風 日 好   ・・・ 今日は日和がよいけれど、明日はそうではないだろう 

     12月                                 過去の「風日好」

   12月某日 師走

 12月になった。イラクでは、占領軍への抵抗がゲリラ戦の様相を呈してきた。多くの市民が、今年を生き終えることができずに死んでゆく。共に、敵を殺すためにはまきぞえになる<多少の犠牲>はやむをえない、と考えている。<多少の犠牲>のひとりひとりが、それぞれ、ささやかではあってもかけがえのない個人史をもち家族をもった人間なのだが。

   12月某日 戦争!

 遂に、日本は戦争をはじめた!!
 日本は、イラクに、軍隊を送る構えを見せていた。現地で、外交官が死んだ。首相が「ひるむな!」といった。そして日本は、軍隊を送ることになった。
 これは、いや、これこそが、戦争の開始である。
 かつての日本の中国侵略戦争も、アメリカのベトナム戦争も、このようにして始まった。
 強大な国が、自分たちの思うようにならない国に干渉し、そのことを、その国の人々を援助し支援しているのだと思い上がる。現地の人々が強く反撥し抵抗する。やがて、現地で、「援助」に出かけていた人が殺されたりする。「援助し支援しようとしていたのにけしからん、ひるむな」、と為政者がいって、軍を送る。抵抗活動を抑えこみ、治安を回復しようとするのである。だが、それがまた思わぬ抵抗にあう。こうして、「ひるむな、ひるむな」というかけ声のもと、泥沼に入り込んでゆく。
 どうして昔の人は戦争に反対しなかったのだろうか?、といまの人々はいう。どうして戦争なんかしたのだろうか?、と。・・・戦争は、いま、このようにして、静かにはじまったのである。

   12月某日 映画ベストテン

 朝日ベストテン映画祭というのがあったらしく、新聞に、日本映画、外国映画の今年度ベストテンが出ている。ここでの選定にどの程度の権威があるのかは全く知らないが、日本映画の1位は吉田喜重「鏡の女たち」で、以下10位までの中に「スパイ・ゾルゲ」はない。外国映画の1位はポランスキーの「戦場のピアニスト」だそうだから、取り上げた時代が悪いのではない。誰が見ても、やはり「ゾルゲ」は失敗作だったということなのだろう。ちなみに、映画をあまり見ない私だが、篠田正浩といえば、「心中天の網島」は傑作だったと今も思っているのだが。

   12月某日 蕎麦の作法(1)

 私の愛読日記「諸国漫遊トラック旅」に、蕎麦を喰う「作法」のことが出ている。
 少し長くなって申し訳ないが、軟弱な私などが書く駄文と違って、長距離トラック運転手りゅうさんの文章は、張りのある名文なので、部分引用よりも、そのまま引用させて頂くことにする。
そばには作法というものがある。
こういうことを語り出すとおれはうるさい。かなりうるさい。
ただし、ほんとうにウマイそばに限るが。
まず出されたら、あれこれと薬味やわさびなどを加える前に、猪口からストレートのツユをひと口。
ワインのテイスティングにも似ている。
ここで店の心意気がわかるのだ。
よしとなれば薬味を好みで加えて、いよいよそばである。
必ず簾の真ん中からつまみ上げる。そうすれば団子にならずにきれいに取れるように盛ってあるのだ。
必ずひと口ですすれる分量をつかむ。
ひと口で食べきれずにブチブチと口で切って猪口に戻すなどは見苦しいことこの上ない。子供ではないのだから。
つまみ上げたら、ちょいとツユにつけて一気にすすり込む。
あくまで「一気に」が大切で、ツユをからめて「ズズーッ」と景気のよい音と共にすすり上げるのだ。
ここまで来たらあとは中断は許されない。
「つまむ→つける→すする」ひたすらこれを繰り返し、一気に食べきる。
そばは3分以内に食べねばならない。
乾いてくっついたそばなどは、もう死んでいるのだ。イキのよいうちにつるつるっといかねば、そばが可愛そうである。
意地の悪い店主などは、厨房の影で客の「ズズーッ!」という音を、耳をすまして聞いているのだ。
よく、「ツユに全部つけてはいけない」などと言われるが、まあそれは好みだろう。おれは先のほうしかつけないが。
刺身を思い出していただきたい、ほんとうに良いネタなら、醤油などはほんの少しチョンチョンくらいがウマイではないか。
そばとて同じで、しょっぱいツユにどっぷり漬けてしまうと、そばの味がわからなくなってしまう。
けれども工場で打った白くて細い「エセ江戸前そば」などは、もとからそばの味などたいしてしないのだから、好みでどっぷりもいいかもしれない。
そしてそばは満腹になるまで食べない。
そばや寿司などは、もともと小腹が減ったときにちょいとつまんだり、すすったりする食い物なのだから、こんなもので腹いっぱいにするというのは野暮天のすることなのだ。
 引用だけで終わって誠に申し訳けないが、次に続けることにする。(続↓)

NEW   12月某日 蕎麦の作法(2)

 今はもう、かなり曖昧になってきたが、それでもまだある。「東の蕎麦、西の饂飩」、である。
 非定住人である私がこれまで住んだことのある都県を南から数えると、九州2、四国1、関西1、関東3、ということになるが、大学に入学した際には、関西から関東へ、西から東への移住になった。
 入学してまだ間がない頃の昼休みのことである。同じクラスの者数人で、大学前の蕎麦屋に行った。中に、Tという男がいた。  やがて注文した蕎麦が来て、皆で食べ始めたのだが、Tの食べ方が粋なのである。
 目の前に置いた「もり」の山の上の蕎麦をちょいと箸でつまみ上げ、左手に持った猪口のダシにチョンとつけて、ズーッと吸い込む。箸を持つ手の肘の張り方、顔の傾け方、実に決まっている。・・・これが、聞いていた江戸流「蕎麦の食い方」なのだなあ。さすが東京人は違う。と私は感心してしまったのであった。
 以後、東京での学生貧乏生活の中で、私はすっかり蕎麦好きとなった。それとともに、内田百關謳カのように毎日届けさせるというような優雅なことはできないが、せめて食い方だけでも江戸っ子に近づきたいと思った私は、蕎麦を食べる際には常に、Tの粋な食い方を、私の「作法」にすることにした。
 ところが、である。やがてTとも親しくなった私は、あるとき彼に、私がTを密かに師匠と仰いでいることをうち明けた。すると彼は、笑いながら、こういったのである。
 「いやあ、そうじゃないよ〜。俺は、江戸っ子なんかじゃなく、出身は福島だしね。第一、俺はツユをたっぷりつけて食いたいんだけどねえ。でも俺、実は腎臓が悪くってねえ。医者から塩分を控えろっていわれてるんだ。だからああいう食い方してるんだよ。」
 そ、そうだったのか。
 りゅうさんの日記を読んで今にして思えば、もともと、たかが貧乏学生が行くような蕎麦屋で、理由も考えず単に「形」だけを真似しようなんぞと思ったところに、私の浅はかさがあったわけである。若気の至りである。恥ずかしい。
 ちなみに、薄情者の私は、卒業後師匠がどうしているかは、全く知らない。

   12月某日 夜行性

 どういうわけか、というわけではなくて、理由があるわけで、わけがわからぬというわけではないわけだが・・・なんて遊んでしまったが、ともかく今週は、ずっと、深夜3時過ぎまで起きている。さて寝ようと思って酒などを飲むのだが、すぐには寝られなず、結果的に睡眠時間が少なくなる・・・という困った事態になっていた。しかし夜更かしをしなければならぬ理由もなくなったので、今日は早めに寝ることにしよう。と思うのだが、昼間あれだけ眠かったのに、いまは眠気が消えている。
 しかし、夜更かしは文明がもたらした悪癖であって、かつて人々は太陽とともに起きて田畑に向い・・・といわれているが、更に昔々は、人間は夜行動物だった、と、どこかで読んだ。昼間はおどおどと強い獣から隠れて洞穴などで眠り、日暮れとともにようやく外に出て餌をあさる。考えてみると、人類の原性格は、その頃作られたのだろう。

   12月某日 夜更かしと早起き

 夜行性の話の続きだが、知り合いには夜起きている人が少なくない。もちろんいまの世の中は昼夜の境目なく活発に動いているので、様々な職種の人々が夜も忙しく働いている。が、ここでいうのは、自宅で夜中に仕事をしている人々、しようとしている人々、のことである。
 二つのタイプがあって、普通はもちろん「夜更かし型」だが、中には「夜起き型」もある。知りあいに、そのタイプの人がいるが、その人は夜早く寝て、夜中の2時頃に起きるという超「早起き生活」をしているらしい。早起きには得があるというが、でもメリットばかりではないらしい。新聞を取れない、という。「だって、新聞というのは朝起きた時に朝刊が届いているべきものでしょう。でも、うちの方は朝刊の配達は4時頃で、遅いのですよ。」

 
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