秋尾敏の句集



『シリーズ自句自解Ⅱベスト100 秋尾敏』 2022年11月

  ふらんす堂


1500円(本体)
                

入口は出口されども瓶世界
ピーマンの輪切りの彼方まで夏野
おおかたの道は歩いた蝸牛
手に掬うべきものあまた寒の水
天道虫国のどこかに雨が降る
急ぐなよ葡萄は一粒ずつ青い
夏帽子太陽よりもでっかいぞ
秒針に冬の重さが少しずつ
傷つけてきた万象に種を撒く
忘却がみんな桜になっている
春寒のうどんに黙らせる力
冬の川記憶の川に流れこむ
幾万の蛍昭和という谷に
学校の柳が髪をふりみだす
どんぐりの数ほど愛は育まれ
われら残像光年の銀河の友よ
亀の甲羅で戦前が灼けている
いろいろな飛行機が来る夏の空
母の掌(て)の幾度も咲いて毛糸玉
檸檬は鳥類てのひらで眠る
大枝は小枝の下に水温む
雷兆す体よ僕に付いてこい



第5句集『ふりみだす』 本阿弥書店 令和2年11月30日

  現代俳句協会賞受賞

    本阿弥書店      

   2,800円(税別)











  
学校の柳が髪をふりみだす
五月雨に降る白胡椒黒胡椒
生身魂銃後の虹を語りだす
われら残像光年の銀河の友よ
氷点となって音叉の張りつめる
忘れないための消しゴム原爆忌
母の掌の幾度も咲いて毛糸玉
矢車のいつまで紡ぐ雲の糸
つくつくぼうし私に入りきらない
毛羽だって少し凹んで冬帽子
海を見る人はんざきを置き去りに 
来年に自分はいるか暦売
大晦日夜は序曲のように来る
両肩を露出して来る桜餅
卯の花腐し書庫に刃物の二三本
完璧なメドベージェワが洟を擤む
陽炎の骨あるように立ちにけり
三角形何より強し大南風
垂直に自転車の立つ震災忌
男らは先を急げり雛祭
白墨の輪の引かれたる牧開
バイク息んで猫の子を生み落とす
走り茶を汲んでさらさらかしこまで
海亀の時間を砂に擦り合わす
持ち上げるための力学兜虫

第4句集『悪の種』 本阿弥書店 平成24年12月



   表紙:恒松正敏



    本阿弥書店
    2,500円(税別) 

傷つけてきた万象に種を撒く
列島は沈んでいるか揚雲雀
土を出て全裸の父の耕せる
忘却がみんな桜になっている
春寒のうどんに黙らせる力
人を待つ夜は名前のない新樹   
さめざめと泣く滝もあり山の裏
走るほかなし船失いし舟虫は
ヒロシマにブレンドされている何か
幾万の螢昭和という谷に
黒揚羽男を二人知っている
二百十日へ凶暴な火を逃がす
悪の種あり晩秋を曲がる川
冬の川記憶の川に流れこむ
秒針に冬の重さが少しずつ
匿名の木に覗かれている焚火
学校の兎前歯を光らせる
歳晩の誰に近づくための闇

第3句集『ア・ラ・カルト』 本阿弥書店 平成20年9月14日刊行

             
    本阿弥書店
    2,900円
    
図書館に知恵の静けさ冬灯
手に掬うべきものあまた寒の水
てっぺんで眠ってしまう揚雲雀
七夕を待たずに橋を渡るかな
バルカンに火渡りはあり夏の月
天道虫国のどこかに雨が降る
半島の要となりぬ鷹柱
幸せの胡桃乾いたころに割る
急ぐなよ葡萄は一粒ずつ青い
雲から買いとるいちめんの苜蓿
行く春の悲恋は阿波の箱廻し
素泊りの煙草が匂う風ぐるま
タラップを最後に降りてくる秋風
小春日の紅茶の湯気が手をつなぐ
美少女がいて恐竜の鼻に汗
おとといの日傘に忘れられている
木管のフォルテに足らぬものは汗
黎明の海が乾いてくる寒さ
狼が不在長い冬になるぞ
寒林という透明な切望よ
きりきりと血止めの輪ゴム雪来るか
逃げてしまえば懐かしい焼野原
遠い約束ひまわりに火を貰う
夏の果て第二走者にゴールはない

第2句集 『納まらぬ』 本阿弥書店  平成17年7月30日刊行



    装丁   坂 啓典
    表紙・書 安藤小芳   
 
   本阿弥書店  
   2,500円(全別)
黒揚羽風の隙間に納まらぬ
出兵や乾いて寒い屋根瓦
晩秋と呼んで鏡をくもらせる
蛞蝓自分のことは分からない
はしはしと杉燃えておりスキー宿
新都心とやらにどんぐりを投げる
春泥の一歩は演歌二歩はジャズ
受け入れてその日を待っている桜
力なきものより浮いて春の雲
枇杷剥けば果肉に潜む少年期
ビニール袋に命預けている秋風
蛍火やこの世のことをおろおろと
街を捨てればさりさりと秋の砂
卒業期握りのゆるい鮨回る
春の夜の布から生まれ出る羞恥
漱石の鬱が漂う霧の街
商品券売ります秋の雲流れ
脆い木はない蒼天に虻もどる
ピーマンの輪切りの彼方まで夏野

第1句集 『私の行方』 沖積舎 平成12年6月20日刊行


 

     表紙・挿画 陳 玲
      沖積舎      
    2,500円(税別)
     
囀や日本というホームレス
魂の狙撃砂漠を水で埋め
石の絵に硬貨弾かれ春嵐
一本の冷えた小瓶にタンゴ鳴る
青い冬街は夜光虫となり
月冴えて歩道は深海魚の復路
入口は出口されども瓶世界
春は蕪村猫は夜半に反り返る
かわされていなされてなお赤蜻蛉   
行く秋や詩を左手で書いてみる
口語の冬だね秋は文語だった
それぞれの私が語る心太
青嵐そこでだまれば私は消える
箱眼鏡私の行方漂える
流されて人形の眼に蛇苺
電卓の液晶淡く猫の恋

 






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