電源うんちく話 その3
高名の木登り
どんな電気機器にも電源は付き物である。だから、本体を作れば必ず電源も作らなければならない。大概は、出力1Aまでなら三端子単体で、1Aを越えて4・5A程度までなら三端子に電流ブーストをつけてという回路で済む。三端子を使っている限り、電圧はいくつにしろ、回路はほとんど同じだから自ずと慣れがでてくる。本体の方は回路毎に機能が違ったりしているので作り甲斐があるが、電源の方は機能も何も無いのでつまらないものとなってくる。回路もほとんど同じだし。
高名の木登りという話をご存じだろうか。わたし自身うる覚えなので詳しくは語れないが、ある男が木登りのコーチを、その筋の名人に受けるという話だったと思う。名人がさぞかし木登りのこつを伝授してくれるかと思えば、それが的外れ、登っている最中は何一つアドバイスをしてくれない。何か期待外れだなと思いつつ木から下りてきて地面に達する瞬間、急に名人が注意を促し始めたである。「気を抜くな!」と。名人がいうに、木を登っているうちはだれでも真剣であるのでアドバイスなど必要としない。だが、木から降りてきて、地面に達する瞬間、人はどうしても気を抜いてしまい、その状態が最も危険だという。真の名人は、普通なら気を抜いてしまうようなときにこそ最も神経を注ぐという教訓をはらんだ、ありがたい物語である。この物語、個人で一つのセットを作ったときの電源設計時の心境にも当てはまっているような気がするのは私だけであろうか。
同じ回路ばっかり作っていれば、やがて慣れて気を抜いてしまうのは当然のこと。いつのまにやら随分おっぺけぺーな設計をしていることさえある。慣れによってしっかり設計をしなかったがために、数年後に突然火を吹くなんてことだってありえる。
(ハムフェア94 クラブ出展物 '94 DCDCコンバータ設計入門より抜粋)