子どもの頃からわけのわからないものを集めて、なかなか捨てられない性分です。
お見せするのもお恥ずかしいが・・・
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もうかれこれ40年も前の代物です。温度計になっていて、今でも 完動品。昔のものはしっかりしています。 壁にかけておくと、時として私に啓示をあたえてくれたりします。 「鍵を探す」というのは、人生のキーワードですよ。 |
となりの部屋に抜ける扉に
鍵がかかったままだ
ぼくはあわてて鍵を探す
左のポケット、右のポケット
ひきだしやカバンの中まで
探しても探しても、あるはずの鍵が見つからなくて、
あるはずの鍵が
もともとないはずのものにさえ思えてくる
そうだ、こんなときは
いつも君に助けてもらっていたんだと思いつくのだが
どうやら君は
そのとなりの部屋の中なのだ
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60年代までの電波少年なら、だれでも一度はお世話になったUY−807。 そもそもはオーディオ管だったということですが、みんな高周波の送信管だと 信じていました。写真の右側はGT管仕様のもので、国産ですがたぶん軍用 品です。シングルで30Wを越える力を持っていましたから、初級アマチュア 無線局にぴったりのチューブでした。何しろ丈夫で、プレートに1000Vく らいかけても、紫色の光線を発しつつ働いてくれました(よい子はマネをして はいけません)。 |
電波を出すのは真空管
電波の先は異空間
見知らぬ人の声がして
はずむぼくらの世界観
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昭和30年代の子ども用写真機。レンズはともかくフィルムが大きかったので、 とりあえず写真にはなりました。叔父にプレゼントされたこのカメラは、私の宝物 第1号でしたから、とても捨てることなどできません。レンズについている二つの 三角形の突起がシャッターで、左手でセットし、右手でレリーズするという仕組み は、大人用のフジカ35オートマチック(昭和36年)と同じです。 |
カメラを手にした少年は
特殊な視線を手に入れる
世界を切り取ることを知り
世界に中心を作ることを覚える
そして見られる人でなく
見る人として生きることを
彼は当然のことと思うようになる
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そのむかし、BASIC言語というのがあって(^^; これを知らないとほとんど パソコンが動かないという時代もありました。 G、F、N、Quickなどたくさんの方言もあり、不思議な世界を作り出しており ました。わたしもこれしか喋れなかったので、大変お世話になりました。 写真の右手前は、MicrosoftのBasicコンパイラです。これで書かれ て市販されていた大手ソフトハウスののデータベースもありましたっけ。 今でも私は、テキストの文字処理など、もっぱらBASICで行っております。 |
我楽苦多プログラム その1 子ども用に作った文体分析エディタ bbj16.lzh 81kb
only PC98 dos
我楽苦多プログラム その2 テキストファイル分析ユーティリティ buntai20.lzh
74kb only PC98 dos
動作の保証はいたしません。あしからず。
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うふふ。ビートルズの「プリーズ・プリーズ・ミー」「A hard day's night」 「カムトゥゲザー」「ヘイ・ジュード」ですよ。捨てられませんな、これは。 下は、シャドーズの「地獄のカクテル」、フォークルの「帰ってきた酔っぱらい」、ピ ンクレディーの「ペッパー警部」と「UFO」というキワモノシリーズ。 |
針が降ろされ、音が風のように広がる
それはひとつの事件だった
町のホールで開かれたステレオコンサート
兄貴達が集まり
東京の業者を呼んできたのだ
ぼくはそこで初めてコントラバスの音を聞いた
おごそかに司会者が告げる
「みなさんも、ぜひ・・・」
そうか、ぼくもレコードというものを買っていいのだ
そう気づいて、世界が変わった
歪まない音が聞きたくて、電気を学んだ
あのコントラバスが聴きたくて、日曜大工も覚えた
アンプもスピーカーも、作るしかなかった
一枚のレコードを選ぶのに、どれだけ迷ったことか
そんなやつがたくさんいた昭和40年代
ぼくらは本気でほしいものを手に入れたいと思っていた