川柳学会講演

平成18年12月23日
 川柳と俳句
 
軸俳句会主宰 秋 尾   敏
 
1 俳句学という発想  ―俳句とは何か―
  俳文学という枠組みで考察されてきた「俳句」を、もう一度検討し直す。
   ・文学として検討し直す      ・・・ なぜ近代の小説家は俳句に親しんだか。
   ・世界文学として検討し直す    ・・・ 俳句は「定型詩」だろうか。「韻・平仄」
   ・文化として検討し直す      ・・・「句会」「結社」「主宰」「宗匠」「投句」「文音所」
   ・生涯学習の素材として検討し直す ・・・
 
2 川柳私感
  江戸中期に湧出した近代精神の表出形態。合理的精神が「時代遅れ」を見て痙攣している。
  知的・合理的・都会的・差別的
  「切れ字」を使わない = 主観を見せない・余情に頼らない = 客観的な表現
ネパール巡礼     尾藤一泉
玄奘の道はるかなり飯茶碗
神様が人より多い貧しさよ
ひょいひょいと避ける神様 犬の糞
あてもなく歩けば神の眼は三つ
カーストの臭いを問わぬ蝿の足
月細く異国にひとつ絵具皿
ひとり来て異国の神の温かさ
厚着して神々の座へ旅に発つ
民族の糸がほぐれぬ交差点
悲劇の類型が参道に犇めく
仏像へ素直な指の無い合掌
マニ車クルクルクルと人が寄る
旅行記の行間に棲む神の脈
中世の闇から降りてくる祭
神の国天は芯まで晴れわたる
神様のひさしを借りる俄雨
神々の目鼻をあげつらう他人
いんぎんに露天の神は売られゆく
公平に陽は廻り行く夜の寒さ
往き暮れていきくれてまた道に朝
神様に押されて道が伸びていく
 
3 論拠・方法
 (1)過去 発生や経緯がこうだったから、川柳はこうあるべきだという論法
  発生についての理解は一応重要であるが、すべてがそれで説明できる訳でもない。
 (2)現在 現状がこうなのだからこうなのだという論法
  実情を正確にとらえる必要があるが、今どこで何が発生しているかをとらえきった評論はない。
  今、韻文の文学史が停止している。あらたなジャンルを作る天才が現れないからである。
 (3)未来 俳句・川柳は何をすべきなのかという論法
  文芸が、まだ見ぬ作品を求めるものである以上、過去や現在は規範にはならない。
  より有効な表現を求めていけばジャンルは拡散する。
  新たなジャンルを作ってあなたが現代の柄井川柳になるべきなのである。
 
4 短歌的・俳句的・川柳的 発生論・表現論として
 (1)短歌的 <言霊・イメージ・意味>
主情を述べる 願いと遊び
 (2)俳句的 <イメージ・言霊・意味>
切れ字    → 主観表現を切断・省略・余情にたよる
主情と対象とが重なる
 (3)川柳的 <意味・イメージ・言霊>
  切れ字がない → 主観表現を
対象を詠む 時に差別的にまで冷徹に 自己を対象化した場合も冷徹
 
5 世界俳句・Haiku
俳句って、川柳って・・・・・
 
時事的に        尾藤三柳
サイレントベビーの視線から逃げる
白日に鉄のはらわた人のはらわた
嚥み込んでから牡丹餅が苦くなる
毒薬をゆっくり注ぐきれいな耳
介護保険がもてあそぶ柿のタネ
 
 
 
 
内乱の予感       尾藤一泉
内乱の予感に貌のない骸
モノが溢れて闇の増殖
血刀が二本真昼の夢醒めて
まないたに置く総裁の耳
革命を起こせと届く迷子札
100均店で仮面滑らす
積年の因果を拾う足の裏
孔孟を売る人肌の椀
営々と二十世紀の貧紡ぐ
潮の呪文を飽かず聴く夜
新世紀石の重さはそのままに
引き金も軽く砂漠に雨が降る
昨日のままの広場の鳩と僕のシャツ
フロイトに覗き込まれる春のユメ
内なる神に逢いに行く舟
 
 
ダ・ヴィンチ コード    尾藤一泉
ダ・ヴィンチコード ユダもヨハネも酔っぱらい
禁断の聖女の産毛日に晒す
血を受ける器娼婦の貌をして
磔刑の血を零さずに飲む娼婦
聖女からサブリミナルのメッセージ
モナリザの胎をまさぐる手が痒い
血の彩の糸が絡まるパズルの灯
ダ・ヴィンチコード聖女は遂に脱がぬまま
 
 
 
 
 
 
 
 
 
小江戸・川越吟行     尾藤三柳
毒婦の毒に甘い裁判
銀座で弾が降った梅雨入り
四代の諸味が鳴いてそとは春
刃物屋も十六代の目鼻立ち
まなうらに描く十町四門前
千本格子が目を醒ますきつね雨
路地裏に子の声がある七曲がり
 
 
戦の星          秋尾 敏
秋天にいちばん近いビルゆえに
ニュース見ながら林檎に刃向けている
囮なのかオサマ・ビンラディン
報復の朝どこまでも濃霧
秋の日の国民国家対個人
海に出てゆく木枯しが若すぎる
星月夜散らばっている憤怒の芽
戦を知らぬ夜業の鋏ぎこちなく
橋渡っても水澄む日本であるか
日本曇天沼の出口は崩れ梁
戦を知らぬ夜業の鋏ぎこちなく
牛タンを噛む屈伏を思い出す
燐寸擦る罪に怯えて春の闇
炎天や神の裸体に貢物
ヒロシマにブレンドされている何か
 
 
匿名の木         秋尾 敏
口裂けてくる嘘吐きの兎いて
走り去る紺のもんぺに鼠の尾
良心踏みつけ胼割れていく踵
ペテンの鳰鯨盗みにと街へ
タイタンと思しき影の寒参り
迷宮に護られていて木乃伊
匿名の木に覗かれている焚火
透明になりたい夜は眠らない
 
 
 
 
 
 
 
 
 
平 成 柳 多 留 第11集  社団法人 全日本川柳協会・編 平成18年 4月 1日発行
1,000円(本体952円+税)
 
目  次 題 府県名 第一次選者 第二次選者
序 今川 乱魚 「宇 宙」 埼 玉 丸山しげる 板尾 岳人
第一部 大 阪 田頭 良子 近江あきら
全日本川柳誌上大会入選句集 「 川 」 新 潟 横村 華乱 斎藤 大雄
選出方法 和歌山 牛尾 緑良 酒井 路也
■川柳エッセー 礒野いさむ・定本広文 「反 対」 宮 城 あきた じゅん 塩見 草映
第二部 熊 本 安永 理石 
誌上大会参加者自選句集 「哲 学」 長 野 中澤 恵生 
■川柳エッセー 平田朝子・久保田半蔵門 滋 賀 小梶 忠雄 
第三部  「 穴 」 北海道 佐藤  正 
日川協加盟柳社推薦句集 大 阪 天根 夢草 
□全日本川柳協会加盟柳社名簿  
あとがき  
 
入  賞  句 府県名 姓  号 賞
○ 一 般 の 部
子の宇宙父の背丈を超えて行く 秋 田 猿田 寒坊
平成柳多留賞
反対を叫んだままの休耕田 岩 手 鈴木 六羊
川 柳 大 賞
乳母車の寝顔にあどけない宇宙 東 京 石川 雅子
NHK会長賞
安いのがいい母さんは哲学者 兵 庫 堀  正和
日本青少年育成協会会長賞
知らぬ間に翔べなくなった川の幅 滋 賀 福井 啓二
全日本川柳協会会長賞
哲学をやさしく包む紙おむつ 青 森 田鎖 晴天 全日本川柳誌上大会賞
札束で開く鍵穴だってある 東 京 西潟賢一郎 全日本川柳誌上大会賞
反対は今だ 軍靴の音がする 山 形 菊地 克二 全日本川柳誌上大会賞
ふるさとの川でゆっくり魚になる 香 川 田村 道明 全日本川柳誌上大会賞
だんだんと童話が消えていく宇宙 静 岡 薮ア千恵子 全日本川柳誌上大会賞
 
入 選 句
題 「宇 宙」  丸山しげる 選
 
秀 句 宇宙からリストラですか流れ星 福 岡 楠根はるえ
だんだんと童話が消えていく宇宙 静 岡 薮ア千恵子
子の宇宙父の背丈を超えて行く 秋 田 猿田 寒坊
佳 句 ロケットが宇宙の神秘掻き混ぜる 佐 賀 井手 良祐
クリックで一人遊びの小宇宙 東 京 中島 かよ
キッチンの中が私の小宇宙 福 島 小野 清秋
おもちゃ箱夢を育む小宇宙 長 崎 三島扶美江
太陽がかくれんぼする宇宙ショー 熊 本 永田 俊子
四世代にこにこ暮らす小宇宙 大 阪 秋田あかり
子供部屋ここは宇宙の秘密基地 大 阪 村上 直樹
一粒の種には種の小宇宙 愛 媛 栗田 忠士
それぞれの宇宙が小競り合う地球 岡 山 下山 蛙柳
途中下車すればそこにもある宇宙 岩 手 田中 士郎
 
題 「宇 宙」  田頭 良子 選
 
秀 句 天をして地をして人は丸くなる 熊 本 太田黒尚之
乳母車の寝顔にあどけない宇宙 東 京 石川 雅子
忘れてはならぬ宇宙へ散った人 長 野 岳   明
佳 句 オーロラは如来の裳裾かも知れぬ 愛 媛 日和佐与里
誰もいないふるさと宇宙より遠し 北海道 佐々木 江久子
美しいカミオカンデの色に酔う 兵 庫 濱村 憲克
五線譜の中に宇宙を活けている 千 葉 山本 義明
宇宙語に勿体ないをまず選ぶ 広 島 藤川 幻詩
四季の風宇宙船にも積んである 兵 庫 中塚 礎石
二人だけの宇宙老々介護する 山 形 菊地 克二
無重力君とのキスがままならぬ 茨 城 江崎 紫峰
宇宙より広い心で子を包む 広 島 山本 成男
宇宙より先に行きたい温泉場 広 島 奥谷美智子
題 「 川 」  横村 華乱 選
 
秀 句 源流をたどれば平家物語 青 森 波多野 五楽庵
パレットの川がいつしか海になる 新 潟 小栗 正和
ふるさとの川でゆっくり魚になる 香 川 田村 道明
佳 句 稚魚放つことばの川が病んでいる 大 分 高ア 揚子
広島の川のほとりのハーモニカ 広 島 佐藤 歓次
春の小川ノーベル賞も育ちそう 愛 媛 望月 和美
四万十の鰻に座り直したり 東 京 片寄 正央
長旅をおけさに癒す信濃川 静 岡 中村 義平
川の字で寝ようよ母を真ん中に 愛 媛 白砂  光
決断もなくルビコンを渡る旅 宮 城 佐藤 点加
臍の緒は北上川を忘れない 岩 手 野口みのる
ケータイを切りせせらぎの中に居る 岡 山 三村 脇子
妻となら小川もひょいと跳べるのに 大 阪 富田 美義
 
題 「 川 」  牛尾 緑良 選
 
秀 句 川下で時々拾う命など 静 岡 山本トラ夫
身の内を流れる川は今怒涛 岡 山 金原 敏子
知らぬ間に翔べなくなった川の幅 滋 賀 福井 啓二
佳 句 急流の先ですお待ちしています 大 阪 小島 百惠
大河ゆったり少年の絵を流れ 岡 山 妹尾 君枝
さよならのあと高くなる川の音 青 森 中村みのり
また夢を欲しくて川に流される 青 森 生田 泰川
友だちのままでいましょう川の幅 福 島 真弓 明子
川下で父の答えを待っている 秋 田 細田 陽炎
川を愛し川を畏れて里に老い 広 島 角本 華峰
川上で捨てたモラルが流れつく 栃 木 常見 一藏
川の字で育ちどの子も親思い 東 京 鈴木 耀子
慟哭の大河も涸れて喪を明かす 秋 田 澤田石勝二
 
題 「反 対」  あきたじゅん 選
 
秀 句 満腹のときは反対などしない 大 阪 西出 楓楽
反対は今だ 軍靴の音がする 山 形 菊地 克二
してくれた母にしてやるおむつ替え 茨 城 三浦 武也
佳 句 ロボットがあれこれ指示をして帰る 東 京 五十嵐淳
反対は出来ない過疎の嫁不足 富 山 門田 宣子
矢印を逆に歩いた発明家 東 京 内田 昌波
家裁出て左右に歩む第一歩 東 京 仲谷 時子
憲法を読む右の目左の目 奈 良 板垣 孝志
反対はしないが母さん動かない 福 井 森景かつゑ
年金へニートの息子寄り掛かる 大 阪 利光 正行
エプロンの裏も似合って主婦でいる 千 葉 進藤まつ子
二枚ある舌が争いばかりする 埼 玉 木崎 栄昇
好きにどうぞどうぞと妻がすねている 大 阪 中村 春海
題 「反 対」  安永 理石 選
 
秀 句 反対の遠景にある核のゴミ 宮 城 織田  寿
反対を叫んだままの休耕田 岩 手 鈴木 六羊
私までエスコートする反対派 徳 島 河野 花枝
佳 句 ヒーローはいつも対角線にいる 青 森 瀬 霜石
曖昧な笑いに叛意忍ばせる 神奈川 芦田 鈴美
不器用に生きても首は横に振る 静 岡 山本トラ夫
反対が骨に残っている握手 滋 賀 遠山あきら
逆風に社運を賭けたプロジェクト 秋 田 齊藤 一輪
官と民杭一本を睨み合い 静 岡 望月 昭良
手や足が反対ばかりする加齢 広 島 篠崎こまよ
丹田の辺りに天の邪鬼が住む 宮 城 早坂 敦子
反対へ紆余曲折の披露宴 愛 媛 三好 幸子
反対を通して色の褪せた旗 大 阪 松村 睦馬
 
題 「哲 学」  中澤 恵生 選
 
秀 句 哲学の耳に優しい風の私語 栃 木 常見 一藏
何故生きる風が答をくれました 兵 庫 種田 淑子
哲学の道の向こうに寺がある 鳥 取 土橋  螢
佳 句 生きるとは論じ合いつつうどん食う 京 都 大海 幸生
哲学書枕に明日の風を詠む 広 島 渡辺 典子
止り木の隅に哲学者が独り 大 阪 柿花 和夫
哲学はすとんと落ちた桐一葉 石 川 中嶋伊之助
哲学の目で考えて見るピカソ 東 京 石井 秀子
哲学の答えを運ぶ霊柩車 福 島 山田 茂夫
どう生きるそんな議論で夜も更け 千 葉 畔蒜  勉
哲学の講義私に子守り歌 徳 島 田中  清
じゃがいもと哲学論を闘わす 岡 山 木下 草風
人生の究極探る哲学者 愛 媛 三好 艶子
題 「哲 学」  小梶 忠雄 選
 
秀 句 安いのがいい母さんは哲学者 兵 庫 堀  正和
バスタイム私もちょっとソクラテス 栃 木 手塚 貴子
哲学をやさしく包む紙おむつ 青 森 田鎖 晴天
佳 句 長い道哲学ぐらい持ってます 広 島 河浦 邦子
哲学をときどき話す父が好き 長 崎 坂本 弘子
哲学があって老人前を向く 山 梨 加藤喜代子
炊飯器開ける哲学ファッと出る 青 森 さざき蓬石
これも哲学ラーメンに浮く脂 奈 良 板垣 孝志
哲学のドアの向こうのドア・ドア・ドア 福 岡 中村 安重
哲学を静かに母は聴いている 島 根 井塚たけし
父の哲学子は放っておけ放っておけ 愛 知 田中 豊泉
哲学が一個枯木にぶら下がる 香 川 福田  茂
哲学の帽子が重く前屈み 新 潟 本間  流
 
題 「 穴 」  佐藤  正 選
 
秀 句 札束で開く鍵穴だってある 東 京 西潟賢一郎
穴塞ぐ憎い男が逃げるから 島 根 冨金原佐吉
島の洞穴に戦が黴びている 熊 本 吉岡 茂緒
佳 句 毛穴まで情け温める雪津軽 岩 手 野口みのる
ジーパンの穴よ君が代歌えるか 奈 良 板垣 孝志
オゾン層の穴から賛美歌がこぼれ 愛 媛 山之内 さち枝
地球儀に幾多の穴よ戦の血 北海道 岡崎  守
身体髪膚ピアスの臍が悲しそう 千 葉 平蔵  柊
サラ金の穴サラ金で埋め続け 青 森 石手洗花山
加盟国それぞれ違うボタン穴 北海道 進藤 嬰児
穴掘のうまい男で生きのびる 香 川 多田 芳子
絶頂の隣りで笑う落し穴 静 岡 山梨 正文
廃鉱に男の汗はまだ眠り 茨 城 加藤 権悟
 
題 「 穴 」  天根 夢草 選
 
秀 句 青空へぽかんと口を穴にする 東 京 今井ゆずる
今日よりも明日は大きい穴になる 山 口 原田 純昌
掛けちがうためにボタンの穴がある 佐 賀 小松 多聞
佳 句 歯を抜いた穴に大蛇が住んでいる 兵 庫 西内 朋月
寒いなと思う大根抜いた穴 福 岡 敷田 無煙
ジーパンの穴よ君が代歌えるか 奈 良 板垣 孝志
鍵穴を覗くと冬の日本海 新 潟 斉藤 フミ
球根を埋める数だけ穴を掘る 香 川 多田 誠子
落とし穴三三九度の中にある 奈 良 中村せつこ
喪中です心の穴が埋まるまで 和歌山 川上 大輪
シベリヤの凍土で友を埋めた穴 石 川 中嶋伊之助
オムツした父が障子の穴のぞく 大 阪 北出 北朗
落し穴うめて平和な顔をする 広 島 大木 雅彦