句集 『私の行方』  読み方のヒント


 囀や日本というホームレス

 舞台は平成となった日本。東京上野公園の桜並木の下を、
一人のホームレスが歩いている。テレビ局のインタビュアーが
歩み寄り、マイクを向けて問う。
 「あなたのお名前は?」
 憮然とした面もちで彼は答える。
  「日本。」

 桜咲く地球空爆受けし日に
 褐色の項に桜吹雪かな

 道ばたに置かれたテレビには湾岸戦争の空爆の様子が映し
出され、近くでは、その当事国の人々がテレフォンカードを売り
捌いている。そこに桜吹雪が激しく舞い始めるのである。
 その不可思議な光景をじっと眺めている人物がいる。主人公
のJである。Jは日本の戦後を懸命に働き、バブル呼ばれる時代
を作り出した企業戦士の一人である。今は、海の上にまるで仮想
現実のように現れたMAKUHARIという街でコンピュータを操って
暮らしている。

 幕張や過去の海風今朝の波
 霞むビル何を今更中心などと
 魂の狙撃砂漠を水で埋め
 陽炎にコーヒー注ぐ亜細亜の眼

 Jの物語を語るのはBINと名乗る少年だ。BINはJにあこがれ、J
のようにタフに世界の動きを先取りするような仕事をしたいと思って
いた。

 石の絵に硬貨弾かれ春嵐
 アンテナの枝折れて落下する私は都市
 株価戻らず気圧の谷を滑る雲
 熱低の針路を俯瞰するメディア
 私にも這わせて下さい物質都市

 だが時代は変わってしまった。ついに、Jにも対処できない時代が
訪れてしまったのだ。Jは静かに都会を去る…。

 われこそはJ如月の風に住む
 Mr.J都会暮らしも飽きたれば
 J歩く離散の村の春の月
 枝引けば春ふりほどく月桂樹
 Mr.J未来を知って黙す春