見送ってから、窓の外を眺めた。
そこにはいつもの通り、真っ赤なHONDAのNSXが停まっている。
側を通り抜ける奴らは、羨ましそうに眺めていく。
1000万円はするHONDAのNSXは、高校の門前という場違いなところではかなり浮いた存在だ。
「もう来てたんだ…」
俺はその真っ赤な車を眺めながら、誰に訊かせるとも無しに呟いた。
この春、無事に高校二年になった俺、宮下渉には、立派にパトロンがいる。週に数回、放課後その男と寝て、こずかいを貰っている。
そんな事は別段、奇異な事でもなんでもない。クラスの女達だって、援交という名の売春をして、こずかいを稼いでいる。
それと同じだ。
ただ違うのは相手が同性ってなだけだ。
俺はそれを少し自慢に思っている。周りの奴らが当然のように女と付き合って、女を抱いて喜んでいる。俺だけが男と付き合って、男に抱かれているというのは、周りの奴と違うんだって気がして得意になる。
だってそうだろ?
きっと男の味を知っている奴なんていない。
女が嫌いなわけではない。ただ、口煩くて、すぐヒステリーを起こすから付き合おうとは思わない。
それに男とヤル快感を知った今、もう女を抱こうなんて思わない。
俺は急いでその車に向かった。
いつから待っていたのか、灰皿には十本近い煙草の吸殻が転がっていた。
「涼次、ごめん。遅くなった」
「いいよ。早く乗って」
窓から覗き込んで、運転席に座る男を見た。相変わらず端整な顔をしていて、表情はほとんど変わらない。涼しい目元にある、琥珀色の瞳が俺を捕らえた。
その瞳は俺のお気に入りだ。吸い込まれそうな瞳は、とても魅力的だ。
「行こうか」
相変わらずのポーカーフェイスで俺にそう告げると、まだ仄かに煙草の匂いが残る車を走らせた。

俺達が向かったのは高く聳え立つ立派なホテル。すっかり行き慣れた場所だ。
そこはけっこう有名なホテルで、フロントは広くて、部屋は八十近くもある。最初ここに連れてこられた時は、さすがにたじろいだ。高校生が入るような場所ではない気がしたからだ。
「渉。いつもの部屋でいいだろ?」
「いいよ」
いつもの部屋っていうのはもちろんスウィート。最上階にあり、辺り一面のビルを見渡せる。
「行くぞ」
チェックインを済ませた涼次が先だってエレベーターに乗り込んだ。俺は置いて行かれないように、急いで涼次が待っているエレベーターに乗った。
いつもこの瞬間、不思議な気持ちになる。
俺達は一体どんな関係なんだろう。
確かに俺は涼次と寝て、金を貰っている。だから恋人でも、もちろん兄弟でもない関係。身体だけのクールな関係のように思うけど、でもそれだけじゃない気がする。
俺は涼次をどう思ってるんだろう?
そして涼次は?
俺のこと、どう思いながら抱いてるんだろう。
『好きだ』とか『愛してる』なんて言葉は言われたことない。
俺だって訊きたくない。
そんな陳腐な言葉。
恋愛なんて真っ平だ。誰かを真剣に愛するなんて、もう俺には出来ない。まだ十六でそんなことを言うのは哀しい気もするけれど、誰も愛せないんだから仕方ない。
「どうした?そんな顔して」
変わらない表情のまま、涼次は俺を覗き込んだ。考え事をしていた俺は、目の前にある綺麗な顔に驚いて後退ってしまった。
「あ、何でもない」
ほんとに綺麗な顔してるな、涼次は。
どうして俺なんかを抱いてるんだろう?相手なら幾らだっていそうなもんなのに。
見慣れた部屋の前で涼次がキーで鍵を開けるのを待ってる。最初はこの時が一番緊張したけど、今ではもう緊張なんてしない。
これからやることに期待をするほどだ。
「先にシャワー浴びろ」
広い部屋のどこにバスルームがあるかは、もうわかりきっている。一緒にシャワーを浴びたことはない。
いつだって一人だ。
「うん。わかった」
煙草に火を点けている涼次を一瞥してから、俺はバスルームに向かった。
綺麗なバスタブにたっぷりと湯を張って、身体を暖めた。適温に張った湯は気持ちがよくて、このまま眠ってしまいそうだ。
「はあ…」
あまりの気持ちよさに吐息が洩れる。
今日は無性に抱かれたい気持ちが強い。理由なんてないけれど、涼次に抱きしめられたい気がした。涼次もそうだとは限らないけど、そんなこと気にしていたら、こんな関係は続けられない。
だから心地好かったバスタブを出て、さっさと身体を洗った。
「涼次も行ってきなよ」
湿った髪をタオルで拭きながら、難しそうな顔で酒を煽っている涼次に声をかけた。
「ああ」
たった一言を残し、バスルームに消えた。俺の横を通り過ぎるとき、ポンッと子供にするように頭に手を乗せた。
冷たいくせに、たまにこうして優しくする。だから余計涼次のことがわからない。
バスローブ一枚の涼次が、煙草を咥えて俺に近づいてきた。
「煙草、吸い過ぎだよ。そんなに美味いの?」
「どうかな」
俺は涼次から煙草を奪って、そっと息を吸い、紫煙を肺に入れてみた。
「ゴホッ!ゴホッゴホッ」
まずいし苦い。
「無理するな。大丈夫か?」
「何とか。よくこんなもの吸えるね」
再び涼次の唇に煙草を戻した。しかし涼次は一口それを吸っただけで灰皿に揉み消すと、俺に唇を重ねてきた。
「苦い。涼次の口」
「少しくらい我慢しろ」
腰に腕を回して、抱き寄せられた。
乱暴そうだけど、優しい。そんな涼次の愛撫が始まった。
広いベッドに倒されて、バスローブを剥ぎ取られる。生暖かい舌が、俺の肌をゆっくりと這っていく。
首筋、耳たぶ、鎖骨、また首筋…
「んん…っ…あっ…りょ…じ」
男との行為に慣れた俺の身体は、早くも疼いてきた。腰の辺りが中途半端な刺激に、ムズムズと蠢く。
「ああ…ん…はあ…」
もっと刺激が欲しくて、涼次の熱くなったものに手を伸ばした。
「渉…」
「早く…。っ…あぁ…」
「まだ無理だよ。もっと濡らさないと」
焦れた俺は、上体を起こして涼次を押し倒し、口を下肢に近づけた。俺と同様、涼次のものも熱く、昂ぶっていた。
「んっ…」
そっと握って手を上下に動かした。
こうする時、いつもはクールな涼次の顔が快感に歪む。それが何だか嬉しくて、愛撫にも力が入る。
「涼次、気持ちいい?」
「ああ」
先走りに濡れ始めた手の中のものを、口に含んだ。
煙草とは違う苦味が、口の中に広がる。
「んん…わた…る」
口の中で怒張してくる涼次のものの先端を舌先で舐め回す。
「もういいから、来いよ」
まだ口に含んで、舐めたり擦ったりしていたけど、涼次に腕を掴んで引き上げられた。
「涼次…」
自分でも驚くくらい、甘い声が洩れた。涼次は俺をまた押し倒し、覆い被さってきた。
決して重すぎない、この感じが何故だか安心できて好きだ。
「ねえ、早くしよ?」
俺は涼次の首に腕を巻きつけて、甘ったるく誘った。涼次は俺の誘い乗って、体中に愛撫をしてきた。
「ああ…っ…りょ…うじ…」
息が上がるくらい激しいキスをしてから、涼次を受け入れるところに舌を這わせて、舐められた。
ゆっくり丁寧にしてくれるから、俺は痛みを感じずに、受け入れることが出来る。
「あぁっ…あぁ…」
熱いものがあてがわれ、涼次がゆっくり入ってきた。
さっきヒクつくほどほぐしてくれたから、もちろん痛みはない。
「はっ…あぁ…ああ…りょ…じ」
激しく突き上げられ、もう何も考えられなくなる。
俺は涼次の背中に腕を回し、しがみ付いていた。
「あぁあっ…んん…ああっ」
俺のものは涼次の手の中で限界を向かえた。
弾けたと同時に、体の奥に熱い飛沫を感じた。



目を開けると、見慣れた天井が視界に入ってきた。
「あれ…?俺…」
「少しだけ気を失ってたんだよ」
「そう…」
涼次はベッドボードに凭れて、煙草を吸っていた。俺も起き上がって煙草を奪い、不審そうに見てきた涼次に口付けた。
やっぱり苦い。
「一回だけでいいの?」
煙草を涼次の口に戻しながら、再び誘う。
涼次はまじまじと俺を見つめてきた。(そんなに驚かなくても…)
こんな関係を続けてもう半年近くなるけど、嫌だと思ったことは不思議なことに、一度も無かった。
初めて抱かれた時でさえ、痛い思いはしたけれど、嫌だなんて思わなかった。
それはきっと涼次の顔の所為だと思う。
綺麗すぎる顔は、男の俺が見ても見惚れるくらいだ。この顔で迫られたら、誰も拒めないだろう。
「今日、ずっと難しい顔してるね」
仕事で何かあったんだろうか。
涼次はまだ二十七だ。しかし立派に会社を切り盛りする、社長なのだ。
だから俺みたいな情人を作ることが出来る。
俺の他にこういう情人がいるかどうか知らないけど、少なくても俺は月に三十万近く貰っている。つくづく金持ちだと思う。
このホテルだって、涼次は会員に入っている。だからここを使うんだけど。
「そんな事ない」
無表情のままそう言うと、煙草を消して俺を押し倒してきた。
「やる気になった?」
何の抵抗もしないで、素直に従う。
せっかくやる気になってくれたのに、拒む理由なんてない。
「涼次、早く!」
自分から脚を開いて、涼次を受け入れた。
「はっ…ああっ…っ…はあ」
腰を引き寄せられ、更に深く涼次を咥え込んだ。
激しく抽送を繰り返され、俺は快感に酔いしれた。

「ほら、今日の分だ」
シャワーを浴びて、服を身に着けていると、財布から五万円を出して俺に渡してきた。
「どうも」
涼次の手から金を受け取り、自分の財布に仕舞う。
「何か欲しい物はないか?」
いつも行為が終わった後、必ずこう訊いてくる。涼次は俺の顔を覗き込んで、垂れた前髪を掻き揚げてくれた。
優しい仕草に、俺は不覚にも戸惑ってしまった。(今日の涼次はどこか変だな…)
ぼんやりと頭の中で呟いて、涼次を見上げた。
「特にないよ」
笑ってそう応えた。
俺は欲しいと言ったことが無い。欲しいものが無いわけじゃない。でも涼次から貰った金で、十分買える物ばかりだから、涼次に欲しいなんて言ったことが無い。どちらにしろ、涼次に買ってもらってる様なもんだし。
「そうか」
涼次は俺の髪をクシャッと撫でると、煙草に火を点け、俺に背を向けた。
一瞬、ほんの一瞬だったけど、涼次の顔が哀しそうになった気がした。
俺の気のせいかも知れないけど。
「送るよ。帰ろうか」
無表情で俺にそう告げて、寝室を出て行った。(気のせいだよな)
自分に言い訊かせるようにして、俺も涼次の後について部屋を出た。
涼次に愛されてるなんて思ってない。
俺はウリをやってる気は無いし、きっと涼次だって俺を買ってる気なんてないと思う。恋人でもないけど、客でもない。
やはり不思議な関係。
俺のパトロン。
心なんて篭ってない、身体の関係。
「今度はいつ?」
車の中で運転している涼次に訊いた。
会う時はいつも涼次が携帯に電話をくれる。それも涼次が俺にくれた物だけど、けっこう活用している。
「暫らくは会えない」
「どうして?」
「何かと忙しんだ、今」
「そう…」
涼次の返事に、俺は残念に思う自分に気付いた。
会えないので金が貰えないとかそういんじゃなくて、もっと別の感情だったような気がする。
寂しい、哀しい、つまらない…
一体どういう感情だっただろうか。皆目見当もつかないが、残念に思った事は確かだ。
「じゃあ連絡待ってるから」
「ああ」
後は静かに車に乗っていた。
俺は家に着くまでずっと、窓の外を眺めていた。流れる景色を見ながら、何故だか泣きたくなった。
明日もまた学校がある。
涼次と会わなくたって、いつもの通り朝が来て、俺は変わらず学校に行って、友達と馬鹿な話をする。
何も変わらない日常がやって来る。
相変わらず俺の心は空っぽだった。