(日本経済新聞11月12日夕刊から抜粋)









「自分の空間はぜいたくか」
(有料老人ホーム・グリーン東京社長 滝川 宗次郎 記)











北欧の福祉施設を見学した。すべて広い個室であった。部屋の壁一面に、 セピア色になった青少年時代の写真や家族の写真がたくさん飾られていた。 長年使い慣れた家具が持ち込まれ、思い出の家具を飾った広い個室は「入居 者本人だけの空間だ」とアピールしているように、私には感じられた。 一方、日本の特別養護老人ホームなどは雑居部屋で、個室はほとんど見当 たらない。プライバシーがなく、他人の視線を意識した緊張感の強い日々を 送る。自分の持ち物は段ボール2、3箱分しか持ち込めない。こんな悪質な 環境で人生最後の数年を過ごさなければいけないのだから、情けない話だ。
大いなる疑問は、こうした天国と地獄のような落差があるのに、なぜ日本 では社会問題化しないのかということだ。 日本の福祉には「個室などぜいたくだ」という救貧思想が土台にある。そ して、利用する高齢者の方も、老化が進んで自分の力だけでは生活できなく なると、新たな環境に逆らわずに適応していかざるを得ないからだと思う。
体力が落ちて、つえをつくようになり、やがて車いすを使うようになると 、人は時間をかけて老いた自分を受け入れていく。同じように雑居部屋に入 れられると、同室の者に迷惑をかけないようにと、我を抑えるようになる。 ラジオはイヤホンで聞いて音を出さないとか、できるだけ部屋の中を歩き回 って目障りにならないように気を配る。そうしないと、施設では「問題老人」 と言われてします。
雑居部屋のままに放置している行政の見解は、「予算もないし、利用者か らの苦情も別にない」というものだろう。介護に疲れ果てた家族にしても「 施設に入れただけでも運がよい」と思うから、とても個室まで要求できるも のではあるまい。
私どもの業界団体である有料老人ホーム協会は、新たな試みとして年内に 出版する入居案内誌「輝」に、全加盟ホームの介護サービスについて詳細に 明示することになった。例えば、介護居室は個室が何部屋で4人部屋はいく つあるかとか、その広さはどの程度なのかなどを、ホームごとに比較できる よう情報開示するのである。 業界の自浄努力というよりも、公正取引委員会から「表示を正しくして、 質の競争を促すように」と、強力な指導を受けたのがきっかけだ。が、日本 の福祉の現状を見れば、この試みは歴史的な一歩である。