サービスを入れなければどうにもならないけれど・・


               11月○日

病気をすると生きていくためには病気と闘うことだけでなく今までの 生き方を変えなかればならなくなることも多い。元気な時には人の手を 借りて生活するだろうななど考えている人は一人もいない。でも、自分で思うように 動けなくなると人の手を借りなければ動けないし生きていけない。 出来ない事を助けてもらうのは、仕方ない事と言えば仕方ない事だけど。 手伝ってもらうということは、人が入ることで様々な心理面の動きもある。 静かに穏かに闘病したいと考えていても家族の介護だけではどうにもならなく 様々なサービスが入ることになる。サービスが入ると言う事は人が入ることで 穏かな精神状態ばかりではいられない。サービス提供者がどうのこうのではなく 人と交わることが苦手な人にとっては病気と闘うのと同じくらいの強い精神力を 必要とする。 初回訪問の時に「カーテンは閉めれなくなるから開けないのよ。誰も来て欲しくない。 配食サービスも他人が入ってきて冷蔵庫を開くと思っただけでも嫌なの。」 とおっしゃった時の表情が忘れられない。自分で何も出来なくなり自分の意思とは 全く違うように訪問看護が入ってどんどん展開していく悔しさ。でも悔しいとは 言えない悔しさを考えると・・・。 でもどう考えてもサービスを入れずには今後難しい。今ドカーンと入れて慣れて もらうのを待つか。凄く辛くて悔しい思いをしても1ヶ月もすれば慣れてもらえる かな。2週間で訪問看護も少し慣れてくれたし、病気する前はマラソンしたり カラオケしたり明るい方だったし、必ず慣れてもらえような気がする。そんな風に 考えたり。 病気を受け入れるだけでも大変なのに、どうして自分の生き方まで変えなければ いけないのかなんて考えたり・・・。もう少し限られた人だけでサービスを 提供するようにしてみよう。でも、本人とって、いずれ受け入れなければ ならないのであれば、もう色々な人を入れて受け入れに慣れてもらった方がいいのか?




前の奮闘記へ 次の奮闘記へ

(新訪問看護編)目次に戻る

看護婦奮闘記(訪問看護編) 更新履歴へ 看護婦奮闘記(病棟編)へ 看護と介護の談話室へ お茶の間の風景へ ホームへ