プロローグ



<プロローグ>

 庭のケヤキの葉が風もないのにせわしなく舞い落ちて、狭いテラスの隅に褐色の小山を築いていた。その辺りをスズメの群れが小さく鳴きながら、朝の捕餌に忙しく飛びまわっていた。
 窓越しの暖かい秋の陽射しが、乱雑に机の上に広げられた原稿に反射して、私の手許を眩しく照らしていた。

 10月も後半のそんな穏やかな朝だった。それは、なんの前触れもなく襲ってきた。

 その日私は、午後からの顧客へのプレゼンテーションを控え、母屋に隣接した仕事場で早朝から最後の仕上げに追われていた。

 時刻は8時を少し回っていた。

 仕事が一段落したのを見計らって、私はトイレに行こうと母屋に向かった。
「おはよう!」
 母屋に戻った私に、いつもの明るい調子で妻(KEIKO)が声を掛けてきた。

 KEIKOは、パジャマの上に好きな赤いカーディガンを羽織り、和室のテレビの前にチョコンと正座し、両の手でカップを包み込むようなしぐさでコーヒーを口に運びつつ、好きな朝の連続ドラマに目をこらしていた。
「ん、おはよう」
 私がねむそうな声でそう応えると、
「コーヒー沸いてるわよ」
 テレビの画面に目をやったまま、彼女が応えた。

 それが、私とKEIKOが交わした最後の言葉だった。

つづく

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