最近、家にいる事が多くなった。
独りで暮らしていた時は訳もなく出歩いて、街をぶらついていた。家に独りでいると堪らなく寂しさを感じるから、好きじゃなかった。
あのアパートには温もりなんて無かった。生活に必要なものをただ並べてあるだけの、つまらない部屋。
一年近くいたけど、ついに好きになる事はなかった。
今は家が大好きだ。
窓から光が差し込み、俺とテツが暮らす部屋を照らした。
置いてある物なんて大して変わらないけど、ここには温もりと優しさが溢れている。テツが作る優しさの塊が、あちこちに置いてある。


今日は金曜日。明日は俺もテツも休みだから、夜はゆっくり出来る。
テツが帰ってくるまでにまだ少し時間があるから、掃除でもしようかな。
この部屋だけは汚したくない。
だって今の俺にはここしかないから。
ここだけが唯一の居場所。
俺は掃除機を取り出して、リビングを掃除し始めた。煩い音を立てて、部屋が綺麗になっていく。
こうしてる間に考えてるのはやっぱりテツの事。
今頃はまだ会社だろうな。
テツは俺と暮らす前は、帰りがけっこう遅かったらしい。残業したり、会社の人と飲みに行ったりして、帰ってくるのは真夜中近い事が多かったのだ。
でも今は遅い事はあまりない。
接待とか残業がある時は必ず電話してくれる。『先に寝てていいよ』って言われるけど、寝た事なんてない。
だってテツの顔を見ないと落ち着かない。
俺にはわかる。
今テツを失うような事があれば、俺は生きていけない。
ここまで人に依存したのは初めてだ。
この身体も魂もすべて、テツにあげた。失うものが無かった俺に、失うものが出来た。
それは一番大切で一番失いたくないもの。
愛してるのはテツだけ。
それ以外は何もいらない。
欲しいのはテツ、ただ一人だけ。
ずっと掃除をしていたら、俺は掃除機だけじゃ物足りなくなって、雑巾を持ってきて床拭きもした。
綺麗にしたら、きっとテツも喜んでくれる。そう思うと頑張って掃除してしまうのは、やっぱりテツが好きだから。
そうして掃除する事一時間、玄関が開く音がした。テツが帰ってきたのだ。
「ただいま、緑」
俺が走っていくと、テツがギュッと抱きしめてくれた。
「お帰りなさい」
抱きしめてくれるテツの背中に俺も腕を回して抱きついた。俺は目を瞑ってキスを待つ。
これが習慣だった。
降りてきたテツの唇が、俺の唇に触れた。一回目は軽く触れるだけのもの。二回目はテツの舌が入り込んできて、俺の口内を動き回る。
「んん…っ…はぁ…」
息が上がるくらい、激しいキス。
身体でテツを感じる事が出来て、何だか嬉しい。
「掃除、してたのか?」
テツに抱かれたまま一緒にリビングに戻ると、俺が出しっ放しにしておいた掃除機が転がっていた。
「ちょっと時間があったから…。今片付けるね」
チュッと、キスをしてテツの傍を離れた。俺は急いで掃除機を片付けて、夕ご飯を温め直した。
テツはいつも俺の料理を美味しいって言ってくれる。何を作っても本当に美味しそうに食べてくれるから、作り甲斐がある。
「テツ、好きだよ」
俺はテツを見つめて呟いた。俺の心の中に好きっていう言葉が溢れ返ってる。何度言っても足りないし、言ってないと不安になる。
「俺だって好きだよ。きっと緑より俺の方が好きだよ」
微笑んでそう言ってくれる。
だから離れられない。
また、愛しさが募った。
テツと暮らし始めてもう三ヶ月経つけど、俺はテツに甘えてばかりだ。俺、どんどん弱い人間になってる。
以前、テツがたった三日いないだけで、寂しくて涙が出てきた。
こんなんじゃダメだってわかってるけど、寂しいと思う事はどうにも出来ない。
食事を取り終った後、テツと一緒にテレビを見た。俺はテツが座ってる隣に腰を下ろした。
テツは何故かソファに座るより、下に座ってソファに凭れてる事が多かった。だから俺も付き合って、下に座っている。
ま、絨毯が敷いてあって、冷たくはないからいいけどね。
暫らく二人でテレビを見ていた。
テツはテーブルにおいてあった煙草に手を伸ばし、火を点けようとしていた。俺はそれを見て、ライターを奪って、火を点けてあげた。
「緑はダメだぞ」
俺の魂胆、バレバレだ。
俺はずっと煙草を吸ってたけど、テツと暮らし始めて、止めさせられた。身長が止まってしまうからっていう理由で、今は禁煙中だ。
でも煙が匂ってきて、吸いたくて堪らなくなる。
「テツ…、一口だけ」
口を近づけて、一口だけ吸わせてもらおうとしたけど、テツは俺の唇に煙草じゃなく、自分の唇を押し付けた。
「これで我慢しろ」
悔しいけど、嬉しかった。
キス一つで俺を言い包めてしまう。
「じゃあもう一回」
だから俺はもう一回強請った。すぐに唇が降りてきて、口の中に煙草の味が広がった。
そっと目を開けると、間近にテツの顔があって、俺はじっと見ていた。
意外と長い睫、筋が通っている鼻に、今俺と触れ合っている唇が綺麗に整っている。女にもてそうな顔だなって思う。
俺はまた目を閉じて、キスに夢中になった。
「テツ…」
唇が離れて、俺はテツを呼んだ。
「おいで」
テツは手招きして、自分の身体のあいだに俺を座らせた。そして後ろから抱きし
められた。
「なんかこういうのって照れるね…」
そっとテツの身体に凭れて、呟いた。もう夏が近づいてて少し暑いけど、でも心
地良かった。
「そうか?恋人って感じがしていいだろ?」
「そうだね」
背中にテツを感じられる。
俺の、愛しい人。
「愛してる、緑。お前だけだよ」
耳元に囁かれて、テツの方に振り返った。真剣な顔つきで俺を見ていた。
「俺にもテツだけ…。テツだけでいい」
もう何度この言葉を発しただろうか。
今まで誰も信じられなかった俺が、テツに出会って、テツと恋愛して、こうして想像もしなかったような言葉を発する。
テツとの出会いは俺のすべてを変えた。
最近は友達も出来た。バイト先の人と出掛けたこともある。
テツに、遊ぶ約束したんだ、って言ったら、俺のことなのにまるで自分の事のように喜んでくれた。
その時のテツの顔は今でも忘れられない。
表情一つ一つを心に焼き付けた。
「そういえば、緑、もうすぐ誕生日だよな」
テツに凭れてテレビを見ていたら、突然そんなことを言い出した。
憶えててくれたんだ…。
「そうだよ。十七になる」
「そっか…。その日は仕事も休みだから、二人でどこか行こうか」
「ホントに!?」
「ああ。緑が行きたいとこ、連れってやるよ」
また、楽しみが増えた。
テツと会ってから、俺はずっと幸せだ。沢山のことをテツから学んだ。
「テツ!」
俺は思いっきりテツに抱きついた。テツは受け止めてくれて、抱き返してくれた。
「どうした?急に」
顔を覗き込まれて、俺は自分から口づけた。そしてテツのシャツに手を掛けて、脱がしにかかる。
「おいっ…」
驚いたテツは俺の手を掴んで止めようとした。でも俺は構わず、脱がせる手を止めなかった。
「俺、テツの事好きだよ。俺の初恋なんだ、これが。本当は何もかもどうすればいいのかわからないけど、どうすればテツが喜んでくれるのか、いつもそればかり考えてる」
俺の脈絡のない話を、テツはじっと訊いてくれていた。
「俺はテツが抱きしめてくれたり、キスしてくれると嬉しくて泣きたくなってくるんだ。俺、テツが好きだから、抱きしめて欲しいって思うよ。テツは?そう思わないの?俺が変なのかな」
全部ボタンを外し終えたところで手を止めて、テツを見た。
「変じゃない。それが普通だよ。俺は緑がいてくれるだけで幸せだよ。これ以上何か望んだら、贅沢になるよ」
テツは俺が望んだとおり、抱きしめてキスしてくれた。
「緑、いいの?」
これからすることへの確認。テツはいつも俺の身体に気を遣って、自分を押さえつけてしまう。そんなことする必要、ないのに…。
初めて抱かれた時も、俺はテツに我慢しなくていいよって言った。でも、今でも我慢してる時がある。俺は我慢なんてして欲しくない。テツが喜んでくれることなら、何だってする。
「いいよ…」
俺が頷くと、そっと抱き上げられて、ベッドに運ばれた。


優しいキスが、俺の顔中に降ってきた。何度も啄ばむようなキスをかわし、お互いを昇めあう。
「擽ったい…」
俺の胸にテツの髪が触れて、身を捩った。テツは顔を上げ、顔を近づけてきた。
鼻先が触れ合うくらい近づけて、ふっと笑いあった。
「愛してる…」
唇を舐めながら、テツが囁いた。
「俺もだよ…」
お返しとばかりに、俺はテツの瞼に口づけた。
「かわいいな、緑は」
顔を包みこまれ、深いキスをした。舌を絡めて、テツを求めた。
テツの唇が、俺の身体のあちこちを這いまわる。
優しい、優しいテツの愛撫。
触れられて、俺自身が勃ちあがり、感じてることを主張し始めた。それを握り込まれて、声を押さえられず、短く喘いだ。
「気持ちいい?」
「うん…」
恥ずかしながらも、俺はしっかり頷いた。
だって本当にいいんだもん。気を抜くとすぐにでも達っちゃいそうなくらい、感じるもん。
好きな人にされて、感じないわけない。
俺が達きそうになると、テツは蕾に舌を滑らした。舌先で何度も突付かれ、俺は我慢できなくなってきた。知らないうちに腰が揺れてしまった。
「あぁ…っ…テツ…」
自分でもそこがヒクついているのがわかった。
「緑…」
言葉と同時にテツが入ってきた。
苦しさにうめきそうなる声を押さえ、侵入を助けるようにテツを迎え入れる。
すっかり慣れた太さのものが、俺の中を動き回る。
「あぁっ…はぁ…んん…」
「りょ…く…愛してる…愛してるよ…」
閉じていた瞳をそっと開け、近くにある愛しい顔に手を伸ばした。テツは俺の手を握り、指先にキスを落とした。
「愛してる」
もう一度囁かれ、俺は行為に没頭した。


俺にとってここは楽園だ。
他では手に入らない、宝物。
テツが傍にいる限り、俺はずっと幸せを感じられる。
テツが俺のすべてだから――



◆◇◆ END ◆◇◆

 

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