牧田修平と蕗谷江美は、千葉県松戸の矢切にある「野菊の墓」文学碑の前に来ていた。
なだらかな坂を登りつめた西蓮寺という寺の裏手にある。碑の付近にはベンチもあり、年寄り夫婦が休んでいた。植え込まれた野菊の花は、ちょうど盛りで、純白の花の上を赤とんぼが舞う。
(中略)
「あの堤防は、江戸川でしょ」江美はいたずらっぽい笑みを浮かべて、牧田を見上げた。
「江戸川だよ。君の言いたいことは分かっているよ」牧田もにやりとした。
「ああ、変だ。その文学碑には、『利根川は勿論中川までもかすかに見え』とあるよな。それが妙だ」
「それですよ。ここから見えるのは、江戸川で、利根川なんてみえないもの」
(後略)