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● 安部のStratocaster ●

シンコーミュージック刊「ヤング・ギター/1978年(出版月不明)」より
 
 安部がアメリカ旅行時に購入したエレクトリック・ギター。時期的には1973年秋に
 LAのSunset Studioで「銀の指環」「セプテンバー」「サンセット通り」を録音し
 た際の渡米時と思われる。

 形から見てFender社のStratocasterであるが、ヘッドにFender社のロゴが無いの
 がなんとも怪しげな一品。安部自身は「購入価格から、本物のオールドと信じてい
 る」と、当時の雑誌で発言している。ムック本「TULIP '77」にも「1950年製のオ
 ールドギター」という説明があり、チューリップファンにはそう信じられている方
 が多いと思われる。

 ここでは現存する写真で確認できるスペックから、このギターの素性を探ってみる。

シンコーミュージック刊「季刊ポッポ No.12 チューリップ=小さな美しい世界」より
(1)ネック

 スモールヘッドでストリングス・ピンが丸型。これは製造が開始された1954年から
 翌1955年にかけてのごく初期のモデルだけが持つ特徴である。

 しかし、上記左下の拡大写真を見ると、指板とネックの境目で微妙に色が異なって
 いることが確認できる。これはメイプル(カエデ材)のネックにメイプル指板を貼
 り合わせた「貼りメイプルネック」という仕様である。
 Fender社が貼りメイプルネックを採用したのは1967年であり、それ以前は1本の
 メイプル板を削り出して作る「ワンピースネック」という仕様であった。

 これだけだと「貼りメイプルネックのストリングス・ピンだけを丸型に交換した」
 という可能性も考えられる。

 しかし、ここでヘッドの問題が残る。安部のStrarocasterがスモールヘッドである
 ことは既に触れたが、Fender社は1965年後半、全てのStratocasterをラージヘッ
 ドに変更しているのである。
左:スモールヘッド/右:ラージヘッド
 つまり、安部のギターに付いていた「スモールヘッドで貼りメイプル」というネッ
 クは、Fender Stratocasterの「通常の」製品ラインには存在しないのである。

 「通常の」と書いたのは、イレギュラーなものはあるという意味である。
 ピンク・フロイドのデイブ・ギルモアが「ザ・ウォール・ツアー」で使用していた
 1965年製Stratocasterは「スモールヘッドの貼りメイプル」仕様であったと言う。
 そういう製品も、非常にレアながら存在していたのである。

 ただ、ありていに考えて、そんなレアな仕様のギターのロゴマークを消してしまう
 オーナーがいるだろうか? あれは結構しっかりプリントされているので、完全に
 痕跡を残さず消すためには、器具等で故意にゴシゴシ削り落とさなければならない。

 ごく自然に考えれば、「オリジナルのネックに致命的な破損が発生したためにカス
 タムメーカー製のリプレースメント用ネックに交換された」という可能性が高い。

(2)ボディ

 安部のギターには以下の特徴を見つけることができる。

 ・黒/赤/黄の3トーンサンバースト(1958年以降)
 ・ピックガードが白/黒/白の3プライ(1959年後半以降)
 ・ピックガードのネジが11点留め(1959年後半以降)

 さらにピックガード左の、上から2番目のネジ位置に注目したい。
 安部のギターは、上記の右側に相当する。

 再塗装/ピックガード交換という可能性もゼロではないが、わざわざオールドと
 しての価値を下げることをするとは思えないので、ここでは考えないことにする。

結論

 以上の分析から導き出される推論は

「安部のStratocasterは1964年以降のモデル。
 ただし、ネックはオリジナルでない可能性が大」

 ということになろう。

 ネックがオリジナルでないこと自体は、オールドギターの世界では別段珍しいこと
 ではない。特にFenderのギターはネックとボディがボルトで接合されており、容易
 にネック交換できることが売りになっている程である。

 しかし、ギター屋の店員が「Fenderのロゴは無いけど、1950年代のFenderのオール
 ドだよ」と言って安部に売りつけたのだとすれば、これは完全なサギ行為である。
 27年前の出来事であるが、ファンとして非常に腹立たしいことである。