世紀末!アメリカ横断ウルトラ出張記 東海岸編(パート2) Update:1/17/99


夜はBoston市内のランドマーク「Prudential Center」ビルの最上階にあるカクテ
ルバーで軽く乾杯し、その後は「麺亭」というラーメン屋になだれ込んだ。
味噌ラーメンは麺とスープはなかなかイケたが、なぜかモヤシが生。シャリシャ
リとサラダを食べるようにモヤシを囓り、なんとか飲み込むことができた。
それでも久々の日本の味にメンバーは大喜び、盛り上がってタクシーでWellesley
に戻った。


翌12/19/99の日曜、再びタクシーでBoston市内に繰り出した。 まずはBoston美術館へ。ここはミイラと印象派の絵画のコレクションに定評がある。 ミイラは大英博物館の膨大な展示に比べると1/10くらいの規模でイマイチであったが、 絵画はなかなかの品揃えであった。「誰もが知っているあの絵」というのはなかった が、セザンヌ/モネ/ミレー/ゴッホ等の巨匠の作品がガラス越しでなく間近に見ら れるのは嬉しかった。(あんまり近くで見つめてたら、係員に叱られたが)
禁断の記念撮影
カメラ撮影は「フラッシュを使わなければOK」という太っ腹であったが、上の写真 は同行者が誤ってバッチリ焚いてしまい、速攻で逃げ去る前の瞬間である。
午後はハーバード大へ。アメリカ最古の大学で、その教育水準/規模ともに全米1と 言われる。ケンブリッジという広大な街の中に460個もの校舎が存在するという、 まさしく学園都市である。
広大な学園都市の中で
生協もその規模は桁はずれで、メインなものだけでも4階建てビル2つにまたがって いる。ただ「HARVARD」というロゴの製品は日本でもかなり広く出回っているため、 レア度としては今ひとつである。それでも記念にTシャツを1枚購入した。 今回、スタンフォード/MIT/ハーバードという米国でもトップレベルの大学を3 つも回ることができた。これからは「俺、アメリカの大学を3つ出てるのよ」と他人 に自慢できよう。(正確に言えば正門から入って出ただけであるが)
この日の夕食は、とあるホテルの1階にあったビヤホールで済ませた。 Samuel Adamsという地元ビールの直営店であり、小売してない特別なビールなども あって、まさに浴びる程飲みまくってしまった。特に気に入ったのは5ドルで4種類 のビールを試飲できるセットで、調子に乗って何回も試飲してしまった。
5ドルの試飲セット
帰りはタクシーで帰ったハズであるが、泥酔のため記憶が殆ど無いのが残念である。

Epilogue:Tokyo


12/23/99の朝、宿舎をチェックアウトしてBoston空港へ。ユナイテッド航空883便で
Chicago経由で日本に向かう。成田に到着したのは12/24/99の夕方17時頃であった。

12/5/99に出発してまる20日間。ミレニアム直前の米国出張がようやく終わった。


お話はここで終わらない。Bostonにおける後日談をひとつ。 我々がビール漬けになったビヤホールがあったホテルは「The Lennox Hotel」という 名前であった。小さいながらも格式あるホテルであったが、その名前がどこか記憶の 片隅にあり、気になって仕方がなかったのだ。 帰国してから色々調べると、Luis Rey氏の著書「Led Zeppelin Live」にその答えが 載っていた。1/26/69のThe Boston Tea Party公演に関する記述の中に、Robertが MCで「...staff at the Lennox Hotel」と話している事に触れられていたのだ。 ひょっとして彼らが宿泊したかも知れないホテルで、私はベロベロに酔っ払っていた 訳である。20世紀の最後の最後に、大きなプレゼントをもらったような気がする。

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