『関口比良男全句集』(紫の会・令和3年)   秋 尾   敏 

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                                 (全国俳誌協会「俳句展望」194号)

 山崎十生氏が主宰する「紫の会」から、『関口比良男全句集』が刊行された。文庫版四百六十三ページ。『冬紅葉』から『黄金律』にいたる十二冊の句集が集録されている。
 関口比良男は当全国俳誌協会の創設者の一人である。見学玄と比良男が相談し、池田草舎が事務局として奔走して協会が設立されたと伝え聞いている。昭和三十九年のことである。
 『関口比良男全句集』巻末に置かれた年譜によって、比良男の経歴をまとめておく。会の創始者の一人として記憶に止めていただきたい。 
 比良男は、明治四十一年、東京の三軒茶屋で生まれ、青山、小石川で育った。父は日進銀行の頭取であったが、家庭の事情は複雑だったようである。年譜には、四歳で「百人一首の古い歌留多で遊び、全歌を覚えた」と記されている。また病弱だったため、五歳で御嶽山清心講の行者に一心の名を貰い、不動明王を信仰し、般若心経や中臣大祓などを覚えたとある。幼児期のこうした体験は、比良男の文学に大きな影響を与えたと思われる。
 十一歳のとき父が亡くなり、一時、叔父の養子となるが生母の元にもどされ、浦和中学から代用教員を経て國學院大学に無試験入学。國大俳句会の創立に参加する。母は理髪店を営んで比良男を育てたという。
 卒業後は、代用教員を経て埼玉県立浦和農学校、広島県立庄原実業学校を経て、山口県立岩国工業高等学校に勤務。そこで俳誌「花野」を創刊した。
 さらに、滋賀県立藤樹高等女学校の教頭となり、ここで第一句集『冬紅葉』(昭和十八年)を刊行している。なぜ、移動のたびに県まで変わっているのかは不明。さまざまな地域を経験しておきたいと思ったのだろうか。
 戦後は、滋賀県立高島高等学校分校に勤務し、「俳句建設」を創刊。昭和二十三年、「俳句建設」を「紫」と改題して帰郷を決意し、浦和市立土合中学校等の教頭を経て美園中学校校長となった。
 昭和三十九年、見学玄と全国俳誌協会を設立。
 昭和四十四年、退職して俳句、書道、華道(草月流)、古典の講師として活躍。平成十年、九十歳で逝去。
 各句集から二句ずつを引く。比良男の区は自由で多彩。これらがすべてと思わないでいただきたい。

 火に遠い夜が明けてゐる 『冬紅葉』
 児に笑はれながら釣瓶の水のうまさ 『冬紅葉』

 一句目、「埼玉師範全焼す」と前書き。二句目は昭和六、七年ごろの作。自由律の時代である。若い教師の生活が生き生きと描かれている。

 日本に朧月ありかかる世も      『湖畔』
 夜汽車いま揺るぎ出でたる隙間風   『湖畔』

 昭和十九年からの作を収め、昭和二十二年刊。一句目は戦時中、二句目は戦後。句集全体が定型となっている。

 東京は灼けたトタンととうもろこし  『芍薬』
 香水や浄らかにして穢をいとはず   『芍薬』

 かつての自由律のポエジーを定型に生かそうとしているように思う。

 花粉とび未知の言葉は空に満つ    『梅ひらく』
 瞬かぬ卒業式の中の吾子       『梅ひらく』

 昭和三十年の刊行。定型の骨格が揺るぎなく構築された句集である。意図的なことと思う。

 わんわんと涙ふり撒き溶接せられ   『風雅祭』
 届かない ああ 雲雀には影がない  『風雅祭』

 昭和三十五年刊行。分かち書きの句も多い。

 霧深く太陽遂に裏返る         『愛染』
 露も朝日も貧しい子らも生きていた  『愛染』

 昭和四十一年刊。社会性を残しつつ、新しい感覚の表現に移行している。

 寒禽をとどめて一枝撓わざる     『関口比良男集』
 まっすぐな煙の先の春の雲 『関口比良男集』

 昭和四十五年刊。

 名前などあっといふ間に燃えにけり  『婆娑羅』
 月よりも静かな顔をして嘆く       『婆娑羅』

  昭和五十一年刊。時代の最先端の感覚で詠んでいるように思う。今読んでも新しい。

 先生といふが綽名やみちをしへ   『関口比良男句集』
 一夜にて向きを變えたる水中花   『関口比良男句集』

 昭和五十五年刊。私性の強い定型の句集である。

 どうしても春の河だと言ひ募る     『蓬莱』
 これだけの石仏が生き残りしよ    『蓬莱』

 昭和六十一年刊。平成軽み調をすでに先取りしている感がある。

 こどもだけに分かる絵があり不思議な秋『不盡』
 いたはられることこそ孤独夏深し   『不盡』

 平成三年刊。平明に向かうが独特のポエジーが生みだされている。

 月光が蒼いとわかる山の雪       『黄金律』
 咳といふ遙かなもののかたちかな   『黄金律』

 平成十三年刊。さらに平明に向かうが、これまでの歩みの経路が、無類の深さを作り出している。
 戦前から戦後にかけての、それぞれの時代における〈新しみ〉が網羅されているように感じる。深い精神性と古典の教養とを俳味にくるんだ〈新しみ〉の人である。
   

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