鶏頭の十四五本もありぬべし −読者の生成−  秋尾 敏

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 子規「鶏頭図」

 子規の言葉が、時代の言葉を変える力を持っていく裏には、周囲にその言葉とやりとりする言語主体が存在しなければならなかった。つまり子規には仲間がおり、また雑誌「ホトトギス」や新聞「日本」の彼の言葉を受け止める読者がいた。
 言葉の成立には、内面と他者とを必要とする。子規の内面がその言葉の生成に大きく関わっているのと同じように、子規の読者もまたその言葉の生成に大きく関わることになる。
 特に子規が提唱した客観、あるいは写生という方法は、読者がその言葉に意味が与えられているように読まなければ何の意味も無い表現なのである。

  鶏頭の十四五本もありぬべし    

 明治三十三年に詠まれたこの句を巡ってさまざまな読みが交錯する。虚子に黙殺され、茂吉に賛えられたこの句の評価は、その後もさまざまに揺れ続ける。
 この句は写生とは言えるであろうが、純粋な客観ではない。「ありぬべし」は明らかに主観である。しかもそれは言葉足りぬあいまいさを残している。「ぬべし」という推量の対象が「十四五本も」という数なのか、それとも鶏頭自体の存在性、つまり鶏頭が咲いたということ自体なのかがはっきりしない。そこにこの句の読みが定まらぬ原因がある。
 「ぬべし」を「十四五本」という数の推量であると読めば、鶏頭の存在自体は疑う余地のないものだけれど、その数が「十四五本」であろう、という意味になる。こう読めばこの句は囑目の写生句である。
 しかしこの推量が鶏頭自体の存在にも関わっているとなると、いくらでも多様な読みが出現することになる。つまり、鶏頭は今年も咲いているに違いないという推測がまずあって、そこに「それはきっと十四五本であろう」というニュアンスを付加するのである。この場合は想像による句ということになる。
 実際この句は席題で作られている。ただその場は子規庵であり、庭には鶏頭が存在した記録があるから、病床の子規に、鶏頭が見えていた可能性はある。しかしそうした事実関係はあまり問題にすべきではない。この作品の言葉をこそ読まなければなるまい。
 もし子規が庭に出ることもままならず、毎年自分の家の庭に咲く鶏頭を、今年は見に行けないのだけれど、というようなことがあって、「十四五本もありぬべし」と言ったのであれば、これは子規の状況と矛盾することなく、鶏頭の存在を推量すると言うような読みが可能になる。「いくたびも雪の深さを尋ねけり」と同じ語り口である。
 この句には、それらさまざまの意味が重なり合っている。写生とか描写という方法は、事実の切取りであるがゆえに、多様な解釈を内包してしまうものなのだ。事実というものは、さまざまな解釈を内包し、それを許容するものなのである。
 だからそれらの解釈は、矛盾することなくに同居させることさえ可能だ。例えば「よくは見えないが、昨年見たような鶏頭が、今年も同じように咲いているらしい。十四五本ほどでもあろうか。去年そうであったから、今年もやはりそのくらいが一塊になって咲いているのだろう。もはや床を離れて見に行くこともできないけれど」などということになる。
 だから現在この句に対して行われているさまざまな解釈は、どれかが正しいというのではなく、すべてがこの句の一側面を強調して読んでいるに過ぎない。読みとはそうしたものであり、それでよい。そのように読者を挑発し、解釈の冒険に旅立たせる表現こそが詩の言葉なのである。それは主体的な読者を作り出す表現といってもよい。そこでは読者は、規範的な解釈を強要されることなく、わずかな記号を掛りに、自らの想像力によって遊ぶことになる。
 だがこの句の場合、その多義性が写生によって生れているとは言い難い。解釈にとってわずかな手掛りとなるべき作者の主観がにじみ出た「ぬべし」という陳述の部分の意味が定まらないのだ。一般に言われるように、こうしたあいまいさは、表現の側の不備なのであろうか。
 たしかに短いスパンで測れば、それはあいまいさであり、言語表現としてのありかたを問われることにもなろう。
 しかし読むという行為は、それ自体が歴史を刻む。百年の後まで、これにこだわる読者を生み出し、その読みの歴史の中で意味の厚さを増していったこの句の価値は大きい。
 写生は対象を描写し、その場面の切り取り方によってモチーフやテーマを暗示する。そこで読者は言葉と言葉の関係をさまざまにとらえ、重層的な意味を形成する。そこに深さが成立していく。
 問題は、どの解釈が正しいかということではなく、この句がなぜこのように多様な解釈を導き出し、しかも問題にされ続けてきたかということである。それは客観的な描写に見えながらも意味の重層性を持ち、読者の想像力を喚起する力を持っていたからに違いない。
 「鶏頭が十四五本は咲いているだろう」と、ただそれだけのことの中に、「鶏頭」という季題のイメージ、「十四五本」という数の量感や質感、そして「ありぬべし」という叙述の不鮮明さをわずかな手がかりとして、何らかの意味の深みを嗅ぎ取っていこうとする読者を拡大していった。
 俳句の読みを規範的な知識から解き放ち、主体的で自由な行為として再生していったところに、子規の成し得たもうひとつの大きな仕事があった。子規自身のこの句も、この句の言葉自体が持つ力と、子規によって拓かれた道を歩む自由な読者によって、近代文学の作品として成立していったのである。
                           (「子規の近代」より)

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